第8話 お帰りフェルル

「ただいまー」


 宿屋の玄関先で明るい声がした。フェルルが帰って来たとすぐにわかった。

 私とミフユさんはすぐにフェルルを出迎える。


「お帰りフェルル」

「お帰りなさい。今日は少し遅かったのね」


 そう言われるとフェルルは「ちょっと騎士とね」と恥ずかしそうにしていた。喧嘩けんかになったようには見えないけど、ちょっと心配だ。


「それよりも師匠、ちゃんと宿屋の場所わかったんだ」

「まあ、色々聞いたりしたから」


 ここに来るまでそれはそれは時間が掛かった。ただでさえ町は広いし、全然土地勘もないから道に迷っちゃったよ。

 だけどこうして無事に辿り着いただけ偉いよね。


「だよねだよね。この宿って料理だけ提供した方が流行はやるから、こっち側のドアって全然人が使わないんだよ」

「そんなこと言わないでください、フェルルさん」

「あはは、ごめんなさーい。ってあれ?」


 何だか歯切れ悪く言葉を切った。

 フェルルは何か違和感いわかんでもあるのか、じーっと私とミフユさんの顔色を見比べる。


「どうしたのフェルル」

「いつもと様子が変ですよ」

「変なのはミフユさんだよ」


 間髪かんぱつ入れずにフェルルはツッコんだ。一体何が変なのか、私には見当けんとうもつかない。だって普段の様子を知らないから。


「ミフユさん、いっつも疲れた顔してるのに、今日は全然だよ。もしかしてあんまりお客さん来なかったの?」

「そんなことないですよ。お店は大繁盛だいはんじょうでした」

「じゃあなんで……」


 ミフユさんは嬉しそうに、悩んでいたフェルルに答えを教えた。


「それはですね、クロエさんとさっきまでのお喋りをしていたからです。いっつもこの時間は1人で仕事に追われていたので、こうして誰かとお喋りをすると気持ちが楽になりますね」


 そう言われるとちょっと嬉しい。

 私は頬が少し赤くなってしまった。


「そっかー。それはよかったね」

「私もですけど、クロエさんから聞きましたよ。フェルルさん、クロエさんのことを『師匠』って呼んでいるんですよね」

「そうだよ」

「なるほど。フェルルさんの言葉が柔らかなったのも、クロエさんのおかげ、と言うことですね」


 ミフユさんもフェルルの言葉遣いが、一段と柔らかくなったことに、気づいていたみたいだ。それを言われて、フェルルは嬉しくてたまらないらしい。

 私としては少しだけ恥ずかしいけど、こうやっていい感じの空気になるのは、とっても楽しかった。


「でも残念でした。さっきまでの、団欒だんらんが終わってしまって」

「またお話ししましょう。ミフユさんのお話、とっても面白いですから」


 ミフユさんのお話はお店に来る、色んな人達の話が聞ける。だから、全然ネタが被らないので、聞いてて飽きることがない。


「それはこちらこそ、お願いします」

「むぅー、なんだか私だけのけものにされてるみたいで、嫌だなー」

「そんなことないよ。今度は、フェルルと一緒にお喋りしようね」

「するー!」


 フェルルは子供のように喜んだ。

 それはそうと、私は一つフェルルにお願いしたいことがあったんだ。


「そうだフェルル、一つ頼みがあるんだけどいいかな?」

「なになに師匠!」


 目をキラキラさせて、私に顔を近づける。


「明日冒険者ギルドに行きたいんだけど、連れてってくれない?」

「ギルドに?うん、いいけど。なにしに行くの」

「そんなの決まってるでしょ。冒険者になるんだよ」


 私は笑顔でフェルルに答えました。

 するとフェルルも、首をぶんぶん縦に振って「じゃあ一緒にパーティー組もうね!」と、これまたはしゃいでいたのでした。

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