クズール子爵
あれから数日、まだ金級への昇級条件を教えてもらえていない。
それはそれで頭の片隅に置き、僕のやることは変わらない。依頼を受けるためギルドに通う日々である。
今日も手頃な依頼を探そうとギルドに足を踏み入れたところ、
「アルベールさん、お話が」
とメリンさんから呼び止められた。とうとう昇級条件の説明だろうかと思い、素直についていくと、向かう先はまたしてもグランドマスターの部屋であった。この時点で何となく嫌な予感がする。
部屋に入ると、グランドマスターがあまり面白くなさそうな顔で待機していた。相変わらずマフィアにしか見えない。
促され席に着くと前置き無く本題に入る。
「実はまぁた君に指名依頼が来たんだ」
「今度はどちら様で?」
「クズール子爵だ。内容は以前のオーレリアン公爵と同じで、『銅像を作ってほしい』という依頼。今度は明確に、君の名前宛てだぁ」
僕の名前宛て? 僕としては像を作る依頼を積極的に受けたいわけでもなかったので、前回、ギルドとオーレリアン公爵にお願いして名前の公表はしなかった。像の作者が僕であるということは前回の関係者しか知らないはずだ。
「何故子爵が僕の名前を?」
「それだぁ……まったくどうやったのか、独自に調べ上げたらしくてねぇ」
「へぇ……、まぁ貴族らしいと言えば貴族らしいのでしょうか。正直そういうことをする人はかなり嫌いですが、禍根を残したくないので、また話だけは聞きに行きます。気乗りしなければお断りすることになりますが」
「あぁ、助かるよ。もちろん断ってもらってもかまわない。今回は依頼を断り切れなかったギルドの落ち度もあるから、ポイントの減少は無しとしようじゃぁないか」
本来、指名依頼を断るとポイントが減ることになる。ギルド自体の信用にもかかわるからだ。もちろんギルドとしても安易に指名依頼を承認しないように調整はしているらしいが、今回は受けざるを得なかったのだろう。
ギルドと貴族の関係はよくわからないが、どんな組織にも事情はあるものだ。一応の協力姿勢を見せるに越したことはない。
***
子爵領は王都から徒歩で一日くらいの位置にあった。断るかもしれないのに一日かけて移動するのは面倒で、何から何まで気乗りしない依頼である。
子爵邸の門までいくと、やる気のなさそうな門番が二人いた。
「すみません、子爵様からの依頼を受けたアルベールと言いますが、取り次いでいただけますか?」
「はぁ? ガキじゃねぇか……依頼書を見せろ」
帰ろうか。子爵家について、全て理解できた気がした。
しかし、形だけでも誠意を見せないと後々さらに話がこじれる気がすると考え、我慢することにして無言で依頼書を提出した。
「ちっ、ついて来い」
立ち振る舞いを見た感じ、この門番なら瞬殺できるだろう。などと考えながら後をついていく。
通された部屋で待つこと一時間、太った男性が少し長めの金髪をなびかせながら入ってきた。元の顔は綺麗だったのだろうが、お肉で幅広になっている。
「ワシが依頼したクズール子爵だ」
「初めまして、依頼について話をうかがうべく参りました、銀級冒険者アルベールと言います」
「うかがうべくだと? まるで受けない可能性があるような言い方だな」
「そうですね、話の内容によってはお断りする可能性も……」
「あぁあぁ、もういい、とりあえずわしの話を聞けば受けるに決まっておる」
ふん、と鼻を鳴らし面倒くさそうに顔をしかめる子爵。
その後十分ほどかけて彼の口から語られたのは、『聖光教』という名の宗教がいかに素晴らしいかという話であった。聖光教は、かつて光魔法を用いて人々を救ったマリーという女性を救世主として信じている宗教だ。子爵もこの宗教の教徒であるらしい。
「上の方々は何もわかっておられない」「この像を作れば私がいかに敬虔であるかを世に知らしめることになる」とつらつらと語ってくれたが、結局、依頼については像を作るということしかわからなかった。
改めて依頼内容を確認すると、
「ああ、そうだったな、このデザインで銅像を作れ。作る場所は王都にあるワシの別邸だ」
子爵はそう言いながら資料を机に置いた。像についてのラフなデザインと説明書きであった。「準備が良いな」と感心しながら読んでみたが――内容は酷いものだった。
獣人、エルフ、ドワーフが苦しそうな表情で土台を支え、その上に女神マリーが立っている。微笑をたたえているのが土台の下にいる三人の表情と対照的で気持ち悪い。
聖光教のことはよく知らないので否定するつもりもないが、さすがに人種差別的な考えを推し進めるようなものとは距離を置きたいと思った。
「申し訳ありません。僕の友達に獣人やエルフやドワーフがいるので、このような像を作ることはお断りさせていただきます。他を当たって下さい」
にやにやとしていた子爵の顔から表情が消えた。
「貴様の交友関係など知らんわ。ただワシの言う通りに作ればいい」
