KAC20227 出会いと別れ

@wizard-T

出会いと別れ

 ただ、面倒くさかった————。


 その事を正直に述べたら、ため息が降り、拳銃が迫って来た。


「地球の兵器で」

「その方がいいと思っただけだ」


 連中は冷徹なほどの瞳で、私の人生を終わらせようとしている。


 夢だと思うには、あまりにも痛すぎた。




※※※※※※※※※




 そもそも、こんな所に来るのが悪いのだ。

 そもそも、家が狭いのが悪いのだ。

 そもそも……などと言う言い訳は山とある。


 だがそんな言い訳がまかり通るほど甘くない事を、自分はよくわかっていた。


 オヤクニンサマと呼ばれる夫に、そう呼ばれていた私。そして私の父と母と兄。

 みんな名門大学を出て、そうなった。

 ただ一人そうなれなかった弟を、私は尊敬していなかった。


 思えば、その弟もまたそもそも論の一角、いや本体だったかもしれない。




 築半世紀の平屋一戸建ての庭に飛び込んで来た、一羽のウサギ。

 白でも茶色でもなくオレンジ色をしたそのウサギを見た瞬間、庇護欲や興味より先に保健所とか、エサとか、カゴとか、所帯じみた言葉が思い浮かんだ。


「この子、面倒見てもいい?」


 そして私たちと同じ道をたどるべき一粒種がそんな事を言い出した途端、体中の血が逆流した。

 無駄に愛らしい目をして、必死に懐に潜り込もうとしている。


 危険だ。危険だ。


「あのでも、ウサギってのはそんな簡単じゃなくて、それから、お小遣いも……」

「全部注ぎ込むよ」


 極力やんわりと排除するように持って行こうとしたが、もうその花は凄まじいまでの速度で根を張っていた。

 主人にも親にも救いを求めたが、とりあえずいろいろ受けさせろと言うだけで終わり、いやと言うほど従順に検査を受け、ピッちゃんと言う名前まで受け取ってしまった。




「フン……!」

 

 だが、どうあがいても小学生には無理な相談もある。学校生活という名の拘束時間の間、私は確実にワンオペ飼育を強いられた。そしてこの侵入者は嫌らしいほどおとなしくこちらを見つめ、私がいくら鼻を鳴らしても微動だにしない。

「ほら!」

 私が心底からの憎悪を込めて人参を投げ付けてやっても、無言でむさぼるばかり。

 決して笑う事も怒る事もせず、腹を膨らませている。

 ふてぶてしいと言うには遠慮があり、愛らしいと言うには愛想がない。


「ずいぶんと可愛らしいうさちゃんで」

「そうですか……」


 たまに人が家の中に上がって来ると、苦労も知らずに能天気なセリフをぶちまけてくれる。


「まったく、ずるいですよ。私が半分の時間を見ているのにちっともなつかず、うちの子ばかりに」

「お子さんは最近ずいぶんとお元気になったとうちの息子が申しておりましたけど」

「そうです、か……」

「奥さん?」

「いやはい、実はその……ならいいんですが」


 その通りなのだ。

 この闖入者のせいで我が子の目にはずいぶんと光が宿り、何事も前向きになった。ただおとなしかっただけの子がパワーアップし、文字通りの優等生になった。この変化を、夫が喜ばないはずがない。



 しかし、古来よりきれいな花には害虫も寄って来ると言うのが世の常だ。



「ピッちゃんを見せてくれよ!」

「いいよ」


 その言葉と共に、あの連中はやって来た。


 悪ガキやいじめっ子と呼ぶに値する、遠ざけたい連中。


 そんな人種が、我が子に寄って来ている。


 必死にガードしていたはずなのに。


「ちょっとあなたたち!」

「いや、すみませんこれを……」

 少し吠えると、駄菓子や缶ジュースを差し出して来る。これがまるで入場料だと言わんばかりにうやうやしく、丁重に渡して来る。

 まるで私が動物園の入場係であり、ピッちゃんの支配者であり、閻魔大王であるかのように渡すその姿はどうあがいても子どもに過ぎず、払いのけた瞬間にワルモノの烙印を押されそうになる。


