旅立ち ①
「いや、僕らの方こそ悪いね。お取込み中のところを覗き込んだりしてさ」
「何、構わねぇ。こっちが悪いんだ。それより中に入ってくれ」
マッシュに促され、クリム達は中に入る。外から見えてはいたが、中は酷い有り様で、穴ぼこだらけである。棚の上のものは小物が落ちているくらいで、奇跡的にそのほとんどが無傷であったが、床には石片やマッシュにへし折られていたテーブルの破片が飛び散り、モンスターの暴れっぷりを物語る。
蹴躓かないように足を置き、クリムは一瞬自身の胸鎧に目を向け、改めて無事であることを確認すると、「大丈夫かい?」とプチィに問う。
プチィは小首を傾げていたが、くしゃみをした瞬間、悲鳴を上げ、蹲って顔を前足で覆っていた。
気持ちが昂っていると痛みを忘れてしまう時がある。強烈な一撃を貰った時なんかもただ体から力が抜け、痛みを感じなかったりするが、どちらもツケを払うようにあとから全部押し寄せてくる。
長いこと戦場に身を置き、同じような経験を山ほどしてきたクリムにはそれがよく分かり、「マッシュさんと喧嘩なんかするからだよ」と笑いながら言い、腕に抱え込んだ野菜を手近な所に置いた。
「僕らだけじゃ消化しきれないから、お裾分け」
「随分待たせちまったってのに、悪いな」
「いいさ。もう終わってるんだろう?」
「ああ、とっくの昔に――――」
マッシュは言い淀むようにそこで言葉を区切り、棚から胸鎧を下ろすとクリムに手渡す。そして、彼に頭を下げた。
「どうも俺の孫が迷惑掛けたみたいでな。貰ってた代金は返す」
「どういうことだい?」
クリムは少し怪訝な顔をし、#理由__わけ__#を尋ねた。
「詳しい話はこいつから聞いてくれ。これ以上俺に尻を拭わせているようじゃ、冒険になんか行かせられんからな」
マッシュはそう言うと、頭を掻きながら家の奥へと向かう。
外に居たとはいえ、傍にはいたのだ。彼らの会話は聞こえており、そんな気はしていたが、今の言葉で確信を持つができ、クリムは少し憂鬱になる。
面倒なことになりそうだった。どうやって断るか。ただでさえ我が儘なお嬢様を連れ歩いているというのに、その上子猫の面倒まで見るなど御免被る。考えたくもない。
その時、自らがよく口にしていた断り文句が脳裏を過った。
適当にあしらっていたツケを払うことになろうとは。これも身から出た錆か。つくづく今日はそう思い、クリムは天を仰ぎ見て、溜息をこぼすように口からこぼした。
「面倒な」
「何が?」
「何がって、すぐに分かるさ」
クリムは尋ねてきたベリーにそう答えると、視線を落としてプチィを見た。
へ、へへ、と顔を覆うプチィの口から嬉しそうな笑い声がもれ、そらきたと彼は思った。
「クリムの兄貴!」
立ち上がり、両の前足でぐっとガッツポーズを決めながら、プチィは言葉を続ける。
「おいら、おいら冒険に出ていいって爺ちゃんがぁ!」
「ああ、わかってるって。ちょっと考えさせてくれ」
「はぁ? なんでだよ! クリムの兄貴言ってたじゃねぇか! 爺ちゃんが良いって言ったら冒険に連れてってくれるって」
表面上は努めて冷静に、涼しげな顔をしながら、だから今頭を悩ませているんだろうがと猫知れず声を上げ、クリムは壁にもたれ掛かる。
駄目というたった一言が口にしにくい。もし言えば、プチィは傷付くことだろう。嘘つき野郎とこちらを罵ることだろう。罵られるのは構わないが、旅に連れていって貰えると喜んでいる彼を突き放すのは気が引けた。ともすれば絶望のどん底に突き落とすことになり、大泣きするやも知れない。
煮え切らない態度を見せるクリムの代わりに、ベリーがはっきりとこう口にした。
「何言ってるのよ。そんなの冗談に決まってるじゃない」
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