鬼と銀級は雨に打たれて

 銀級になったのであれば、まずは討伐依頼だろう。

 自分の力がどの程度通用するのかは正確に把握しておきたい。


 今日はあいにくの雨だが、「それもまた一興だ」などと考えながら装備を整え、ギルドへ向かうことにした。


 雨のせいか、ギルドには人が少ない。これ幸いと、銀級依頼が貼りだされている掲示板をゆっくりと眺めることにした。

 今までは受けることが出来ないこともあり、冷やかし程度であったが、改めて見てみると、銅級と比較して、採取よりも討伐依頼の割合が多いことがわかった。


 今回は無難そうなオーガの討伐を受けてみようと思う。

 オーガは緑色の肌をした人型の魔物で、頭部には角が生えており、体躯は二メートルスほどになる。冒険者の間では、一人でオーガを倒せると中堅どころだと判断されるらしい。



***



 黒の森へ入る。

 雨でぐずぐずになった獣道を分け入って進む。

 銅級依頼を受けていた頃にお世話になった浅い領域を抜け、初めて中域に足を踏み入れる。木々が高くなり、空が狭くなった。薄暗く、鳥や虫の鳴き声もいささか減ったように感じる。


 銀級初日であまり無理はするつもりはないので、手っ取り早く探索魔法を使い、対象のオーガを探すことにする。


「『アクティブソナー』」


 ……水の探索系魔法を使ってみたが、雨の影響で役に立たないようだ。空気中の水分を利用して探索するので当然だろう。


「『パッシブソナー』


 次に、風の探索系魔法を使ってみる。しかし、こちらも雨音に影響されてうまく機能しなかった。風の流れを操り、周囲の音をかき集める魔法なので、雑音が多すぎる場合は使うべきではないということか。

 僕の知っている探索系の魔法はこれだけなので、いきなり手詰まりとなってしまった。


「シックル助けてー」

「なんだ?」


 水たまりで遊んでいたシックルに声をかける。これが烏の行水というやつだろうか。


「探索系の魔法ってアクティブソナーとパッシブソナー以外に何かあるの?」

「人族が使う魔法はよく知らないが、魔人の中に探索が得意な種族がいた気がするな……」


 魔人。黒の森の先にあるダッカスという国に住むらしい。たどり着くには黒の森の最奥、深域を超える必要がある。


「思い出した! 確か『レーダー』と呼んでいたな。水や風ではなく、属性を付与する前の魔力そのものを周囲に飛ばすような使い方だった気がするが……それ以上のことはわからん」

「なるほど。いや十分だよ、ありがとう」


 魔力を飛ばしても、何かに反射するものでもないはずで、仮にその先に魔物がいたとしても僕が認識することは出来なさそうだ。とすると、飛ばさずに引き伸ばした魔力を利用するのはどうだろうか。


 試しに、クリエイトを使うときの要領で、高さ二メートルス、横の長さは十メートルスほどの薄い魔力の壁を作った。そのまま、僕を中心にして時計回りに一周回してみる。

 魔力壁がシックルに触れたタイミングで「ぬるり」と何かが通過するような感覚が僕に伝わる。それ以外の岩や木、鳥などが魔力壁に触れた場合は特に異物感を感じることはなかった。おそらく魔力を持っているかどうかの差だろう。これなら今日のような雨の日でもノイズに邪魔されることなく探索出来そうだ。


「なんかぬるっとしたぞ。それがレーダーか? おそらくそれを使うと、魔法使いや感覚の鋭い魔物には気付かれるだろうな」

「あぁ、そういうデメリットもあるのか。使いどころを考えないといけないけど、今日の目的としては問題ないし、これで探してみるよ。『レーダー』」


 詠唱し、ひとまず半径五百メートルスほどを目安に魔力壁を構築する。

 ゆっくりと回していくと、三百メートルスほど先に四足歩行の魔物がいるらしいことがわかった。しかし、今回の対象であるオーガではないため、無視する。


 次に、半径を一キロスまで広げ、もう一度回していく。当たり前だが、距離を伸ばすほど魔力を多く消費するし、集中力がいる。さきほどよりさらにゆっくりと回していくと、僕の左方、八百メートルスほど離れた場所に人型の魔物――あるいは人間がいるらしいことがわかった。


「見つけた。行くよ」


 シックルにそう伝え、すみやかに対象地点に向かう。


 たどり着く何十メートルスも手前の時点で、


「グオアァァァ!」


 という、明らかに人間ではない雄叫びと、地面を踏みつけるような音や何かを殴りつけるような音が聞こえる。

 木々の向こうにちらりと見えた姿は、緑の鬼。やはりオーガであった。人間が鍛えただけでは身に着けることができないレベルの筋肉に覆われた鋼の肉体。それを存分に使い、今はただ怒り狂っている。

