オーレリアン公爵

 王都から数キロス南へ位置する場所にオーレリアン公爵領がある。

 公爵邸はそれなりに大きな庭があるものの、予想よりは小さかった。


 門番に依頼書を見せ、用向きを伝えると、すんなりと中へ通された。シックルはさすがに外で待機してもらうことになると考えていたが、「是非一緒に」とのことだった。


 応接室らしき空間に通される。そこも簡素な部屋で、みすぼらしくならないために必要最低限の調度品が備えられている。これはこれでセンスがいるのだろうなと思う。僕の人生もそのようなバランスで必要なものだけが存在すればいいのに。


 そんな益体もないことを考えていると、やがて二人の男性が部屋へ入ってきた。まず入ってきたのは爽やかな青年。金髪と白い歯が眩しい。帯剣していることから護衛と思われる。次に入ってきたのが、長めの黒髪が美しい壮年。優しい微笑みをたたえている。


「私はオーレリアンと言う」

「初めまして、依頼書を見て参りましたアルベールと申します」

「まぁ、かけたまえ」

「はい」


 思いのほか深くしずみ込んだソファに動揺しながらも、真正面から公爵の顔を拝見する。美しい微笑みの奥にどんな気持ちがあるのかはわからなかった。


「最初にこちらからお伝えしておかなければならないことが一つあるのですが、よろしいですか?」


 目と仕草だけで先を促す公爵。


「まだ受けると決めたわけではなく、まずは内容を聞かせていただきたいです。内容によってはその……」

「あぁ、断ってもかまわない。もちろん私としては受けてほしいという気持ちはあるがね」


 微笑みが微笑みのまま深くなる。強い想いがあるように見えた。


「では、説明させてもらおうか……依頼内容は、我が家で飼っている犬の像を作ってほしい。ただそれだけだ」

「……え、それだけですか? あ、失礼しました! ただ、あまりにも拍子抜けしてしまいまして」

「はっはっは。正直だね。だが、本当に、複雑な事情など何も無いのだ。ただ……もうすぐ死ぬことになるであろう家族の姿を残しておきたい。それだけだ」

「あぁ、そういうことですか……」

「どこかに良い職人がいないか探していた時、『銀の羽』にすごいクオリティのレイヴン像があるという噂を耳にしてね。実際足を運んで目にした瞬間……まるで生きているかのような出来栄えで……心が震えたよ」


 公爵は語り終えた後、黙り込んでしまった。


 僕は前世でペットを飼ったことがない。

 シックルはペットではないので、強いていうならアザミが初めてのペットになる。アザミと共に過ごしたのは一年と少しだが、それでもわかることはある。彼らは家族なのだ。きっと僕も、アザミとの別れが来た後何度も思い出すことになる。残念ながら写真という技術はないから、その姿を鮮明に覚えているうちに像を作るだろう。


 たっぷり一分以上は考える時間を貰い、僕の気持ちは決まった。


「是非、やらせてください」


 部屋を移動し、モデルとなる犬――リッキーに会わせてもらった。焦げ茶色の大型犬で、シェパードに似ている。リッキーは薄いクッションの上に寝そべっている。彼は片目だけ開けてこちらを一瞥した後、また目を閉じてしまった。眠いのか、しんどいのか、どちらだろう。


