赤毛のクリム ④
突然、うぃ、とプチィが妙な声を上げたかと思うと、びっくりしたように尻尾を立てていた。
急にどうしたのだろうか。冷や汗を流すような顔をしている。
「へ、へへ……なんか急に腹痛くなってきて、おいらもう帰るな」
「……ああ、お大事に?」
クリムがそう言うと、おん、とプチィは俯き加減に頷き、「じゃ、またな!」と手を振って走り去っていく。
身体能力が高いことは知っていたが、驚くべき速さだった。臨界点が近かったのだろうか。
クリムは少しそう思い、ないなと思って首を横に振る。
「今の、どう思う?」
「怪しいと思う」
「だよね。僕らに来て欲しくない理由でもあるのかな」
「家が汚いってことはないだろうし、なぞ」
確かに謎だ。クリムはそう思いながら手頃な枝が落ちていないか辺りを見回し、見つけると鼠と持ち替え、腰からナイフを抜き放って先端を削っていく。
そして、鋭利に削り終えると次々と鼠を刺していき、昨日のうちに集めておいた薪を地面にくべて、鼠を刺した枝をその周りに突き立てていった。
「よし、こんなもんかな」
「魔法の杖よ、空で輝く火の星を写し取れ!
準備が終わると、ベリーが杖を掲げて魔法を唱えた。
直後、杖の先に飾られた水晶の中に赤い星が映り込み、彼女が杖を振るうと、先端から火球が生まれて薪にぶつかる。そして、豪と音を立てて燃え広がった。
「うまく焼けると良いんだけど」
腰を下ろして火を見つめるクリムの口からは、そんな言葉が出る。
「黒焦げは嫌よ、生焼けも嫌。絶品鼠を知ったら昔の私にはもう戻れないわ」
「戻れなくても、今ここに料理上手はいないんだ。我慢しようか」
「えぇー。クリム、何とかできない?」
上目遣いで見られたクリムは、黙って首を横に振った。
「知ってるだろ? 僕は戦い以外はからっきしなんだ」
「はぁ……ならもう私がやるわ。美味しい鼠を食べるためだもの」
ベリーが、火に炙られる鼠を真剣な表情で見守り始める。
ほどなくして鼠の焼ける芳ばしい匂いが立ち始め、数十分後、できあがった代物は、食べようと思えば何とか口にできる。その程度の仕上がりで、深い溜息が二匹の口からはこぼれ落ちていた。
「まぁ、こうなるとは思ってたよ」
「美味しくない。硬い。柔らかく仕上がってない……」
「仕方ないさ。僕らの腕じゃね。口直しに町で何か食べて帰らないかい?」
しかし、ベリーに首を横に振って返され、やっぱり駄目か。クリムはそう思いながら火を踏み消し、傍に置いてあった大きな紐袋を肩に掛けると彼女を連れだって町に向かう。
踏みしめる腐葉土の層が段々薄くなり、足から伝わってくる感触と地面の色彩が変わってくると視界が開け、放牧された家畜や、朝早くから農作業に勤しむ猫達が目に映る。
横目に見ながら歩いていると、麦わら帽子を被った老いたオスに話し掛けられた。
「ああ、あんた赤毛のクリムさんだろ。あんたらのおかげでわしらはこうして平穏に暮らしていられる。これ、持ってってくれ」
掘り起こされたばかりの丸芋をいくつか手渡され、クリムは肩に掛けた紐袋を地面に置くと両腕でそれを抱え込む。そして、目尻を下げて礼を言った。
「ありがとう。助かるよ」
「なに、沢山食べてスタミナつけて貰わんとな。子供こさえにこっち来たんだろ? 向こうに嫁さん置いとけんしなぁ」
クリムは目を瞬かせ、固まった。
頭の上に浮かんだクエスチョンマークが消えるのに、しばしの時を要する。
「あー、僕は幼い頃に生き別れた妹を探してこっちまで来たんだけど……記事にさ、そう書いてなかったかな?」
しかし老猫は首を横に振った。
「いんや、愛の逃避行かって昨日の新聞に書かれてて、それでそう思ったんだけども」
「あいの……とうひこう?」
クリムが眉を寄せ、言葉尻を上げて聞き返すと、ああ、と今度は首を縦に振られる。
「でもそうだったんか。生き別れた妹探して遥々こんなとこまでなぁ。早く見つけてやれるとええな」
「あ、はは……」
クリムは干上がった笑いを口からこぼしながら、思った。
やってくれたな、あの野郎と。
文句の一つでも言ってやりたいところだが、正直言っても仕方ない。聞屋とはそういう生き物だ。記事を売る為なら何でもする。
頭の中に良い笑顔でサムズアップをかますワッフルが浮かび、クリムは同時に心の中で恨み言を吐いた。覚えてろと。
少し、虚しい感じがした。そもそもの原因は自分にあるのだ。新聞記者などに頼むのではなかった。この結果は、身から出た錆である。
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