 おそらく、レーダーで捕捉したタイミングに体を通り抜けた違和感の正体が理解できなくて怒っているのだろうと考えた。


 彼は特に武器は持っていないので、徒手空拳での近接戦となる。最終的にどうするかはともかく、まずはこちらも刀だけを使用し、どこまで通用するか試すことにした。魔物相手におかしな話だが、正々堂々やらせてもらおう。

 気配を消すこともせず、まるで友達に会いに来たかのような自然さで、僕は彼の近くへ歩み寄る。


「どうもはじめま……」

「グオアァァァ!」


 僕の姿を目にした瞬間に「お前か」と言わんばかりに飛びかかってきた。当たり前だが、人型だからといって言葉は通じないようだ。


 さすがに銀級だけあって動きは速い。身体強化を使わなければ、避けられず一発で骨ごと砕かれたはずだ。

 彼の繰り出す右ストレートを避けながらカウンターで斬りつけたものの、うまく刃筋を立てることができず右脇腹に浅く傷をつけるだけとなった。


 傷を気にするそぶりも見せず、こちらに振り向き、今度は僕の頭めがけて回し蹴りだ。格闘家のような美しいフォームではないが、筋力にものを言わせて恐ろしいスピードになっている。

 身をかがめ避ける。僕の背後にある木に蹴りが当たり、破裂音が鳴り響く。

 彼の死角を抜けながら、背後に回り距離を取った。

 ちらりと木を確認すると、それなりに太い幹の半分ほどまで砕け散っている。


 その後、隙を伺いながら観察してみたところ、攻撃の威力は脅威だが、やはり人間ではないため駆け引きのようなものはなく単純な攻撃ばかりのようだ。移動スピードも攻撃スピードも対処可能な範囲なので、油断さえしなければ問題ない。

 あとは、僕の攻撃が通用するかどうかだ。


 彼がまた大振りな回し蹴りをしたタイミングで、ぬかるみに足を取られ、バランスを崩した。

 ここだ、と判断し、彼の首に渾身の一太刀を振り下ろす。うまく首の骨の隙間に刃が通ったようで、何の抵抗もなく振り抜いた。そのまま油断せず、彼と距離を取る。


「グッ……ゥ……」


 憎々し気に僕を睨んだままの首が地面に落ちた。そのまま体もドサリと重い音を立て、倒れる。数秒、その姿を眺め、血振りした刀を鞘に戻す。


 パタパタと音を立て、シックルが降りてきた。戦闘中は空の上から見ていたようだ。


「どうだった? そこまで苦戦しているように見えなかったが」

「そうだね、やっぱりバジルと比べるとまだこれくらいは余裕だと思うよ」

「銀級から金級へもすぐだな」

「いや、さすがにそんな簡単にはいかないでしょ。相性とかもあるだろうし」

「アルは心配性だなぁ」

「心配性は死んでも治らなかったらしいよ」


 楽観主義者が羨ましい。

 何事も僕は第一に「うまくいかないんじゃないか?」と不安になってしまう。今回だって結局、最後に首を斬り落とし動かなくなったオーガを目に焼き付けて初めて気を抜くことが出来たくらいだ。

 いったいどういう体験を積み上げれば自信満々に楽観的に振舞えるのかさっぱりわからない。はやく金級、あるいはその先の黒金級になって、少しでも自分の実力に自信を持ちたいものだ。


 討伐はスムーズに済んだのに、何故か薄暗い気持ちになりながら、討伐部位として角と魔石を採取した。



***



 ギルドに戻り、討伐部位を素材受け渡し窓口で職員に渡す。


「オーガか。まったく、お前はどう見ても子供なんだが、普通に持ってきやがるから反応に困るぜ」


 いつも素材の受け取りをしてくれるジンさんがそう言った。多分僕が子供なのに討伐依頼を受けることを少し心配してくれているのだと思う。ぶっきらぼうだが優しさを隠せていない。


「身長は伸びたんですけどね。まぁ無理はしていないので、大丈夫ですよ」


 成長期なのか、身長は一六〇センチスくらいになった。それでも、まだ雰囲気はただの子供にしか見えないだろう。


「レイブンの相方しかいないままだろう? もうそろそろパーティでも組んだらどうだ」

「その予定はまだないですね。考えてみますけど……」


 当分パーティは考えていない。本当に必要が出てくるまでは、まだ。

 僕の下手な誤魔化しから、その気の無さを察したのだろう、ため息をつきながら報酬を渡してくれたジンさんにお礼を言いギルドを後にした。

 銀級冒険者としての初依頼は終わった。

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