第一章 思わぬ来訪者
赤毛のクリム ①
洗濯かごを抱えたメスネコ達の傍らでは、庭木に止まった小鳥達が囀る。
周りを見渡せば、畑ばかり。田舎過ぎる。辺境の集落と言っても差支えないほどの緩んだ空気が、このフォレストサイドという街には漂っている。
新聞記者のワッフルは、昼食を終えると外で煙草をふかしていた。
一服終わったら次は畑仕事だ。
ここは聞屋一本で食っていけるような所ではない。
冥府の屍共との熾烈な戦いを繰り広げる前線から離れているおかげで、平和ではあるが、戦争関連の出来事でネタに事欠かない向こうとは違い、ここには何一つ良いネタが転がってはいなかった。
「経費が割に合えばな……」
ワッフルは、毎日のようにその言葉を口からこぼしていた。いっそこの街から出ていって、前線の近くで新生活をスタートするのもありだったが、街には家族や両親もいて、中々踏ん切りがつかなかった。
そんな彼に幸運が舞い込んだのは、それからほどなくして。
見慣れぬ二匹の猫が東の野道から来るのが見え、ワッフルは短くなった煙草を指からポトと落とした。
見慣れぬ猫の片方は、白いローブを身に纏い、水晶が飾り付けられた杖を持った如何にも魔法使いといった風体。もう片方も真紅の胸鎧をつけ、腰に鍔の部分が太陽の形をした剣を携えた、如何にも剣士といった風体であった。が、風にたなびくほど長く、真っ赤な彼の体毛が何より目を引いた。
もしや、いやまさか――――。思考が纏まる前にワッフルは落ちた煙草の火を踏み消し、慌ててズボンのポケットから手帳とペンを取り出して、こちらへ来る二匹の猫の前までにゃにゃっと駆けていった。
「すいません。わたくし新聞記者をしております、ワッフルと申します。不躾ではありますが、赤毛のクリムさんではございませんか?」
赤毛の猫は急にきたこちらに驚いたような顔で、「そうだけど」と肯定した。
やはり、やはりかと思い、ワッフルは心の中で拳を強く握りしめた。
赤毛のクリムといったら、前線で大活躍していた有名な傭兵だ。少し前に、久しぶりに帰郷した友に彼は前線を離れたらしいという話を聞いていたが、よもやこの街に訪れようとは。
ワッフルは、これは良いネタになるぞと浮足立ちながら、彼にこの街に来た理由を尋ねかけた。
「ふむ。して、赤毛のクリムさんはどうしてこの街に? 新婚旅行でいらっしゃいますか?」
赤毛のクリムは笑いながら首を横に振った。隣の魔法使いの彼女はそれに少し不満そうな顔をしていたが、関係が気になるところ。
「それよりさ、白と黄色の
真っ白な毛を持つのは王侯貴族の血を引くメスの特徴で、こんな田舎にいる訳がなく、ワッフルはすぐに首を横に振って返した。
同時に思う。口振りから察するに、彼は親族を探しているようだと。
「いえ、お見掛けしたことは。ですが私は新聞記者。赤毛のクリムさんの手を煩わせるまでもなく、記事をばらまいて街の者全てに尋ねかけることもできます。今仰られた特徴を持つメスを知らないかと」
「……妙案だね。やってくれるのなら助かるけど」
しめた。ワッフルはそう思いながら間髪入れずに答えた。
「勿論やらせて頂きますとも。では、詳しい話はこちらで。どうぞお入りください」
こじんまりとした新聞社の中に赤毛のクリムを連れ込み、ワッフルは話を伺う。さて、見出しに何と書くべきか。きっと飛ぶように売れる。皆、外の刺激に飢えているから。ひとまず来訪したことだけを書き、他は当たり障りのないことを書いてこうご期待で引っ張ろう、ワッフルはそう思い、記事を綴った。
その日のうちに紙を刷り、「号外! 号外!」と街中を駆け回って、ワッフルは赤毛のクリムがこの街に滞在している間、足しげく彼のもとに通う。
ワッフルの他にもう一匹、足しげく彼の所に通う者がいた。赤毛のクリムが長旅で痛んでいた胸鎧を磨いておこうと預けにいった、鍛冶屋の孫だ。
「プチィ、あまり迷惑を掛けるな」
祖父のマッシュにそう言われたプチィは、へへと鼻の下を擦った。
「迷惑なんて掛けてねぇって。差し入れを持っていってやってるだけさ」
プチィは鍛冶屋から出ていくと、街の傍の森へ駆けていく。赤毛のクリムはどういうわけか、森で寝泊りしている。それにはのっぴきならない理由があり、クリムは森の中で溜息をこぼしていた。
「ベリー、たまには屋根のある所で毛布にくるまって寝ないかい?」
「いやよ。誰が寝たかも分からない毛布で寝るなんて、私は絶対にいや」
これがその理由だ。連れ歩いている旅仲間のせい。ベリーは魔法の国の由緒ある家柄のお嬢様で、かなり我がままなのだ。
クリムはもう一度溜息をこぼすと、木の根本に空いた大きな洞の中に、辺り一面に落ちた木の葉を敷き詰め、旅の疲れを癒そうとその上に寝転がって丸くなる。
翌朝、彼は夢を見た。
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