後始末、そしてフォレルへ
皆で後片付けをした。
魔物と盗賊の死体を集めたり、魔物の討伐部位の採取をしたり、盗賊の生き残りとリーダーらしき男を縛り上げたり……。
僕が討伐部位の採取をしている間に、セルジュさんとゴルゴンさんは、盗賊の生き残りから〟聞き取り〝をしていた。
丁寧な聞き取りの結果、彼らの他に仲間はいないことがわかったらしく、リーダー以外はすべて殺されて道の脇に放置されることになった。リーダーはフォレルの衛兵に引き渡すらしい。
仕切り直して、出発した後は、魔物に会うこともなくフォレルへたどり着いた。フォレルの外壁が見えたところで、思わずため息をついてしまったが、まだ気を抜いてはいけない。家に帰るまでが遠足だ。
街の入口で、衛兵に盗賊のリーダーを引き渡した。その際、男は僕のことをちらりと盗み見て、僕と目が合いかけると「ひぃ」という声を上げて逃げるようにして去って行った。
ゴルゴン商会の前で、馬車を止め、ゴルゴンさんからセルジュさんへ依頼達成署名が渡される。
「いやはや、少し想定外もありましたが、無事につきましたね。こちら達成署名です。ありがとうございました」
「はい、確かに受け取りました。ゴルゴンさん、また何かあれば呼んでください」
「えぇ、今後ともよろしくお願いしますね……アルさんも」
急にこちらに話が来た。個人で指名依頼が来るのは銀級以上なので、もうすぐ僕も対象となる。そのうち、ゴルゴンさんから依頼が来ることもあるかもしれない。
「はい、よろしくお願いします。僕は基本的にソロですが、機会があれば、是非」
こうして、初めての護衛依頼は終了した。
その後、依頼達成の報告をするためギルドへ向かった。
達成署名を見せて手続きをし、無事に依頼達成と認められた。報告も終わりギルドを出ようとしたのだが、別の受付にいたフィールさんに呼び止められた。
「アルベールさん、今回の依頼達成により、ちょうど銀級へのランクアップ条件を満たしました。おめでとうございます! とんでもない早さですよ!」
フィールさんが小声で叫ぶという器用な表現方法で興奮している。
「ありがとうございます。そんなに早いんですか?」
「えぇ……、あ、その前に、カードを交換するので、渡していただけますか?」
首にかけている銅級のギルドカードをフィールさんに手渡す。
「銅級から銀級へあがるまで、だいたいの方がニ、三年かかるんです。早くて一年くらいでしょうか。最終的に金級上位や黒金級にあがるような例外的な強さを持った方達でも半年くらいはかかるのに……アルベールさんは登録からまだ四か月ですから、はっきり言って異常です」
異常。あまり目を付けられるような真似はしたくなかったのだが。とりあえずフィールさんが言いふらすような人ではなくてよかった。
「そうなんですね。まぁ、僕にはシックルもいますからね。今回の依頼だってシックルがいなければ受けられなかったですし、彼女のおかげで達成できたようなものですし」
と言いながら、シックルに「余計な事言わないでね」という気持ちをこめて目くばせをする。
「……そうだなー、私のおかげだなー。ご褒美が欲しいなー」
藪蛇だった。何か後でご褒美をあげることになってしまった。
「シックルさんの存在ももちろん重要ですが、それだけではあがれませんよ、当人の戦力も判断基準となっていますから。……戦力と言えば、本来このタイミングで実技試験もあるのですが、アルベールさんの場合は登録時の実技試験で『戦闘力に関しては既に銀級の力量あり』と判断されていたので不要となります」
「そうなんですね。それは助かります」
登録時の試験で相手をしてくれたサンチェスさんは元気だろうか。ロージーさんにもあれ以来会っていないが……、あの人は黒金級だ、よっぽどのことが無い限り息災だろう。
その後、いくつか銀級と銅級の違いについて教えてもらった後に、銀級のギルドカードを受け取り、ギルドを出た。
扉から出たとたん、
「アル遅い! 何やってんの、打ち上げ行くよ!」
シーラ達が待っていた。打ち上げをするなんて聞いていなかったが。
「群青の波濤で行ってきなよ。僕お酒飲めないし」
この世界では特に酒を飲むための年齢制限は無い。それでも普通は子供に酒は飲ませないようだ。
「だ、大丈夫ですよぅ。私はいつもジュースですし」
「今回の主役はアルだぜぇぇ。参加しないとしまらないぜぇぇ」
ミルさんとゴーリーさんにまでそう言われたら行くしかないか……。
「わかったよ。行く」
群青の波濤行きつけの酒場に入ると、冒険者風の人で賑わっている。そんなに荒っぽい感じはせず、まったりと食事と酒を楽しむ場といった雰囲気だ。
僕とミルさんは葡萄ジュース、それ以外の人はエールを頼んだ。
「依頼達成とアルの銀級昇格を祝って、乾杯」
セルジュさんの音頭で打ち上げが始まった。
食事は皆のおすすめを適当に頼んでくれた。焼いた肉、ゆでた野菜盛り合わせ、よくわからないどろどろのやつ……なんだこれ。どろどろに溶けた茶色い何かが器に入っている。
「何このどろどろ」
「アル知らないの? フォレル名物『スライムさんのおすそ分け』だよ」
何それ知らない。スライムがおすそ分け持ってくるの? お隣さんなの?
