お風呂嫌いと交易商 ③

「プチィ、僕らが今どこらにいるか分かるかい?」

「さぁ、わっかんね」


 クリムは、キャットフェイス大陸のノーズ海と書かれた鼻の部分に指を置き、少し下に滑らせて、ここだと言う。続けてノーズ海の真上と横に指を順に置き、


「どっちの町もここからかなりの距離がある。そこまで僕らについてきたら、もう後戻りは出来ないよ」


 と脅し掛けるようにプチィに言った。 


「おん、わかった」

 

 何も考えていないような顔で、すぐに頷くプチィを見て、クリムは思う。この子は本当に理解しているんだろうかと。旅というのは過酷なものだ。時に灼熱の大地や極寒の大地で寝泊りすることもある。


「わかった。言ってた通り好きにするといい。君の勝手だ」


 合流した時、プチィはクリムにこう言った。おいらはおいらの好きにすると。あの時は、連れていくいかないでベリーと大揉めした。しかし、最終的には勝手について来るのだからどうしようもない、ということで今に至る。


「さて、ならこれから行くルートも話しておいた方がいいだろうね」


 クリムは上のノーズ海を右に迂回するルートを指でなぞった。

 

「次はリップライトに向かってそのまま北上。本当は海を突っ切って行くつもりだったんだけど、船が出てなかったからね」


 聞き込みを行った際、船乗りがそう話していた。ノーズ海にクジラの屍が現れるようになり、船を出せなくなってしまったのだとか。これもやはり、自らが前線を離れたことに端を発しているような気がクリムはしていた。


「誰か船を出してくれたら僕が冥府に送り返してあげるんだけど、誰も船を出してくれそうにないしね」

 

 話し続けていた彼がそこで肩を竦めると、プチィがへへと笑った。


「根性なしばっかでいやになるよなぁ」

「船乗りの話をちゃんと聞いてたかい? 大規模な討伐隊が組まれて一隻残らず海に沈められたんだ。誰も自ら望んで死地になんて行きたかないさ」

「でも、クリムの兄貴は戦地で戦いまくってたんだろう?」

「まぁ、僕は例外みたいなものだから。あいつら見ると抑えがきかなくなってね」

 

 あの日の光景が焼き付いた瞼の奥、濁り翳った黄色い瞳に宿る憎悪の火が、我が物顔で現世の地を跳梁跋扈ちょうりょうばっこする魑魅魍魎ちみもうりょうを許してはおかない。思い出すだけで憎しみにのまれそうになり、クリムは頭を振って考えないようにした。


「それはさておき、話の続きといこうか」


 クリムの指が次になぞったのは、北東。魔法の国と書かれた場所を通り、夜の国と書かれた場所で止まった。それからは二つの国がどういう場所なのか尋ねてくるプチィに軽く説明し、シャワールームの方からバシャバシャ音が聞こえてくると同時、クリムは天を仰いだ。


 ついにこの時が来てしまった。今のは体毛に纏わりついた水を弾き飛ばす音だ。

 ベリーがバスタブ姿で戻ってきて、クリムは有無を言わさず連行されていく。


「なんでまだ鎧着てるの! ほら早く脱ぐ。マントもさっさと外して」


 クリムは渋々脱ぎ、半裸となってプチィと一緒に地獄に赴く。足が重い。「うわっ、やめろプチィ。にゃあああああっ!!」と情けない声を上げながらも彼はお風呂から無事帰還し、その後は死んだ顔で風にあたって全身を乾かしていた。

 

 夜。気を利かせて上等な衣服を持ってきてくれた従業員にチップを手渡し、ドレスコードを整えて、クリム達は食堂に向かう。

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