「可愛いじゃねえか、って言うかお前にやけになついてるな」

「なぜかね」

「ほらほらピッちゃ~ん」


 我が子に頭を撫でられているのを見るだけで憎らしくなって来る。

 万一の場合に備えてと言う名目でじっと見下ろす私に360度近い視線を合わせる事なく甘え続け、そして我が子の時間を奪っていく。

「でもお前の母ちゃん怖いよな。なんであんな目して」

「いやその、俺らちょっと、いやかなりつらく当たってたからさ、本当謝るから許してくれよ、なあ……」

「別にいいけど」

 話は私のあずかり知らぬところで進んで行く。あまりにも都合の良すぎる展開が繰り広げられて行く。

 あのウサギのせいで。



 だから、家族に見せてやった事もあった。


「不思議な生き物だな」


 ……それが私にとって最高の回答だった。実父母も兄家族も夫の一族も、こっちの苦労などまるで知らずに可愛いとしか言おうとしない。弟は私が呼ばないのでいなかったが、まず間違いなく気に入るのがわかっている。

 これ見よがしに世話を焼く息子の笑顔が私の肺臓を焼き尽くし、呼吸を荒くする。


「どこか悪いの?」

「ああ、いえ、ちょっと、いろいろと……」

「しょうがないな、今日はお寿司とピザ頼むから寝てろ」


 この時、言えば良かったのかもしれない。だが民主主義の中で生きて来た人間に取り、十数対一と言う状況で自分のを述べる事の難しさを、私は嫌と言うほどわかっていた。




 だから、と言う訳でもなかった。




 クーデターを、起こしたのは。




※※※※※※※※※




「魅力的だったゆえに、か……」


 あのウサギと同じ顔をした二足歩行の生物が、私を取り囲んでいる。


「ゆえに、姫様を誘拐し、遺棄。と言うより殺そうとした……」

「誘拐じゃないわよ!」

 

 誘拐とか言わないでもらいたかった。ただの遺棄であり、自分の所有物を自分の意志のままにしようとしただけだ。不法投棄ぐらいなら甘んじて受けて好き放題に吠えてやるつもりだったのに。


「姫様はずっとそなたの憎しみを感じていた。同時にそなたの息子らの愛も」

「姫様姫様って!まるでどっかのお姫様が紛れ込んでたって言うんじゃないでしょうね!」

「いかにも」

 

 私がふてくされながら叫ぶと、「ピッちゃん」が現れた。

 やけにきれいな、ファンタジー世界のお姫様が着るようなドレスを身にまとって。もちろん二本足で歩いて。


「姫様は期待し、確かめに来たのだ、地球と言う星の、人間と言う生き物を」

「なぜ、お前のような人間が混ざっていたのか……」

「ふざけないでよ!」

「ふざけてなどいない。姫様がお前たちの世界の決まりを破ったと言う証左は一つとしてないはずだが」


 その通りだ。その通りだから腹立たしい。瑕疵があればいくらでも排除してやったと言うのに。


「姫様が危険だったと言うのか?」

「今私に突き付けられてるそれよりはずっと安全よ!」

「じゃあなぜだ」

「邪魔だと思ったから、あの子の人生に!私は何も間違ってない!」


 間違いのない、本音。自分の考える理想のルートを踏みにじった、あまりにもイレギュラーな存在。

「私はあの子のために、邪魔なものをすべて排除しようとした!我が子を堕落させ、道を誤らせる存在を!だから私は正しいの!」


 ありふれた日常を壊すイレギュラーを産み続けては金をむしり取る弟。

 大学にさえ進むことなくのんべんだらりと過ごし、気が付くと家族一の高給取りになっていたずるい男。


 そんな奴の望む世界、それこそこのウサギ。


「…………姫様。残念ですが」

「地球人を嫌いになった訳ではありません。ですが、あなたの事は嫌います」




 懐の深さを容赦なく見せつけるお姫様もどきをにらみつける。


 私たちの中で一番、優秀だったはずなのに。


 この国の、中央に立てたはずなのに、全てを放棄した、憎々しき存在を呪うように。




「さようなら、次会う時はどうか慈悲ぶかき存在として…………」




 偽善者のウサギの言葉と共に、私の人生は終わった。




 大事な大事な家族を、一羽のウサギに乗っ取られた、私の人生は……。

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