「美味しいぞ」
セルジュさんが良い笑顔で食べている。彼が笑顔になるのであれば相当だ。
「本来食べられないほど固い魔物の肉をスライムの液体に漬け込んで柔らかくしたものっす。見た目はちょっとあれっすけど味は美味しいから食べてみるっすよ」
なるほど。そういう調理方法があるというのは前世で聞いたことがある。もちろんスライムではなかったが。
おそるおそる食べてみると……、美味い! 液体と固体の間くらいの状態になった肉が口のなかでほどけるように溶けていく。元々は脂身がほとんどない赤身肉だったのだろう。肉そのものの味が濃い。これは酒が欲しくなる。
「美味しいね。確かにこれは名物にもなるよ……。シーラ、エール一口ちょうだい」
「えぇ!? 飲めないんじゃなかったの? いいけど」
一口飲んだところ、ぬるかったので水魔法で温度を下げ、もう一口飲んだ。冷たいエールが口の中に残る濃い肉の味を洗い流していく。
「ありがとう」
「いいよ……、って、つめたっ。何これ、エールがめちゃくちゃ冷えてるんだけど!?」
「あ、ごめん。ぬるかったからつい。水魔法で冷やしたけど、ぬるいほうがよかったら戻すよ?」
「このままでいい! あー、美味しい。これ贅沢だよ……。ってかアル魔法の無駄使いしすぎでしょ」
「そ、そうですよぅ! 普通こんなことに魔法使わないです。依頼中も気になってましたけど、魔力切れは大丈夫なんですか?」
「魔力は多いほうだから、大丈夫ですよ」
「そういえば、あの遠距離攻撃は結局なんだったか教えてもらってないっすね。あれも魔法だったんっすか?」
「……あんまり他の人には言わないでくださいね。あれは何と言ったらいいのか、僕が作った武器のようなもので、あの筒の中で魔法を使ってるんです。やってることは土魔法で作った小さい玉をすごい速さで飛ばしてるだけですね」
「なるほどっす。冒険者同士のマナーとしてあまり詮索しないっすけど、あんまりおおやけにしない方がいいと思うっす。その武器? 魔法? を奪おうとする輩が出てくるかもしれませんからね」
「やっぱりそうですよね……だからあまり使いたくなかったんですが今回は事が事だったので」
銃らしき武器はまだ見かけたことがなかったので、ここで常識を確認出来てむしろよかったのかもしれない。群青の波濤の面々であれば下手に言いふらしたりしないだろう。シーラ以外は。
「シーラもちゃんと黙っててよね」
「なんで私だけ念を押すのよ! 大丈夫よ……多分……お酒飲んでなければ……多分……」
「おい」
ふとセルジュさんを見ると真剣な顔をしてこちらを見つめている。何だろう、口説かれるのかな。
「アルは誰に剣を習ったんだ? 盗賊を切った太刀筋は俺にも見えなかった」
口説かれなかった。
「剣は父に習ったんですけど、今使ってる刀……細い剣のことです。これの使い方や、盗賊を切った時の動きは自己流ですね」
刀や、それの使い道を昇華させてきた歴史を無視して、自己流と言うのは心苦しいが他に言いようがなかった。
「自己流……!? そうか、お父上も冒険者か何かだったのか?」
「そうですね、両親ともに昔やってたみたいです。魔法は母に習いました」
二人とも二つ名が付くくらいなので、もしかしたら誰か知っているかもしれない。また面倒なことになったら嫌なので名前はふせておこう。
「あの、あの盗賊さんを治した回復魔法も早いしすごい効果でした。あれだけで治療院で働けますよぅ」
「母は回復魔法が一番得意なんですよ。僕もなんだかんだ回復魔法が一番得意かもしれません」
回復魔法は大事だ。命にかかわる。
ある程度冒険者として慣れが出てきた今でも、一番力を入れて練習をしているのは回復魔法である。死にさえしなければ何とかなる。
一度死んで、しかも転生した僕が言っても説得力が無いが。
結局、打ち上げというより僕に関するあれこれを事情聴取される時間が多かった気がするが、楽しく飲んで食べて夜も更けていった。
こうして、初の護衛依頼、初の共同依頼は無事終わったのであった。
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