指名依頼ではないけれど
毒針ネズミのアザミをペット――従魔にしてから一年と少し。すくすくと成長……するわけもなく、ずっと同じ手のひらサイズだ。可愛い。
アザミは冒険者仲間にも人気で、『群青の波濤』のシーラに「ちょうだい」と言われたりもした。当然、お断りだ。孤児院の皆もアザミのことが大好きで、僕が依頼のため数日間宿を開けるときは、孤児院に預けてお世話してもらっている。
僕はと言えば、身長一六〇センチスくらいまで伸びた。一二歳にしては大きいほうだと思う。
冒険者としては順当に銀級依頼をこなしている。
エルダートレント以降イレギュラーもないため、少し気が緩み始めているような気もする。緩んだ気を引き締める時かもしれない。そう考え、久しぶりに王都へ行くことにした。
黒の森に近いフォレルとは異なり強い魔物を討伐するような依頼は少ないが、毛色の違った依頼を受けるのも刺激になるのではないかと考えている。一月ほど泊りがけで受けてもいいかもしれない。
***
王都へはフライボードで移動した。最初にトゲ山で練習した頃と比べるとさすがに上手くなり、今ではボードに乗りながら魔物と戦う事も可能になっている。
空色に擬態したフライボードで高高度を飛び、誰にも見つかることなく王都へ到着した。
王都西端の冒険者ギルド本部。久しぶりに見たが、本当にこんな大きさが必要なのだろうかと疑問に思うくらい大きい。
受付はいくつかあるが、明らかに列が長い窓口がある。列の先にいるのは真面目そうな眼鏡の女性――以前お世話になったメリンさんだ。長い列を尻目に僕は掲示板へ向かった。
やはり討伐依頼は少ない。どれを選ぼうか……と迷っていると、後ろからざわめきが聞こえてきた。
「おいおい、メリンちゃんそりゃないぜー」
「申し訳ございません、急用が出来ました」
「そんなぁ」
メリンさんが急遽窓口を閉めて受付を出たようだ。そしてそのまま一直線に僕の元へやって来る。
「アルベールさん、お久しぶりです。突然ですが、お付き合いいただけますか?」
「……え? あ、あぁ、もしかして――」
この人はいつも一言少ない。以前も同じような事があったので、すぐに「ギルド職員として何か話がある」ということだろうと勘づいた。
「ええぇぇ!?」
ただし、列に並んでいた冒険者は理解していないようで騒ぎ出す。慌てて、
「ギルドから何かお知らせがあるってことですよね!?」
と、何故か僕が言いつくろうハメになってしまった……。
「はい、そう言ってますが?」
言ってませんが?
「グランドマスターがお呼びです。案内しますので、こちらへ」
グランドマスター――すべてのギルドマスターの頂点に立つ人。冒険者ギルドの最高責任者だ。何故そんな人に?
混乱していると、「グランドマスターだって?」「あの人から呼び出されるって何事だよ。死ぬんじゃねぇか?」という声が周りから聞こえてくる。騒ぎになるのは嫌なので素直にメリンさんに着いていくことにした。
五階の一番奥にグランドマスターの執務室がある。重厚な扉まで後数歩というところで、
「入れ!」
と、ドスの利いた低い声が扉の向こうから響く。この時点で僕は少し怖くて、お腹が痛くなってきた。メリンさんはノックせずに、扉を開けた。
「失礼します。アルベールさんをお連れしました」
重厚な黒――おそらくアダマンタイト製である机の向こうにはマフィア――もとい、グランドマスターらしき男性が座っていた。
オールバックの金髪。頬に大きな傷あり。耳が……おそらく元はエルフ特有の尖った耳であったのだろうが、両耳とも歪に短くなっている。過去に切られたのだと思われる。眼は美しい緑色、しかし映るは虚無。僕を見ているような、何も見ていないような、深い穴倉がそこにあった。
服の下にはエルフと思えないほどの筋肉がついていることが見て取れた。
「そこに、座れ」
今から尋問でも始めようかという迫力だ。怖い。今日死ぬのか僕は?
「マスター、ここには他の方もいないですし、普通に喋って問題ないかと」
「そうかぁい? じゃあ普通にしようかぁ。おやぁ? アルベール君、座りなよぉ」
相変わらずドスの利いた声だが、態度が急にフランクになった。キャラ変わりすぎでは?
