お風呂嫌いと交易商 ④

「貴族服なんて久しぶりに着たよ。何年ぶりだろうね」


 子供の時以来だ。食堂に着くと高い宿なだけあって上には煌びやかなシャンデリアが吊るされ、豪勢な空間が演出されていた。しかし、客は少ない。少し席が埋まっているくらいだ。ホテル側が安い料金でスイートルームを提供してくれたのも頷けるというもの。それに、短剣を目溢ししてくれたのにもだ。


 しかし、運ばれてきた料理に手抜かりはなく、クリム達は舌鼓を打って部屋に戻った。直後、ベリーがベッドにダイブした。


「はぁ~、良い宿ね。料理も美味しかったし」


 そのまま彼女は丸くなって寝始め、プチィもパンパンに膨らんだお腹を抱え、もう片方のベッドに気持ち良さそうな顔で寝転んでいた。

 

「もう食えねぇー……。クリムのあにき~、ごちそうさま~」


 料理の旨さが彼の野生の本能を呼び覚まし、これは誰にもやらねぇとばかりに食事中唸り続けて落ち着かせるのが大変だった。

 本当に手間を掛けさせてくれる子だ。クリムはそう思いながら衣服を戻して鍵を手に取り、「僕はちょっと夜風にあたってくるから」と、部屋から出て行こうとする。


「いってらっしゃーい……」

 

 去り際、ベリーにそう言われ、彼は軽く片手を振り返すと、鍵を閉めて浜辺に向かった。

 宿を出て、高い所に実るココナッツを見ながら砂浜におり、さく、さくと足から伝わってくる感触を楽しみながら、クリムは波打ち際まで歩いていく。


 大きな月が綺麗だった。降り落ちる月光が海に光の道をつくり、夜をうつしとった湖面が暗い水面を揺らす。


 もし、今も観光客で賑わっていたなら、この時間帯、ここは駆け回るカップルで溢れていたことだろう。それくらい美しい景色で、独占できるなんてねと思っていた彼に、忍び寄る影があった。いや、砂を蹴る音を立て、隠れる気はないようだ。振り向くと、いかつい風体のオスと目が合う。


「よう、赤毛のクリム。会えて嬉しいぜ」

「……何の用だい。海賊さん」


 話し掛けてきたそのオスは、独特な斑模様を持ち、腰にはサーベル。片目に眼帯をした如何にもな奴だった。


「俺は海賊じゃねぇ。交易商だ」

「君みたいな商売猫がいるなんてね。驚きだ。どら猫の間違いじゃないかい?」

「女房にもよくそう言われるんだ。って黙っとけ。俺はそんな話をしに来たんじゃねぇ」

「じゃあ何の話をしに来たのかな。もしかしてカツアゲ? ジャンプでもしようか?」

「違ぇよ。まぁ聞け。あ、いや、ちょっとその前に確かめさせろ」


 何を、とクリムが小首を傾げると、その斑猫はニヤと笑った。 


「決まってんだろう。てめぇの腕のほどをだよ」


 斑猫はサーベルを構える。クリムは肩を竦め、来いよとばかりに彼を手招きをした。


「そのアーティファクトを抜いてくれなきゃ困るんだが」

「抜く必要があったら抜くさ」

「そうかよ。だったら意地でも抜かしてやるよ」


 斑猫が飛び上がった。そして、身体を回転させてサーベルをスライサーのように振り回し始める。


「くらいやがれ! スパイラルマーブル!」


 クリムはおおよその着地位置を予測して軽くステップを踏んで後退する。直後、狙いを外した斑猫が着地し、回転が止まって生まれた隙に、彼は蹴りを叩き込む。


「うべぁっ!」


 腹を思い切り蹴り上げられた斑猫は砂の上を転がっていき、クリムが砂まみれの彼にすぐさま追い打ちをかけた。一息に駆け寄るとサーベルを蹴り飛ばし、大きく振り上げた拳を斑猫の顔面の横に突き立てたのだ。


「気は済んだかい?」

「……へ、へへ。顔に似合わず超好戦的な野郎で驚いたぜ」

「長いこと戦地に身を置いてたからね。腕っぷしのない奴の言うことなんて、誰もききやしないのさ」

「なるほど。傭兵部隊の頭張ってたって噂は本当だったか。お前さんの実力はよくわかった。だが、どうしても俺はお前のアーティファクトが見たくてな。な、頼む! チラっとでいい。抜いて見せてくれ、頼む」

 

 倒れ込んだまま拝まれ、クリムはしぶしぶ後ろに下がって、本当にチラっとだけ抜いて見せてやった。

 ほんの一瞬、辺りがランプで照らされたように明るくなる。


「……あれだな。噂ほどは光らねぇんだな。もっとこう、太陽みたいにピカーっと光るもんだと……」


 起き上がり、まじまじと剣を見ていた斑猫が、急に怖気づいたように胸の前でバタバタと両手を振った。

 

「あ、いや、悪気はねぇんだ。気を悪くしないでくれ」

「別にいいって。この剣は相手を選ぶもんでね。屍共以外には大した力を発揮しないのさ」

「そういや、邪を払う剣なんだっけか。ところでよ」

「なんだい?」

「まぁここじゃなんだ。この近くに俺の行きつけの店があってよ。そこで飲みながら話さねぇか?」

「すまないけど僕はさっき食事を取ったばかりでね。奢りだったら考えよう」

「よしきた。俺はマスト。ここらじゃちったぁ名の売れた交易商だ。よろしくな」


 マストはそう言うと身を翻し、ついて来いとばかりに軽く片手を振った。

 彼の行きつけの店は、大通りを少し裏に入った所にあった。飾り付けられたカラフルなネオンが店の前とナイトオーシャンと書かれた大きな看板を明々と照らし、外にまで中の喧騒が溢れてきていた。

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