KAC20223 第六感

@wizard-T

昔の栄光

「お前も随分と」


 社長の口からこの言葉が出るとテンションがだだ下がりする。

 二十年以上続けて来た直立不動の姿勢を崩す事も出来ないまま、じっと社長の話を聞かなければならないのだ。




「しかし常務も本当すごいですね」

「昔はな、今じゃただのハゲオヤジだよ」


 やがて二十分近く気恥ずかしさに耐えて部下と共に社長室を出た後は、その部下まで乗っかって来た。


 私も年相応に三段腹になり、女子高生になった娘からは避けられ、健康診断の数値も怪しくなっていた。その代わりに得たのは肩書を除けば、8桁の年収と、あと1年で終わるマイホームのローンと、15センチ以上背の高い部下だけだった。


「しかしあの社長もすごいですよね。正直、あの」

「正直に言いたまえ、五十四歳だとは思えん、だろ?」


 白くなった代わりに一本も抜けてなさそうな髪の毛を生やしながら、豪華な椅子に座ってのほほんと自慢話に明け暮れる姿と来たら、自分の会社の社長じゃなきゃ茶でもかけたくなるかもしれない。

 若々しい訳じゃなく、どっちかって言うと幼い。小学生がそのまま大きくなって老けたような感じで、顔に年輪がない。


 だがこれを世間知らずの高枕とか言うのならば、その瞬間簡単に悪人になれる。



 ——————少なくとも私は、極悪非道の忘恩の徒になれる。




 私が定年退職まであと二十年はあるのにこんな地位にいるのも、この会社が二十年で二倍の大きさになったのも、すべてこの社長になってからだ。


 いかにもな二代目キャラであり、実際に三代目である社長がこの会社を継いでした事は、ほぼ一つしかない。




「だって面白そうだから」




 そう言いまくった事だけである。




「社長自身家族には厳しいらしいですけどね」

「信じられねえよな、平社員レベルの生活をさせてるとか。自分も貯金しまくって四代目様も入社試験で落としたって」

「そういう人なんじゃないか」


 四代目気分でいた二十八歳の長男はまともに勉強せず遊び惚け、その結果で父から入社試験で落とされ、現在は系列会社に下っ端として月給二十万円でねじ込まれている。その弟は野球にばかり情熱を注いでいたが大学野球で故障して挫折、現在はただの体育教師らしい。

 妻も大企業の三代目様に嫁いでセレブ生活と思いきやお金などいつなくなるかわからないの一言とともに私の半分の年収相当の額しか使わせてもらえず、時々パーティなどに出ても使い回しのアクセサリーやドレスばかりで浮く事も多かった。それでも本当に必要な時は平気で財布を開けていたので不満は最小限だったが、私たち社員からしてもどこか大企業の社長夫人離れした人間だった。




 ——————そのくせ大学時代にスキーと麻雀しかしていないと言っていた人間を平気で採用して支社長に仕立て上げ、高校時代に教師と大ゲンカをした中卒フリーター上がりの人間を秘書に育て、そして七社連続で落ちた私をなんかいけそうだとか言って幹部候補生にしたのが社長なのである。


「でも社長もあと七年でやめるとか言ってますけどね、すると」

「あれは属人性そのものだからな、よくも悪くも普通の会社になっちまうな」

「でもあの社長だから隠居と称して引っ張って来たり……」

「やりかねないけどな……」




 理屈じゃない、ああ何かあるな、と言うシロモノ。


 実は私自身いわゆる金庫番で社長や社長が引っ張って来た人間の発想に振り回される側なのだが、それでもそんな社長がいなくなるのは寂しい。




「しかし僕もなぜ採用されたんでしょうかね」

「あの社長だからなとしか言えんよ」

「それで常務、将棋でも始めたらどうですか、ってやった事ありますよね」

「なんでだね」

「見ちゃったんですよ、将棋盤と駒。まあ千円のですけど」




 そう、こんな無芸大食を自称してはばからないような人間を正社員として取るような社長が。

 

 私も将棋でもやってみるかと思ってしまうほどには、影響力を持った社長が。

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