赤毛のクリム ③

「ふんふーん。あ、クリム。起きたのなら貴方も水浴びしてきたら?」


 ベリーはこちらを見るなり、そう言いながら歩いてくる。

 丹念に洗ったのだろう。彼女の毛は艶をおび、瑞々しい茶色を湛えている。


「いや、僕はいいよ」


 クリムはプチィを解放すると、否定の言葉とともに首を横に振って返した。

 彼は水浴びが大嫌いで、さっさと話題を変える。


「それより朝食にしないか。プチィが今日も大物を獲ってきてくれたんだ」


 手にぶらさげた三匹の野鼠を見せると、「ほんと!」と苺みたいな赤い目を大きく見開いたベリーの口から、弾んだ声がでた。


「今日のもすっごく美味しそうねっ!」

「へん、おいらに感謝しろってんだ」

「はいはい、ちょっとは感謝してるわ。私達じゃすばしっこい鼠なんてそう簡単には捕まえられないし」

 

 へへん、とプチィは鼻下を擦り、その言葉に得意げな顔をしていた。


「だらしねぇなぁ。おいらは鳥だって簡単に捕まえられるんだぜ」

 

 だったら、今度からは鳥を持ってきてくれないだろうか。

 クリムは切にそう思いながら、あしのフライを頭に思い浮かべ、食べたいなと思う。

 まともな食事が恋しい。久しく食べてはいない。すぐそこに町があるというのに、毎日のように切り株のテーブルに野趣あふれる料理を広げて、野生の味を堪能し続けている。


 庶民の味は口に合わないの!

 そんなことを言うお高くとまった旅仲間さえいなければ、今頃は宿で普通の食事にありつけていただろうに。


 どうして彼女に同行を許したのだったか。

 そうだった。

 家出して、行く当てがない。そう言われてやむなく許可したのだった。


 当時のことが頭に浮かぶ。

 幼い頃に離れ離れになった妹の手がかりを求め、クイーン・ニャンパイアが統べる夜の国へ行った帰り。

 何の手がかりも得られず、むしゃくしゃしていて、その怒りをぶつけられる相手を探していた。


 だから態々荒野なんかで野宿して、故郷くにを滅ぼした魑魅魍魎ちみもうりょう共が出てくれることを祈っていた。

 静かな夜だった。

 奴らが近くにいる時は虫や小鳥が鳴くのをやめる。だから近くにいるように思った。でも一向に姿を見せず、妙に思い首を傾げていた。そんな時だった。


「――か――だ――」と、風音かと思うくらいの微かな声が耳に届いた。

 

 聞き間違いかとも思ったが、暇なこともあって騎獣の短翼の鷲猫ネコグリフに跨ると、どの方角からかも分からぬまま、当てずっぽうに荒野を駆け回り始めた。


 そうしていると救いを求める声がしだいにはっきりと聞こえるようになり、続けざまに不気味な唸り声を耳にした。


 奴らがいる。そう思って現場に急行すると、それはもうウジャウジャと、奥まった所にひしめく屍共が目に入り、憎悪に身を任せて目に映る奴から次々斬り捨て、不用心にも奴らが活発に動き始める夜なんかに出歩き、取り囲まれていた彼女を救い出したのが最初の出会い。


 あれから半年。町を巡りながら猫の顔の形をしたキャットフェイス大陸を下ってきたが、未だ妹の消息は掴めず。

 もう生きてはいないのだろうか。復讐に囚われるあまり、随分長い間ほっぽり出してしまった。いや、今更こんなこと考えても、仕方ない、か――――。


「クリム?」

「いや、なんでも」


 ベリーに顔を覗き込まれたクリムは、物思いに耽っていたのをそう言って誤魔化し、続けざまに彼女にこう言った。


「さっさと朝食にしよう。それが終わったらプチィの家に寄って、経過報告でも聞きにいこうか」

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