曇天に散る桜はトレントの周りを舞う(4)
衛兵さん達に謝り倒して、袖の下を握らせて、ギルドの職員を呼んでもらった。
やってきたのはジンさん――ギルドの素材買い取り担当――と、今まで見たことないギルドの職員らしき人達が十人ほど。
「やってくれたなぁ、アル君よう」
ジンさんがニヤニヤしながら言う。
「叱られちゃいました。何も考えずに持って帰って来たんですけど、これ買い取れるもんなんですかね?」
「おうよ。トレントの体は全身どこでも買い取れるぞ。しっかし、パーティでの討伐でもここまで大量に持ち込まれることはなかなかないぞ。気合い入れて素材担当を十人もつれて来ちまった」
十人全員素材担当だったのか。なんだか大事になっている。
「とりあえず、見せてもらうぞ。おい、お前ら鑑定だ!」
「へーい」
わらわらと職員達がトレントに群がる。
「ん? これ頭か? は? そもそもトレントに頭無くない?」
「こっちは足じゃないっすか? それにやけに固いような……」
「おいおいおい……もしかして、これエルダートレントじゃねぇか!?」
「はぁ!? エルダートレントって金級魔物っすよね? 俺初めて見たっす!」
「お前らうるさいぞ!」
職員達がやんややんやと騒ぎ出した結果、またしても衛兵に怒られた。
とりあえず運ぼうということになり、僕も手伝って素材を全てギルドの裏庭へ移動させた。
改めてギルドの裏庭で魔石も含めて鑑定してもらうと、どうやらただのトレントではなくエルダートレントだということが確定した。
「トレントが長く生き残ると、まれにエルダートレントに進化する。厄介さはトレントの比じゃないからな、金級だ。まったく……お前いかれてるな」
とジンさんが語る。いかれてるは余計だ。
依頼達成の手続きをしてもらおうと受付に向かうと、フィールさんから、
「ギルドマスターがお呼びです。今回の討伐に関してお話があるそうです」
と言われた。そのまま案内されギルマスの部屋に向かう。ギルドの階段を登り、最上階――五階にギルマスの部屋はあった。
「失礼します。アルベールさんをお連れしました」
「入れ」
フィールさんに連れられて入ると、部屋の中央に置かれたソファに、筋肉で服がはちきれそうになっているスキンヘッドの男が座っていた。ギルマスのルーカスさんだ。そしてその隣には赤い美人が座って優雅に紅茶を飲んでいる。
「こんにちは、ルーカスさん。それとロージーさんも……ロージーさんは何でいるんですか?」
「暇つぶしよ」
「あ、はい」
ロージーさんは黒金級パーティのリーダーだから忙しいんじゃないのだろうか。今は紅茶とクッキーを食べるのに忙しそうだが。ギルマスも諦めているのか苦笑いしている。
「フィール、ありがとよ。ロージーのことは気にすんな、アル、まぁ座れや」
「はい、失礼します」
フィールさんは退出。僕はギルマスとロージーさんの対面に座った。
「エルダートレントについて聞きたいことが二点ある。どこで遭遇したかと、どうやって倒したのかだ」
忙しいからなのか元々そういう性分なのか、世間話は一切無し。いきなり本題に入ってきた。
「んー、遭遇したのは多分入口から二十キロスあたりかと思います。入口から十キロスくらいまでが銅級魔物が出る浅域。そこから奥は銀級魔物が出る中域ですよね?」
「そうだ、ちゃんとわかってるみたいだな。その辺理解してないやつもたまにいるんだが……まぁいい。そうか……入口から二十キロスだと確かにまだ中域だな。本来、金級であるエルダートレントが現れる場所じゃねぇが……、たまーにいるんだよな、紛れてくるやつが」
「そうなんですね。じゃあ特に異常事態というわけでもないってことですか?」
「断定は出来ないが、他に似たような報告は受けてないし大丈夫だろう。ギルドの職員にも調査させるから心配すんな。とにかく遭遇したのがアルだったのが不幸中の幸いだな。仮に他の銀級冒険者ならほぼ確実に死んでただろうし、最悪金級パーティでもメンバーに死人が出るからな……。本題はそれでいいか。で、こっちは興味本位だから答えなくてもいいが、どうやって倒したんだ?」
「いや、こっちが本題よ。答えてもらうわ」
ロージーさんがキリっとした顔で割り込んできた。口にクッキーの食べかすがついている。
「まぁ、お二人になら教えてもいいですが、他言はあまりしないでほしいです」
「もちろん言わないわ」
僕はロージーさんの言葉に嘘がないか、彼女の目をじっと見つめた。……だめだ、食べかすが気になって何もわからない。
なんだかどうでも良くなってきたので、話してしまうことにした。
横に立て掛けていた夜半之嵐を手に取り、暫定的に巻きつけていた羽織をはぎとる。
「最初のほうは、これに火魔法を通してエルダートレントの胸部を斬り続けました。えらい固くて、多分一時間以上斬り続けてましたね」
「綺麗……。この桃色の部分は何? 火魔法を通すってことはヒヒイロカネが使われているのかと思ったのだけれど」
あらわになった刀身を見て思わずといった風にロージーさんが聞いた。
「これはヒヒイロカネとミスリルの合金です。より魔力を通しやすくなるかなと思って混ぜました」
