青い薊は夕空を滑る

 トレントだと思ったらエルダートレントだった。

 予想外ではあったが、期せずして金級魔物を倒す実力があるということがわかったので、何となく気分が良かった。


 しかし、同時に疲れていた。間違いなく命がけの戦いをするハメになったので、疲れないわけがない。

 こんな時はサボるに限る。

 新しい場所を開拓するのも面倒くさかったので、以前行ったトゲ山に行ってみることにした。


 依頼を受けることなく、宿から直接トゲ山へ向かう。山に近いあたりの広い場所で一旦止まる。


「なんだ? 登らないのか?」


 シックルが頭の上から尋ねる。


「今回は登る時も飛びながら登ってみようと思って」

「前は飛ぶというより落ち……滑空していたが、登れるのか?」

「あの方法だと難しいから別の方法でね。まず、こうやってボードを作ります」


 愛用しているミスリル製の羽織に魔力を通し、スノーボードのような形に変形させる。


「これに乗ります」


 適当な位置に乗っかり、ボードの一部を変形させ足をしっかりと固定する。


「あとは、威力を調整した『ウィンド』をボードの裏から噴出すると……っ!」


 ものすごい勢いでボードごと体が反転。顔面紅葉おろしの完成だ。


「アルーー!」

「失敗失敗。『ヒール』。ちょっと練習が必要みたいだね」


 何度か試して塩梅をつかみ、ある程度自由に飛べるようになった。その間、いたるところに怪我をした。オーガの討伐より危険なミッションとなってしまった。


 改めて、ボードで飛びながらトゲ山の頂上を目指して出発。トリッキーな動きはまだできないが、普通にまっすぐ進むだけなら問題ない。険しい山道を登る必要なければ、あっという間に頂上にたどり着いてしまった。

 着地した途端に、


「すごいなそれ! 私も乗りたい!」


 と、シックルが言う。振り向くと既に人型に戻っていた。

 カフェオレのような褐色肌。絹糸のような白髪が似合う長身の女神は、鋭い目つきで、しかし楽し気に、僕を見下ろしている。


「この世界に転生してきた時以来に見たよ、その姿。わざわざ元に戻ってまでやることがこれなの?」

「何言ってる! 面白いじゃないか!」

「いつも飛んでるじゃないの。レイヴンの姿で」

「つべこべ言うな。刈るぞ」


 そう言いながら草刈り鎌、もとい魂を刈る鎌で僕を脅しつける。


「わかったよ。説明はいらないと思うけど、風魔法で上手く制御して飛ぶだけだよ? このボードは制御しやすくなるかと思って使ってるだけで、気休め程度だからね」


 説明しながらボードをシックルに渡すと、まるで最初から彼女の愛車であったかのように、何の違和感もなく飛び始めた。いきなりフルスロットルで縦横無尽に空を滑り倒している。


「はっはー! これはいい!」

「……さすが神様。釈迦に説法だったか」


 今、空中で縦に二回転しながら横に三回転くらいしたぞ。確かダブルコークとか言う大技じゃなかったか?

 シックルがボードを返してくれないので、僕は一人遊びでもしよう。


 岩に腰かけ、またクリエイトを使う。クリエイトだけで食べていけるかもしれない。

 作るのは鉄琴だ。絶対音感はないので、適当だが、二オクターブ分の音が出る鉄琴を作ってみた。

 音を鳴らしながら長さを調整し、それらしい物が出来あがった頃に、ようやくシックルが我に返って戻ってきた。


「ふぅ。楽しかった。おっ、次は何を作ってくれるんだ?」


 いつの間にかシックルのために何かを作る日のようになっている。


「鉄琴っていう楽器だよ。そういえば、少し前の話だけど、『群青の波濤』との共同依頼でシックルが頑張ってくれた事に対するご褒美に曲を演奏しよう。久しぶりだけど弾けるかな……」


 おもむろにバチで鉄琴を叩き始める。うん、良い音だ。曲もちゃんと覚えている。


 演奏したのは『七つの子』という曲だ。演奏し終わると、シックルが拍手をしてくれた。


「可愛くて良い曲だな。どんな曲なんだ?」

「この世界のレイヴンによく似た鳥で、カラスという鳥の曲だよ。『からす なぜなくの からすは やまに かわいい ななつの こがあるからよ』って歌なんだ」


 カラスの勝手ではないのだ。あれが替え歌だと知った時は少し驚いたものだ。

 その後も何曲か知っている曲を演奏してシックルに聴かせていると、ふいに視界の隅に動くものが目に入った。

 いつの間にやら、小さなハリネズミが近寄って来ていた。


「あ、可愛い。けど、魔力を感じるから魔物か」

「ふむ、毒針ネズミだな」

「毒? 怖っ」


 僕はすぐに飛びのいて臨戦態勢をとった。だが、シックルは無防備にしゃがみ込み、なんと素手でそのまま触っている。死神だから大丈夫ということか?


「これは亜種だな。棘の色が青いだろう? 本来は赤色で、その場合は強力な毒を持っているが、棘が青い固体は解毒作用を持つ液体を出すんだ。かなり珍しいぞ」

「そうなの? へぇ、僕も触りたい」


 触ると棘がちくちくして気持ちよかった。手に刺さることもなく、小さな頃に拾ったイガ栗のような触り心地がする。

 毒針ネズミはどうやら鉄琴が気になるようで、鉄琴と僕を交互に見て何かを伝えたいようだ。


「演奏して欲しいのかな?」


 残念ながらハリネズミの曲は知らないので、『大きな栗の木の下で』を演奏してみると、嬉しいのか僕の膝の上によじ登ってじっと鉄琴を見つめている。

 その後、また何曲か演奏した後に、おやつに持ってきていた林檎を上げてみると、さりさりと美味しそうに食べてくれた。


 そろそろ帰ろうと思い、毒針ネズミに別れを告げようとしたのだが、完全に懐かれたみたいで僕から離れなくなってしまった。


「連れ帰って従魔にしようか。名前は何がいい?」


 聞いても首をかしげるのみ。対話ができるタイプではないようだ。


「針……栗……んー、薊、アザミでどう?」


 やはり首をかしげるのみだ。まぁいいだろう。

 アザミを手に乗せ、そのまま鞄にしまう。


「ちょっと良い子にしててね。今から飛ぶから」


 さすがにこの子を肩に乗せたりしたまま飛ぶと落ちてしまうだろう。

 今度、持ち運び用の籠でも作るか? そんな事を考えながら、ボードに飛び乗る。シックルも大人しくレイヴンの姿に戻り、僕の頭上に着地する。


 トゲ山から見える世界は黄昏。オレンジジュースにゆっくりと夜を注いだかのような色合いに染まっている。

 夕空をゆるやかに滑るボードの上で僕はアザミのぶんだけ重くなった鞄と、少し軽くなった心を持て余し、ふわふわとした気分で帰路へとついた。


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