第7話 宿屋『篠月』

「ここかな?」


 私はまだ昼下がりだったけど、フェルルに言われた宿屋さんにやって来た。

 大通りからかなり外れていて、結構静かな場所にある。おまけに店構えも質素しっそでかなりのひっそり系だった。


「本当にやってるよね?」


 営業そのものが心配になる程のボロさで疑いの目を向けてしまった。

 だけど看板が出てたので多分やってるんだと思う。私は勇気を振り絞って、いざ店のドアを引いた。


「すみませーん」


 私はドアを開けて中に入った。

 中はあかりなんて全然なくて暗かった。そりゃあそうだよね。この世界に電化製品なんてもの存在しないんだもん、多分。


「あの、すみませーん、誰かいませんかー」


 私はもう一度呼んでみた。

 すると今度はちゃんと聞こえたみたいで、「はーい」と明るい返事が返って来た。


「ごめんなさい、お昼のランチはこっちのドアじゃないんですよ」

「ランチ?いや、私は泊まりに来たんですけど」


 何だか話が噛み合わない。


「えっ!?」

「はい?」


 ちょっとだけ変な間が生まれてしまったけど、不意に女性は私の手を取った。

 そして何をするのかと思いきや、いきなり泣き出した。


「うぇーん、泊まりに来てくれるお客様だよー。あー、なんて幸運なの。フェルルちゃん以外に全然お客様が来ないから、やっぱり宿屋は駄目なんだーって諦めかけてたよー」

「えっ、はあっ、ふえっ!?」


 腕を取られてブンブン振り回される。

 急なことで対応しきれず、腕が痛い。気がつけば血管が浮き出て真っ赤になる。


「あ、あの!?」

「あっ、ごめんなさい。私つい嬉しくて」

「それはいいんですけどね」


 でもこれで何となく察した。この宿屋は繁盛していない。しかもあの話の辻褄つじつまからみても、この宿屋は普段ランチを提供してお金を稼いでいるんだ。偉いな。


「えーっと私はミフユと言います。シノツキ・ミフユです」

「えっ、シノツキ・ミフユ?」

「はい。珍しいですよね、この読み方」

「いえそんなことないですよ。私の名前も白澤黒江ですから」

「シロサワ・クロエさん!もしかして母と同郷どうきょうの方ですか!」

「いや、それはわかんないですけど」


 何だかさっきからテンションが異常だ。さっきまでのローテンションからの急なハイテンション具合。それからまた急なローテンション。情緒じょうちょが不思議でしょうがない。


「ちなみに漢字ってわかりますか?」

「はい。私の名前も篠に月。それから、美しい冬と書いて篠月美冬ですから、母がつけてくれたんですよ」


 嬉しそうに話してくれた。

 私も白澤って苗字みょうじに表も裏もないってことで、反対の黒江を付けてもらったから名前に深みがある。


「白に黒なんて、なんだか素敵ですね」

「そうですね。自分で言うとちょっと恥ずかしいですけど」

「そんなことありませんよ。とっても素敵なお名前です」


 ミフユさんは褒めてくれた。

 照れ臭い気分だけど、やっぱり嬉しい。私はハニカミ笑顔で照れを隠そうと必死になっていた。

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