「混ぜました? え、ちょっと待って、これ君が作ったの!?」
「そうですね。クリエイトで作りました」
「おいおい、王都の職人レベルじゃねぇか。鍛冶だけで食っていけるぞ」
「ま、まぁいいわ。ちなみに私の『紅蓮地獄』もヒヒイロカネで出来ていて、火を纏わせて使うのよ」
言いながら、部屋の隅に立て掛けてある真っ赤なメイスを指差す。約二メートルスの巨大さ。先端は花が咲いているかのようにゴツゴツとした形になっている。それにしても『紅蓮地獄』とは物騒な名前だ。
「とにかく、トレントには火魔法が有効だと聞いていたので、火を纏わせながら削り続けました。で、ある程度削ったら、こっちに持ち替えて、表皮を剥がす方針に替えました」
鞄に入れていたバールを取り出して見せる。
「何、これ? 随分変な形だし、メイスにしては小さすぎるし」
「バールのようなものです」
「ようなもの? バールというのも聞いたことないけれど、バールではないのね?」
「はい、バールではありません」
「……よくわからないけど、これもヒヒイロカネで作ったのね。確かに先端部分にひっかけがあるから、何か剥がすときに使いやすそうね」
「ヒヒイロカネですね。まさしく剥がすためだけに作りました」
「これは素材部門の奴らが欲しがりそうだなぁ」
確かに、ジンさんに見られたら面倒くさいことになりそうだ。隠しておこう。
「最終的に、魔石が露出したところで、バールのようなものを突っ込み、抜き出して倒しました」
「ふーん、なんだかあっさりと言うけど、エルダートレントって枝と根のコンビネーションがやっかいじゃなかったかしら?」
「よくご存じですね、ロージーさんも戦ったことがあるんですか?」
「えぇ、あるわ! 〝名前付き〟のエルダートレントを倒したことで黒金級に昇級したのよ」
「名前付き?」
初めて聞く。
「強すぎる等なんらかの理由で長い年月討伐されなかった魔物には名前が付けられる。こいつが倒したのは……」
「
急にうっとりとした表情になり、ここではないどこかを見つめている。もしかして戦闘狂かな。
「普通のエルダートレントとは違うんですか?」
と、ロージーさんに聞いてみると、
「違う違う全然違う! そもそも喋るのよ。理性を持っていて、人間が憎いだのなんだの言われたけど無視して攻撃してやったんだけどね、枝と根を同時に使ってきて全部はじかれたのよ。その後も、やれ風魔法を使うわ水魔法も使うわで大変だったんだけど、こっちもこっちで紅蓮地獄に火を灯して殴り続けたのよねぇ。一晩中戦い続けてようやく倒したときには、頭がおかしくなるくらい嬉しかったわ。思わず泣いちゃったしね」
と、早口でまくしたてる。完全にオタクのそれであった。
それにしても、理性がある分だけ、より複雑になるであろう手足と枝と根のコンビネーション。それに加えて魔法もあるとは……果たして僕が遭遇した時に生き残ることが出来るだろうか。黒金級になるにはまだ強さも経験も足りていないのだということを思い知らされた。
そんなことを考えていると、ロージーさんがまたキリっとした顔に戻り、こちらをじっと見つめている。食べかすはいつの間にかなくなっていた。
「火を纏う武器を使うことと言い、エルダートレントをソロ討伐したことと言い、私たち似てるわね」
「確かに、似てますね」
「何か運命を感じないかしら? 具体的には、うちのパーティに入る運命を」
「感じませんよ。まだ諦めてなかったんですか……」
「もう! なんでよ!」
ぷりぷり怒る顔が可愛いので少し良いかもと思ってしまったが、それとこれとは話が別。パーティに入る気はない。
「今回みたいにイレギュラーじゃない限り、まだソロで十分だと感じますからね」
そんなことを言ってお茶を濁し、最後にまだ勧誘したそうなロージーさんをギルマスがたしなめてくれている間に、僕は退室させてもらった。
金級魔物を倒したということで、依頼の報酬に色を付けてもらった。報酬を受け取った後は、再び素材担当のジンさんの所に向かう。
「ジンさん、エルダートレントの素材なんですが、一部は自分で使いたいので、売らずに保存しておいてもらえますか?」
「おう、どれくらい残す?」
今回新しく作った夜半之嵐には鞘と柄がまだない。その辺りをこのエルダートレントの素材で作るつもりだということを説明し、後日『一本足工房』の親方に必要な量を送ってもらうことを依頼した。もちろんその分の手数料は払うことになったが。
もろもろの手続きを終え、ようやくギルドを出て空を見上げると、薄く透明な青色がどこまでも広がっていた。目を焼くほどに白い雲が浮かんでおり、眩しくて思わず片目を閉じてしまったが、何故だかそのまま空を眺め続けた。
「どうしたんだ?」
シックルが聞く。
「明日はお休みにしよう。トゲ山にでも遊びに行こうか」
「お、また飛ぶのか?」
「それもいいね」
予想外の強敵を相手にして、なんだか疲れたけれど、どこか清々しい気持ちで家路に着いた。
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