子爵の後ろにいる護衛が剣の柄にわざとらしく手を置く。威嚇のつもりだろうが、この人になら負ける気がしないので全然怖くなかった。
「そうですか……ですが、やはりお断りさせていただきます」
僕がそう言った瞬間、護衛の彼が今にも飛び出しそうだったが、子爵が手で制する。
「アルベールと言ったな……後悔することになるぞ?」
「それは脅しですか?」
「さてな。作らないというならもういい、行け」
「失礼します」
特に引き止められることもなかったので、そのまま屋敷を出た。いきなり拉致や襲撃などされる可能性も考え、宿に着くまで警戒していたが、何もなかった。
***
それから数日間、常に気を張り用心していたがやはり何もない。
用心しつつも依頼は日々こなしている。
最近討伐依頼が続いていたので、久しぶりに素材採取依頼を受けることにした。
フォレルから少し距離のある山の奥に、銀級の魔物が住む沼地がある。その沼の淵に咲く花を採取する。薬効があるらしい。
沼までの道のりには鉄級の魔物すら出てこない。それどころか虫や動物も少ないようで、山は不自然なほど静かであった。
依頼が楽であることは助かるが、少し退屈さも感じ始めていたころ、ようやく沼が見えてきた。さすがに少し警戒を強めて慎重に進む。
直径五メートルスほどの小さな黒い沼の淵に、彼岸花のような赤い花がちらほらと咲いていた。もちろん無防備に手を伸ばすことはない。
沼に住む魔物とやらは果たしてどのように出てくるのか?
とりあえず先制攻撃をしてみる。
「『ストーンアロー』」
岩の槍で攻撃する初級の土魔法を沼に直接打ち込んだ。盛大に吹き上げられた泥が周囲に飛び散る。
……しかし、沼の中からは何の反応もなかった。そもそも居ない可能性がある?
「『レーダー』」
案の定反応がなかった。誰かに討伐されてすぐか、あるいはどこかへ移動したのか。何にせよ好都合だ。今のうちに採取を済ませよう。
そう思い、花に近づいた瞬間――風切り音が聞こえ、僕はとっさに後ろへ跳躍する。
数瞬前まで僕がいた場所に三本のナイフが刺さっていた。
沼から少し離れた茂みから三人の男達が飛び出す。レーダーの範囲外だったので気付けなかったようだ。それにしても、
「遅い」
なりたての一般的な銀級冒険者であれば殺されていたかもしれないが、僕を殺すには力不足だった。
一様に黒装束で、顔は目出し帽で隠している。暗殺ギルドというものもこの世界にはあるらしい。いかにもな出で立ちの彼らもそこの所属なのだろうか。
少し時間をかけて暗殺ギルドの実力を測ってみたい気もしたが、考え直し、油断せずに最速で無力化することにした。
一人目は手足を斬り落とし放置。二人目は峰打ちで顎を打ち抜き気絶させる。三人目は『パラライズ』で麻痺させ終了。
すぐさまクリエイトで鉄製の輪を作り、全員を拘束した。手足を斬った人は死なない程度に治療してあげた。もちろん手足を繋げたりはしなかったが。
三人とも抵抗は不可能と悟ったのか、うつむいている。最初からずっと無言で、うめき声すらあげないのはさすがと言うべきか。
「さて、今から尋問をします。今見た通り僕は回復魔法が得意なので、死なない程度に痛めつけ続けることが可能です。あと、『キュア』も使えるので毒による自害もさせません」
ここまで伝えた時点で三人のうち一人がこちらをちらりと見た。
「尋問にはこれを使います」
クリエイトでバールのようなものを作り出した。三人ともいぶかしげにこちらを見ていた。多分何に使うのかわからないのだろう。
「これの先端を関節に差し込んで無理やり骨を外して行きます。実際やってみますか? では、あなたから……」
「待て! 待ってくれ! 喋るから!」
「おい! お前、喋ったらどうなるかわかっているのだろうな!」
「知るか! どうせ戻っても殺されるんだ、ここで無駄に抵抗する理由もねぇだろうが!」
仲間割れし始めてしまった。しかし、これで少なくとも一人は素直にしゃべってくれそうで助かる。
「僕が聞きたいのは、誰からのどういう依頼か、貴方たちの所属はどこか、それだけです。一番有益な情報を出してくれた人だけ生かしてあげます」
「クズール、クズール子爵だ!」
「おまっ……可能なら拉致しろと言われた! 無理なら殺せと! 所属は……」
「所属は暗殺ギルドですっ!」
ついに三人全員が口を開いた。最後の一人は声からして若い女性だった。
その後も色々と聞き出したが、おおむね想定通りの内容であった。何の意外性もない情報ばかりだったが、今まで知らなかった暗殺ギルドの仕組みなどを聞けたのは有益だったように思う。
まとめると、今回受けた依頼はクズール子爵が発行した囮の依頼で、目的は僕の拉致。拉致できなければせめて殺害するように言われていたようだ。拉致したうえで改めて強制的に像を作らせるつもりだったのだろうか?
