お風呂嫌いと交易商 ②
「こちらとなっております」
すっと扉が開け放たれると、スイートと言うだけの部屋がお目見えした。大きな窓から見える景色は壮観。加えてダブルベッドが二つにジャグジーバスまで置いてある。
「では、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
「ありがとう」
彼にチップを手渡し、扉が閉められると同時、クリムは部屋にあった四角い冷蔵機器に直行し、上に飾り付けられた青い半球に前足を翳す。
ごう、と重低音を響かせて上蓋が横に開き、中の冷気がもれでる。
冷蔵機器の中にはコルクのついた瓶が何本も入れられてあり、クリムはラベルを見ながらジュースを一本、上等な酒を二本掴み取った。そしてジュースをプチィに、ベリーには酒を投げ渡す。
「わっとっと! つ、冷てぇ!」
受け取るや否や、プチィは心底驚いたように大きく目を見開き、受け取った瓶をまじまじと見つめていた。
クリムは笑いを堪えながらコルクに爪を立て、きゅぽんと引っこ抜いてソファーの前まで移動する。
「な、なぁ。これなんでこんなに冷てぇんだ?」
「冷やされてるからさ」
プチィにそう答えて腰をソファーに落とす。柔らかな感触がお尻を包み、背もたれにもたれかかると心地良さが身を包んだ。
「冷やされてるって……、あれ井戸なのか?」
「まさか、古代文明の遺産だよ。スイートルームだしあると思ってたよ。助かるね」
そして瓶を傾け酒をあおる。すると嗅いだことのない果物の香りが鼻から抜け、そのあとにほのかな甘みが舌の上に優しく広がった。喉を通せば、炎天下の中を歩き続けた体に冷たさが沁み渡り、クリムは思わず「にゃうあうあ~」とだらしのない声をもらし、へにゃんと口元を緩めていた。
「もう、クリム。そんなに?」
「ああ、原材料はココナッツって書いてあったけど、旨いね、これ」
「浜辺の所に沢山生えてたアレね」
砂浜には大きな実をつけた木が沢山生えており、クリムは頭に思い浮かべながら、あれかと思う。
「ほんと! これすっごく美味しい」
一口飲んだベリーもご満悦の表情をしていた。しかし、プチィはジュースを飲めずにコルクを抜くのに悪戦苦闘していて、クリムが受け取って代わりに開けてやっていた。
「へぇー、冷てぇー……キンキンじゃん」
口をつけるや否や、プチィは感嘆でもしたような声をもらし、大きく両目を開いてパチパチと瞬かせていて、そんな彼を見ながらクリムがへらへら笑っていると、
「クリム、私ちょっとシャワー浴びてくるから。しっかりつないでてよ」
ベリーに釘を刺され、「オーケー」と彼は即答した。が、次の言葉でその顔を凍りつかせた。
「クリムもいい加減お風呂入るように。かなり臭ってきてるわよ」
「……努力はしよう。勿論、最善の努力はするつもりさ」
「そんなこと言ってちっとも入らないじゃない。臭いオスネコ連れて食堂行くなんて私は絶対嫌だから。ぜぇえったいに入りなさいよ。わかった?」
ベリーに睨み付けられて、クリムは頭を揺らしながら肩を竦めた。そんな恐ろしいこと確約など出来なかった。
「嫌がっても無理やり入れるから」
身の毛もよだつ言葉を残し、ベリーはシャワールームに入ってカーテンを閉める。
「クリムの兄貴、一緒に入ろうぜ」
「……プチィ、君は水が怖くはないのかい?」
「何が怖ぇんだ? いつも飲んでるじゃねーか」
「飲むのと入るのじゃ全然違う。毛が濡れるんだ。体にびっしり纏わりつくんだよ?」
想像するだけで嫌だった。しかし、プチィはその言葉に不思議そうに首を傾げていた。
「わかった。君が類い稀な勇者だってことがね。こっちにおいで」
クリムはそう言うと袋の中から地図を取り出し、窓を開け放ちにいく。潮風が吹きつけ体毛がなびいた。毛の合間を縫って体を通り抜ける風は心地良く、クリムはそのままベランダに移り、屋根の木陰に腰を下ろして地図を広げた。
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