KAC20224 お笑い

@wizard-T

煽り倒す男

 親ってのは勝手だ。


 自分だってそうだったくせに、嫌ってほどその事をかみしめている。


「いずれは帰って来るだろ」


 そう夫に言われていたのに、見事に裏切られた。


 しかもいい意味でだから、誰も同情してくれない。


 地方公務員という名の安定を貪っていた人間に対する、あまりにも酷い仕打ち。

 あるいはそれゆえかもしれないと思ってしまったことも、幾度もあった。







「オイオイオイオイ!ハコベとか言ってるけどよ、お前運ばれたら死んじまうだろぉ!?そんな名前名乗ってんじゃねえよ!」


 そうやって叫ぶのが、息子の仕事だった。革ジャンにサングラスをかけてあらゆる物に一方的に喧嘩を売りまくり、そうしてお金を受け取っている。


 そんな生活を続ける事わずか六年で、息子の年収は八ケタになっていた。

「小学生もみんな真似をしているよ」

 とも言われ、テレビを点ければいつもそこにいる存在。


「いつまでウケるかわからんぞ。あっという間に消えるかもしれん」

「でもあれで、中学生の時からの夢だったんでしょ?私たちの協力を得られない事を想定した上で。それで今でも家賃三万円の所で、一年ほど一緒だった子と一緒に住んでて」


 八ケタの年収の四分の一を送りつけてくる程度には、親孝行な息子。

 そしてそれを素直に受け取れない程度には、素直になれない親。




「オイオイオイオイ!親とか言ってるけどよ、子どもの気持ちも素直に受け取れねえのかぁ!?それで親名乗ってんじゃねえよ!」


 とか煽られそうだが、それでも自分たちにとって彼はまだ二十三歳の若造であり、あまりにも早く成功しすぎた地に足のついていない坊やだった。


「あの子にはきちんとお金をためて節約して、そして立派なお嫁さんをもらって欲しいんだけどね……」

「あの顔だからすぐに見つかるだろうけどな……」


 子どもの頃から面白くて人気者で、それに顔も人並み以上だった。

 成績は人並みだが意志が強く、男にも女にもモテた。


 その自慢の息子のあまりにもあまりな選択を、いまだに受け止めきれない自分たちは往生際が悪いのだろうか。


「食べます?」

「ああ……」



 後ろめたさから逃げるように、母親の方は一枚のチョコレートを取り出した。


 息子の影がちらつく、チョコレートを。




「オイオイオイオイ!チョコレート好きとか言ってるけどよ、お前これを食べずにチョコレートだっつってんのかぁ!?これ喰ってから物を言えよぉ!」




 そんなフレーズで売り出し中の新商品、おそらくはその縁で来ただろうそれ。


「これが売れた場合、グッズまで作られるかもしれないらしいぞ」

「それでまたやるのかしらね、あの子は……」


 流行語大賞に選ばれたのがピークの、一発屋で終わるかもしれない。

 だがもし、自分たちの所属する地方自治体が目を付けたら。


「まあそうなったらなったでいいけどな」

「そうね、好きそうだもん。お役所って」


 自分たちがお役人様のくせにお役人な体質を批判する二人は、息子がCMに出ているチョコレートを半分ずつに分けて食べた。


 そして二人とも同時に、息子の放つだろうフレーズを思い浮かべていた。







「オイオイオイオイ!暗証番号とか言ってるけどよ、あわてて教えてどうする気だ!?人の話も聞かず犯罪者の手助けすんじゃねえよ!」

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