「え、えぇ……はい。失礼します」
「冒険者に舐められないように公の場では喋り方を変えているんだが、アルベール君は真面目そうだぁ、普通に喋っても問題ない……そうだろぉ?」
「決して舐めないと誓いますので、その喋り方でお願いします!」
メリンさんが淹れてくれたお茶で一息ついた後、改めて説明を受ける。
「実は先月、君への指名依頼が発行された。まぁ君の名前はどこにも書いてないんだが」
グランドマスターはそう言いながら、一枚の依頼書を机に置いた。読んでみると確かに僕の名前はなかった。
「『銀の羽』という宿にレイヴン像を残した者を探している。と……」
確かに以前『群青の波濤』との共同依頼の際に泊まった宿が『銀の羽』という名前だった。そしてシックルの像を作って残していった。確実に僕のことだ。しかし、他人からすればこれだけで僕に結びつけるのは難しい気がする。
「何故これが僕だと?」
「私の推理です」
「メリンさんの?」
「えぇ、依頼書の〝レイヴン〟という単語を見た時点でアルさんとシックルさんをまず思い浮かべました。以前王都へいらっしゃった時に『群青の波濤』と共同依頼を受けていましたよね? その時に利用した宿をシーラに尋ねてみると『銀の羽』であったことも、そこにアルさんも一緒に泊まっていたことも判明したので、確信を得ました」
えぇ……ストーカーちっくで怖いな。というかまたシーラか。彼女がきっかけで起こる問題が多い気がするのは気のせいか?
「まぁ、確かにその通り、それを作ったのは僕ですが、もう依頼者にも名前がばれてるんですか?」
「いやぁ、個人情報はちゃんと守る。ギルドとしても国や貴族から冒険者を保護したいと考えている」
「それはありがとうございます。でも、この中途半端な指名依頼のためになぜグランドマスターともあろうお方が出てくるのかよくわからないのですが。説明だけならメリンさんだけでもよかったのでは?」
「そこなんだ。実はこの依頼人、公爵様なんだよねぇ。知ってるかい? 公爵ってめちゃくちゃにえらいんだよぉ」
「でえぇ!? 公爵って、王族の次にえらい方々ですよね?」
「その通り。貴族の中の貴族。現フラウス国王の弟であらせられるオーレリアン公爵からのご指名だよぉ。さすがに私も慎重に動く必要がある。だからこうやってしゃしゃり出てきたわけだぁ」
また面倒くさいことになったものだ。
ギルドへの登録時に受けた説明を思い出す。確か指名依頼に強制力はなかったはずだ。
「これは指名依頼という扱いなんですか? たとえ指名依頼であったとしても強制力は無かったと記憶しているので、お断り……」
「はい、そこまでぇ! 決断を焦っちゃいけないよアルベール君」
グランドマスターが思わず立ち上がった。その瞬間濃密な殺気が部屋に満ち溢れる。……これは脅しか?
「マスター、殺気が漏れて恰好いぃ……ごほっごほっ、失礼、アルベールさんが困っています。殺気を抑えてください」
メリンさんから何か変な言葉が聞こえた気がする。
「おぉっと、申し訳ない。昔の癖ですぐに殺気を出してしまうんだが、気にしないでくれたまえ」
昔何をやっていたんですか? 思わず聞きたくなったが我慢する。
「これは君のためでもあるんだぁ。もし今回断って、後々何らかの形で君の名前がオーレリアン公爵の元に伝わってしまった場合……余計に面倒なことになる気がしないかぁい?」
「脅しにしか聞こえませんが」
「本当に脅しではないんだがねぇ。ギルドとしてもなるべく面倒ごとは避けたいと考えている。受けられる依頼は受けていきたいんだ。ギルドの顔を立てると思って、頼むよ」
何の躊躇もなくグランドマスターは頭を下げる。
彼の後頭部を見ながら僕もしばし考える。
「じゃあ、もしランクアップへのポイントを多めにつけてくれるなら、とりあえず話は聞きに行ってみます。相手の態度次第ではやはりお断りしようと思いますが」
「本当かぁい! それくらい融通利かせようじゃないか。私はグランドマスターだからねぇ。あ、他の人には内緒だよぉ」
その後、公爵の館の場所を聞き、そのまま向かうことにした。
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