 出来るだけ正確に作るため、しばらく観察させてほしいと伝えると、公爵は快諾してくれた。

 公爵が部屋を出た後、改めてリッキーを近くで見る。近づいてもまったく警戒するそぶりは見せずに、されるがままといった感じであった。


「確かに、死期が近い……ように見えるな」


 シックルが言う。部屋にはまだ護衛らしき男性もいるため明言は避けたが、つまりそういうことなのだろう。

 三角の耳、大きな口、困り顔のように見えなくもない目……。それらを見ていると少しシーラを思い出してしまった。


 観察を続けていると、突然廊下が騒がしくなり、集中が途切れた。貴族にしては荒っぽい様子で扉が開かれる。


「依頼を受けた人が来たって聞いたのだけれど……子供じゃない」


 部屋に入るなりそう言ったのは、僕と同じくらいの年齢に見える少女であった。公爵同様ゆったりとしたクセのある黒髪を一つくくりにしている。


「こら、メーガン、失礼だろう。それに君も子供だ」


 公爵も遅れてやってきた。


「ごめんなさいお父様。失礼しましたわね、職人さん。わたくしメーガンと言います」

「はじめまして、メーガン様。私はアルベールと言います。職人ではなく、銀級冒険者ですが」


 ますます意味がわかりませんとでも言いたげに、メーガン様は公爵のほうをちらりと見る。


「公爵様、十分に観察させていただいたので、さっそく像を作ろうと思うのですが……メーガン様にも見ていただいたほうが理解が早いかと」

「そうかい! そうかい……。では、お願いしよう」

「はい。まずこの部屋で試しに一つ作ろうと思いますが、この部屋は……」

「わたくしの部屋ですわ。ですから、わたくしが要望を出してもいいかしら?」

「もちろんです」

「じゃあ! ちょうど今リッキーが取っている姿勢をそのまま再現していただけます?」


 リッキーは先程からずっと伏せの状態で目を閉じている。


「承知しました。では、『クリエイト』」


 リッキーの伏せている隣に、ほぼ同じ大きさの像を作り上げることにした。最初は「それっぽい銅像を作ればいいかな」と考えていたのだが、公爵の気持ちに感化され、どうせやるなら本気でやってみようと思い始めた。


 まずは全体を銅――と思われる茶色の金属で作り上げる。そこにアダマンタイトの黒を混ぜこんでいき、リッキーの体毛と同じ色合い、同じ模様に整えていく。僕がいつも着ている羽織を構築するミスリル糸のように繊細な制御で体毛を表現していく。最後に瞳につやを与える。これにより、命が宿ったかのようなリッキー像が出来あがった。


「うわぅ」


 弱く、リッキーが鳴いた。もちろん本物のほうだ。自分と同じような姿の像がいきなり現れたので怖かったのかもしれない。


「うわぁ……リッキーだわ……リッキーが二人いるわ、お父様!」

「そうだな……本当に」


 メーガン様が貴族らしからぬ大声ではしゃいでいるが、公爵もそれを注意することなくリッキー像を見つめている。心無し目元がうるんでいるようにも見える。実はメーガン様より公爵のほうがリッキーに対する想いが強いのかもしれない。


 その後、二人と相談しながら一時間ほどかけて合計三つの像を作った。

 一つ目はメーガン様の部屋に、伏せの状態のものを。

 二つ目は玄関に入ってすぐの場所に、お座りの姿勢でまっすぐと前を見つめるものを。

 三つ目は庭の片隅に、走る姿をとらえた躍動感あふれるものを……。


「アルベール君、本当にありがとう。これはほんのお礼だ」


 依頼達成署名と報酬を受け取ったが、報酬が依頼書の額よりかなり多かった。


「あの……お気持ちは嬉しいのですが、依頼書通りの額しか受け取れません」


 貴族からこのようなものを貰うとろくなことにならない。絶対に。


「良いのかい……? 後悔することになるぞ?」


 と、公爵が急に脅しのようなことを言う。犬好きで温厚な人かと思っていたが、やはり貴族ということか……と僕は失望する。再度断ろうとすると、


「そうですわ! 正当な対価を受け取っていただくまで、このわたくしが地の果てでも追いかけますわ!」


 とメーガン様に遮られた。


「と、こういうことになるからね。はっはっは。『天秤は水平か?』が我が家の家訓なのだ」


 家訓ときた。どういうことかと改めて尋ねると、どうやらオーレリアン家は常に等価交換を原則としており、足りていない場合は全力で対価を払い、逆もまた然り、全力で取り立てるということらしい。


「元々銅像を一つ作ってもらうだけの想定で出した依頼だ。それが蓋を開けてみれば、三つも作ってもらい、おそらく私の目で見る限りアダマンタイトも混ざっているようだ。天秤が大きく傾いてしまった。その報酬は適切だ、受け取りたまえ」

「そういうことでしたら、遠慮なく。メーガン様に追いかけ回されるのも嫌ですしね」

「まぁ酷い! ふふふ」


 公爵邸を辞した後、ギルドに戻り達成を報告すると、またしてもグランドマスター直々に「よくやってくれた!」と褒めて貰った。今回の件によりポイントが一定数を越え、「金級への昇級条件」を教えてもらう権利を得ることができた。

 ポイントが溜まっていない冒険者には条件すら教えてもらうことが出来ないとのことだ。

 昇級のために必要な条件が三つあるらしいが、それはまた後日改めて説明の場を設けてもらうこととなったので、帰ることにした。


 このような指名依頼であればまた受けてもいいかもしれないなどと考えながら家路についた。

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