赤毛のクリム ②

 父の口から上がる絶叫、続けてこだまする高笑い。

 悲鳴が飛び交い、民は逃げ惑い、砂漠の黄色い砂が、しだいに赤く染まっていく。

 すると向こうから、兄のカーマイン・ペルシャがこちらへ駆けてきた。


「クリム、これを」


 クリムは王家の秘宝を手渡され、頭を撫でられた。

 隣には妹もいて、同じことをされていたが、こちらの手をぎゅっと握ったまま、怯えた表情を崩す事はなかった。


「父上の形見と、ライムを頼んだぞ」


 カーマインはそう言うや、もう一本の王家の秘宝を目の前で振るい、クリムはそれで生じた突風に妹と一緒に巻き上げられて体を浮かし、

 

「――――さま、兄様!」


 と、声を上げて飛び起きた。口からは荒い息がもれ、押さえた胸の奥にある心臓が、激しく脈打っていた。体も汗ばんでおり、少し気分が落ち着いてくると、額を掴んでクリムは思った。

 この街に来て、早四日。寝床が悪いのか悪夢をよく見ると。


「兄さん……」


 そして薄暗い洞の天上を見上げ、そうこぼしたあと、何気なしに毛繕いし始める。

 丹念に舐めていると気分も落ち着いてきて、ふぁさ、ふぁさと下の木の葉をふみつけ、巻き上げるような音が遠くでした。 


 今日も来たか。クリムはそう思いながら毛繕いをやめて洞の中から出ると、街の方角に目を向けた。

 

 目に飛び込んでくる毛玉のような灰三毛グレーキャリコの子猫。森を跳ね回るように駆けながら、こちらへ向かってくるプチィと目が合い、仕留めた獲物を彼はどこか誇らしげな顔で見せつけてくる。


 丸々太った鼠が三匹。旨そうではあるが、食欲は湧いてこない。このところ鼠三昧なのだ。

 鼠が大好物なベリーのせいだが、起きた時から姿を見掛けていない。なら恐らく、森の奥にある泉に水浴びにでもいったのだろう。彼女は水を怖がらず、体を洗うのが好きな変わり者だ。

 

「やっぱおいらの手助けがいると思うんだよ」


 目の前に来るや、プチィはそう言うと腕を組み、納得でもするような顔でうんうん頷き始める。

 何の話をしているのか分からず、クリムは疲れたような顔で小さく笑うと、

「おはよう、プチィ」と朝の挨拶をしながら彼の名を呼び、「今日も大物を獲ってきたみたいだね」と言葉を続ける。

 

「だろう? おいらがいなきゃ毎日こんなの食えないぜ」


 そして、ほらよと差し出された鼠を受け取ると、このところ毎日のように聞く決まり文句がプチィの口から出た。


「な、だからおいらも旅に連れてってくれよー。な、頼む! この通り!」

「マッシュさんが良いと言ったらね」

 

 指を組んで拝み倒しにくるプチィにお馴染みの言葉を返すと、「なぁあああ!!」と彼は大きな声を上げ、すぐに口を尖らせていた。


「ちぇ、それが無理だから言ってんじゃねぇーかぁ……」

「だったら諦めるんだね。もう少し大きくなったらマッシュさんも許してくれるだろうさ」

「それじゃ駄目なんだよっ! その前にクリムの兄貴はこの町を立っちまうんだろう?」


 クリムはすぐに答えずに森に淡い光を落とす木漏れ日を見上げた。

 少し眩しくて、瞳孔を縦に細め、そっと顔の前に片手をかざす。


「まぁね」

「ほらみろ!」

 

 鼻から荒い息を吐き、息巻くような顔をしていたプチィが、ふいにきょとんとした顔をして周りを見始める。


「そういや乳なしは?」


 前に静止を振り切り、水浴びを覗きに行ってからというもの、プチィはベリーのことをそう呼ぶようになった。

 あの時はこちらのせいにされ、えらい目に遭った。二度とされてたまるかと、クリムは彼の小さな前足を掴んだ。


「いくなよ」

「いかねぇっての。見るもんねぇじゃねぇーか」


 直後、クリムの口からは青ざめた笑いがもれ、プチィの前足が捻り上げられた。


「いって!」

「プチィ、今の話はベリーの前ではするなよ」


 誰がそれでとばっちりを受けると思っているのか。そう思いながら諭すと、「お、おん……」とプチィはしおらしく頷き、クリムは彼の腕の位置を元に戻した。

 それからほどなくして、森の奥からベリーが姿を現し、彼女の弾むような鼻歌が風に乗って運ばれてきた。

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