曇天に散る桜はトレントの周りを舞う(1)
オーガを倒してから一夜明け、雨は止んだが、まだ曇天。あまり気乗りしないけれど、とりあえずギルドへ向かうことにする。
ギルドで銀級の掲示板を眺めていると、『トレントの討伐』という依頼を見つけた。
トレントは木の魔物で、その場から動くことはないが、木の枝を自由自在に操り攻撃してくる。さすが木だけあって耐久力が高く、銀級冒険者レベルの打撃や斬撃でかろうじて表面を削れるらしい。
また、中級以上の火魔法も有効だ。一応、僕も中級の火魔法は使えるが、森の中で火魔法をぶっ放すのは気が引けるため、少し思いついた案を試してみようと考えた。ひとまず先に、依頼書を受付へ持っていく。
「こんにちは、アルベールさん。銀級になっても変わらず、なんというか勤勉ですね」
「こんにちは、フィールさん。やりたいことをやりたいペースでやっているだけなので、勤勉ってわけじゃないと思いますけどね。今日はこの依頼を受けようと思います」
特段毎日働いているわけでもないが、勤勉に見えるのだろうか。生まれ変わっても社畜根性が染みついているのかもしれないと思い、少し身震いする。
僕は自由なはずだろう?
「トレントですか。本来、銀級のパーティで討伐するのが適切なのでおすすめしませんが、本当に受けますか?」
「えぇ、まぁ命が第一優先ですから、もしもの時は逃げ帰ってくるので、大丈夫ですよ」
「『命が第一優先』ですか……、若い冒険者に聞かせてあげたい言葉ですね。って、アルベールさんより若い冒険者なんていないんですけど。ふふふ。わかりました、では受理します」
「ありがとうございます。では、行ってきます」
真面目な人だが、時々見せてくれる笑顔はすごく可愛い。僕の後ろに並んでいた冒険者達からの「おぉ」「フィールちゃんの笑顔はレアもんだ。今日はツイてるじゃねぇか」というざわめきを聞き流しながら、ギルドを出た。
***
黒の森へ向かう前に、一度宿に戻る。
「森へ行かないのか?」
シックルが僕の頭上から尋ねてきた。頭に乗っていても重くはないのだが、街中でくすくす笑われるので少し恥ずかしい。
「先に新しい武器――刀を作ろうと思ってね」
「また刀か。鎌はいつになったら作るんだ!」
「鎌なんて使うの死神くらいだよ……」
トレントを討伐するにあたり、火魔法は必須だろうと思う。だが、火魔法は基本的に遠距離攻撃なので、森の中でむやみやたらに使うと火事になりそうで悩ましい。そこで、刀に炎をまとわせて切りつければ一石二鳥なのでは? と考えた。
まず、僕の作れる最高硬度の金属――アダマンタイトを『クリエイト』で生成する。
次に、以前『一本足工房』で親方――グルモルさんに見せてもらった『ヒヒイロカネ』を生成した。赤い金属で、火との相性が良い。今回のキーとなる素材だ。
そして最後に、淡く光る白銀、『ミスリル』を生成。ミスリルも親方に見せてもらい、その時に『魔法をよく通す』と教えてもらった。今回は、この三種の金属を使う。
アダマンタイトを伸ばして、たたんで、伸ばして、たたんで……同じことを何回も繰り返すので、そのまま頭の片隅で魔力制御しながら放置する。
その間に、ヒヒイロカネとミスリルをどちらもドロドロに溶かしながら混ぜていく。自分で生成し魔力制御し続けているので溶かすことが出来ているが、本来同じことを鍛冶師がしようとすると、強力な火力に耐えられる炉を用意し、長い時間火にかけ続ける必要がある工程だ。
そうして、よく混ざったヒヒイロカネとミスリルは、最終的に薄い桃色――桜色になった。勝手に『モモイロカネ』と名付けよう。
今度は、アダマンタイトとモモイロカネを組み合わせる。
まずモモイロカネで芯を作り、それをアダマンタイトで包み込む。この時点で、外観は真っ黒なただのアダマンタイト製の刀となった。
これではモモイロカネに火魔法を通しても刀身の内部に留まってしまう。そこで、幹から枝を伸ばすように、モモイロカネ製の芯から無数の枝を伸ばしていくように変形させることにする。
刀身の表面を突き抜けた時点で止め、最後は刀身全体の表面がなだらかになるように、そして刃の部分は研ぎ澄ましていくように集中して制御する。
全行程一時間程かけて完成した。
刀身のベースは黒。そこに、点々と桜の花びらの形をした模様がちりばめられている。
表面に到達したモモイロカネを桜の花びらの形に成形する行程に一番時間がかかってしまった……。そのかいあって、花筏が夜の川を流れているような美しい刀身に仕上がった。
刀身だけで一メートルスほどもある大太刀にしてみた。今までで一番大きな刀だ。今回のトレントのような巨大な敵に対してはこれくらいの大きさが適切だろう。
とりあえず柄と鍔も暫定的に金属で作っている。後で一本足工房へ持っていき、刀身以外はちゃんと作り直してもらおう。
試しに太刀を振ると、桜色の部分が窓から入る日を反射し、きらきらと光った。刀の残像が作り出した扇形の窓の向こうに、桜吹雪が吹き荒れる景色が見えたような気がした。その刹那、僕の意識は間違いなく日本に移り、しばし動けなくなってしまった……。
この大太刀の名前は『
鞘がないため、ひとまず余りの羽織を刀身に巻きつけ、そのまま肩に担いで宿を出る。
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