曇天に散る桜はトレントの周りを舞う(3)
トレントは攻撃に失敗したのが気にくわないのか、うなりながら突進してきた。
再び、四肢と枝によるコンビネーションへの対処に追われることになったが、その間、木の根による攻撃は一度もなかった。
おそらくトレントとしても木の根は使いどころが難しいのだろう。足の下から地中に根を伸ばすことになるため、先程のように棒立ち状態にならないといけないはずだ。初撃で決めきれなかった時点で、次を決められる可能性は低くなるということを彼も理解しているのだろう。
避けて、斬る、避けきれず傷ついた体を治療する。避けて斬る、避けて斬る……。さらに一時間ほど経っているだろう。
執拗に胸の部位を削りつづけ、それなりに深いへこみが出来てきた。これならもしかしてあれを使えるのでは……?
「『クリエイト』」
新しい武器作る。もちろん火魔法の属性を通しやすいヒヒイロカネだ。ミスリルを混ぜこむ時間はないため、真赤なヒヒイロカネのみでシンプルに作り上げたのは、バール……のようなもの。
夜半之嵐は地面に突き刺し、バール片手に突撃する。
相手の攻撃を避け、胸部にたどり着いたら、削れた部分にバールをひっかけ一気に剥がす!
バリバリィッという音を立てて、これまでで一番大きく表皮を剥がし取った。
「イイィ!? イイィィ!」
トレントもさすがに焦りが出てきたのか、半ば暴走気味に体のいたるところから枝を伸ばし、総攻撃を仕掛けてくる。
しかし、枝だけに頼り攻撃が単調になったせいで、僕としては避けやすくなった。これ幸いと、一気に決めにかかる。
バールをひっかけて剥がす、突き刺して削る、ひっかけて剥がす……。
確かにバールは効率的に相手を破壊する殺人アイテムなのかもしれない。……いや、人を殺すのはバールではない。あくまでバールのようなものだ。バールを悪者にしてはいけない。
最後は、露出したバスケットボール大の緑色魔石の淵に直接バールを突っ込み、ずるりと綺麗に魔石だけを抜きとった。
魔石の抜けたトレントは声も出さずに、一瞬だけビクンと体を硬直させ、その場に倒れこんだ。まるでビルでも倒壊したかのような酷い地響きに足をとられる。
僕は正眼に構えていたバールを静かに下ろし、残心を解いた。
「はぁ、しんどかった……。死ぬかと思った」
バササッと羽音を立てながらシックルがトレントの死体に着地する。
「今回は大物だったな。ヒヤヒヤしたぞ。思わず魂を刈り取る準備をしようか迷ったくらいだ」
シックルが小さな黒い鎌をギラつかせている。器用に羽で鎌を持っているがどういう構造なのだろうか。鳥はそんな動きしないでしょ。くちばしでニヤニヤするのもやめなさい。
「どっちの魂を刈り取るつもりだったんだよ」
「さてな」
改めて考えるとよく勝てたなと思う。仮に『痛覚遮断』と『エクストラヒール』を使えなければ、足を潰された時点で詰んでいた。
エクストラヒールは上級の魔法だが、最近使えるようになった。森で魔物の手足を斬り落とした後にエクストラヒールをかける練習をしまくることで身に着けた。
痛くないとはいえ、さすがに自分の手足を斬るのは気がはばかられたので、魔物に協力してもらった。もちろんいたぶる趣味はないので、あくまで討伐対象の魔物を刈るついでにお付き合いしてもらっただけだが。
「銀級になっていきなり魔物強くなりすぎじゃない? 昨日オーガをそれなりに倒せたからいけると思ったんだけど……気を引き締めなおさないとね」
「ふふ、そうだな。金級だの銀級だのというのは人間が勝手に決めた基準だからなぁ、曖昧なんじゃないか? よく知らんが」
そもそもパーティで討伐するものなのだろう。ソロ活動の限界か?
「そういえば、素材どうやって持って帰るか考えてなかったや」
討伐証明部位は魔石と体の一部だ。僕が見てもトレントの木片と普通の木との違いがわからないが、鑑定士が見るとわかるのだろうか。体はどの部位でも売れる。
魔石の時点で大きいが、これは羽織に包んで持って帰れる。トレントの体はどこをどれくらい持って帰ろうか。
「物を別次元の空間に収納するような魔法ないかな」
「それはさすがに無いんじゃないか? 魔法の領分を越えて神の領域だろう」
この世界にはアイテムボックスのような便利魔法はないらしい。物理的に頑張るしかないか。
「どうせ頑丈なんだから引きずって持って帰るか。それにしてもすべりは良くしたいから……ソリのようなものでも作るか」
おもむろにクリエイトを使い、巨大な金属製のソリを作った。これで引っ張っていける限界まで素材を乗せよう。
まずはトレントの顔を切り離すことにした。口だけが存在するのっぺらぼうで気持ち悪いが、とりあえずこれがあればトレントを倒したんだなとわかりやすいだろう。しかし、資料でみたときにはこんな気持ち悪い顔なんてあったっけな……。
夜半之嵐で斬るのは大変そうなので、夜烏を使おう。
脛当形態にして左足に装着しているのだが、そういえばさっき斬り落としたんだった。危ない、忘れて帰るところだった。
近くに落ちている自分の足から夜烏と靴を回収した。現状、左足だけズボンが短パン状態になっており随分ファンキーな恰好になっている。
改めて、夜烏をウィンチェスターライフル形態に戻し、トレントの首を狙い構える。
「『
至近距離からの銃撃により、五センチス程度破壊できた。夜半之嵐よりは有効そうだ。
「打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打!」
五分ほど撃ち続けてようやく首を切り離すことができた。頭をソリの先頭付近に乗せる。
次に、手足を同様に切り離す。
「打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打! はぁ、はぁ……。打、打打打打……」
魔力は切れないが息が切れてきた。いつか絶対無詠唱でも撃てるようにしよう。
その後、三十分ほど撃ち続けてついに右腕と右足を切り離すことに成功する。左手足は諦めることにした。時間がかかりすぎるし、持って帰るのも大変だし。
それにしても、バラバラ殺人事件の現場みたいになってしまったな。封印されし何とやらみたいだ。パーツを全部集めると、いったい何が起きるのか。……トレントが完成するだけか。
トレントの右腕、右足、そして頭を乗せた猟奇的な神輿が完成したところで、ソリの先端から伸びた鎖を手に持ち引っ張る。ずるずる重苦しくとではあるが動かせた。『身体強化』を全力行使している。
「わっしょい、わっしょい」
「ワッショイ?」
「前世では、お神輿といって、神様を運ぶための乗り物があったんだけど、それを引っ張るときに『わっしょい』っていう掛け声をかけるんだ。おっ、ちょうどいいところに神様がいるじゃないか。さぁ、シックル乗ってみて」
「よくわからんが、うむ、苦しゅうない」
シックルはまんざらでもなさそうに、トレントの頭の上に飛び乗った。
「わっしょい、わっしょい!」
「ワッショイ、ワッショイ!」
「「はははは」」
バラバラ死体を乗せ、死神を祀る神輿が黒の森を突き進む。進む。
最終的にフォレルの街に入る直前で、衛兵に囲まれてめちゃくちゃ怒られた。
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