一通り把握した後は、全員の首を刎ね殺した。「なぜ?」とでも言いたげな表情で地面に落ちた首の上にシックルが着地した。シックルは問う。
「生かす約束をしていたのに殺すのか」
「生き残った後に、あることないこと喋られても面倒だからね」
「そうか」
「自分を殺しに来た人達に対して約束を守る気にはならないかな。殺すべきではなかった?」
「ふふ、死神にそれを聞くのか? 殺したいときに殺せばいいし、死にたいときに死ねばいいさ。咎めることはない。最後まで見守ると決めている」
……たとえ悪人でも、人を殺すことにより魂が変質したりするのだろうか。僕はこの世界で既に何人も殺しているが、既に割り切ってしまって何も感じなくなっている。むしろ悪意を持たない魔物を殺すほうが少し疲れるのだ。
その違いは何か? 魂の重さだと思う。
魂の重さは二十一グラムだと聞いたことがある。悪意に染まるほど魂はスカスカになり、軽くなるのかもしれない。僕の魂は、今、何グラムだろうか。
答えの出ないことに悩むのは辞めて、死体の処理について考えることにした。
このまま放置でもいい気がするが、意趣返しをしたい。暗殺ギルド全体を敵に回すのは面倒が増えるだけなので触れないことにしても、せめて子爵には僕に手を出したことを後悔していただく必要がある。
***
日が落ちるまで待ち、王都へと戻る。
三人の死体はクリエイトで作った台車に乗せて運んだ。台車ごと光魔法『幻影』で暗闇に紛れるように認識阻害をかけ人目につかないようにした上で、堂々と正門から入った。
王都にあるクズール子爵の別邸には、門番はいなかった。夜だからだろうか。それにしても不用心だと思うが、そもそも昼間にしてもやる気のない弱い門番しかいなかったので適当なのだろう。
何にせよ僕にとっては好都合だ。
周囲に誰もいないことを確認し、『幻影』を解く。
三人の顔以外をクリエイトで生成した鉄で薄く覆う。
そして、以前子爵から要求された〝像〟と同じポーズをとらせた状態で固める。
最後に、三人が支える土台の上に、〝子爵〟を精巧に模した像を乗せて完成だ。
「我ながら悪趣味……だけど、これで子爵には伝わるだろうね」
「相変わらず器用だな。子爵の顔もうまく出来ている」
像を子爵別邸の門前に放置して、僕らは宿へと戻った。
後日、聞いたところによると、例の像には翌朝から人だかりができていたらしい。
当たり前だろう、往来のど真ん中に大きな像が一夜にして出来れば誰だって見に来る。
さすがに生身の死体が組み込まれているため大騒動となり、衛兵も駆けつけ、子爵への事情聴取がなされた。
子爵には以前から黒い噂があったこともあり、念入りな調査が始まり、出るわ出るわ複数の余罪があらわになった。
どうやら今までも、同じように暗殺ギルドに依頼をかけ、自身にとって不都合な存在は消してきたらしい。
完全に黒ということで、貴族としてもあるまじき行為により擁護されることもなく、お家取り潰しとなってしまったそうだ。
さすがにそこまでの大事になるとは僕も考えていなかったので少し反省している。
像の作り手が誰なのかは結局うやむやになったようだが、グランドマスターにはしっかりばれており「やりすぎだぁ。以前から気に食わなかったから同情はしないが。以後もう少し慎重に動くように」と、ちくりと言われた。
死神との対話篇 ~転生したら死神に目をつけられたのでとりあえず仲良くやっていくことにした~ 川野笹舟 @bamboo_l_boat
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