第23話 フェンリル

 どうにかして、この戦いを止めたい。

 私はそのための方法を探した。


「このっ!」


 フェルルは狼を振り払った。

 その瞬間、軽やかな動きで着地した狼の右脚は妙に曲がった。


「あれ?」


 今のは見間違いかな。

 それはわかんないけど、フェルルと狼とはいまだににらみあったままだった。


「流石フェンリルだね。思ったよりもやるよ」

「貴様こそ、人間のくせに私を相手取るとは、なかなかな腕だな」

「それはどうも!」


 フェルルは再び攻め立てる。

 しかし狼は真っ向からぶつかって、まるで引けを取らない。

 それにしても今フェルルは、この狼のことをフェンリルって言ったような気がする。


「フェルル?」

「なに師匠。ごめんだけど、今はあんまり話しかけないで」

「あっ、ごめん。でもどうしても気になってさ、今この狼のことフェンリルって言わなかった?」

「言ったよ」


 言ったんだ。じゃあ私の耳は、ちゃんと聞き取っていたみたいだ。

 それから私は気になったことをフェルルに尋ねる。


「フェルル、フェンリルってなに?」

「えっ!?」


 その瞬間、フェルルの気がゆるむ。

 その時を見逃さず、フェンリルは果敢かかんにフェルルの喉元のどもとに迫る。


「おっと!」


 フェルルは腕を使って、フェンリルの猛攻もうこうかわす。

 その瞬間、またしてもフェンリルの動きがにぶった。


「まただ」


 私はポツリと呟く。

 それにしてもこの狼、フェンリルとか言ってたけど、勇者のフェルルに対抗たいこうできるなんて、本当信じられないよ。


「フェルル、大丈夫?」

「なんとかね。でも、噂通りの強さって感じ」

「噂通りって、私はフェンリル自体知らないよ?」


 私がそう答えると、フェルルは短く説明してくれた。

 フェンリルとは伝説のモンスターで、神獣として扱われることが多いらしい。香りを操ることができるとされ、その毛並みや威光いこうは目を見張るものがあるとされる。そのため、人間に狙われることが多く、そのせいで人前には滅多めったに姿を現さないらしい。


「じゃあ、そんな珍しいモンスターが今私達の目の前にいるのって!」

「とってもラッキーなことだよ。どうする、師匠?」

「なにが?」

「ここで、


 フェルルの言葉は重たかった。

 その短い言葉にザワザワとふるえる。身体中を駆け巡る血の流れが、異常に速くなって、全身をき立てる。


「フェルルはどうしたいの?」

「私は師匠に従うよ。このフェンリルは、師匠を襲おうとしたからね」


 そんな考え方でいいのか。私は迷った。

 しかしフェンリルの目は今にも私達の息の根を止めようと、画策かくさくしているように見える。

 しかしながら私はそれが出来なかった。

 甘いと思われても仕方ない。平和な国に生まれたからこそ、現代人として私がしてあげたいことは決まっていた。


「フェルル」

「うん」

「私は決めたよ。この子を……」


 フェンリルは一歩も引かずに、私達をにらんだ。

 しかし私はゆっくりとフェンリルに歩み寄ると、一つ確信かくしんしたことを見つけた。それをう。


「ねえ貴女……」

「なんだ人間風情ふぜいが!」


 私はかなり警戒けいかいされていることを、承知しょうちの上で、こう尋ねた。


「貴女、脚悪いんじゃないの?」


 私のその質問に、場が静まり返る。

 フェルルもフェンリルも完全に黙ってしまい、ヒュウヒュウと優しく風がなびくだけだった。それが、どうしても私には心地よくて仕方ないのでした。

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