帰り道、魔物、盗賊

 翌朝七時、ゴルゴン商会の前に全員集合し、時間通り出発となった。帰りも行きと同じで、馬車三台の護衛だ。もちろんゴルゴンさんも一緒にフォレルに向かう。


 一日目は何事もなく終え、次の日の昼すぎ、空から偵察していたシックルが降りてきて、


「道の向こうから男が一人走って来る! レッドウルフの群れに追いかけられているぞ!」


 と、皆に聞こえるように教えてくれた。セルジュさんがゴルゴンさんに、


「ゴルゴンさん、助ける義理もないとは思うが、道は一本。このままいくと、この商隊が襲われる。この場で待ち構えて戦闘することにしますが、いいですか?」


 と、確認をとる。


「……えぇ、仕方ないでしょう。よろしくお願いします」


 しばしの沈黙の後、ゴルゴンさんは重い声で許可を出した。

 シックル曰くレッドウルフの数は四十匹程度。行きの行程で襲撃を受けた時よりも数が多い。

 しかし、セルジュさんからは、「この程度問題ない」と言われたため、対処は群青の波濤に任せ、僕はゴルゴンさんの近くで待機することにした。

 皆の戦闘準備が整い、その後すぐに、


「おーい! 助けてくれ、た、頼む!」


 と叫びながらこちらへ走ってくる男がやって来た。服装は商人のようだが、体つきはしっかりしている。レッドウルフに追い付かれずにかなりの距離を走ってきたと考えると、元冒険者なのかもしれない。

 ワイスさんとミルさんによる遠距離からの援護のかいもあり、その男は商隊の元まで無事たどりつくことができた。


「すいません、旦那方、迷惑かけちまって」


 男は息を荒げながらも頭を下げる。


「とりあえず、下がって商隊の人達と一緒に待っていろ」


 セルジュさんは一言告げ、戦闘に戻っていった。

 

 ワイスさんとミルさんにより数が減らされたものの、まだまだ残っている。接近してきたレッドウルフを相手にセルジュさんとゴーリーさんも戦い始めることになった。


 数分の間戦闘が続き、残り二十匹ほどになったその時、急にシーラが手を止め、挙動不審になり始めた。そしてすぐに、


「レッドウルフ以外の臭いがする! シックル! あの丘の向こうを見てきて!」


 と、叫んだ。僕達の進行方向に小高い丘がある。確かに、その向こう側は、先程空から偵察していたシックルからも見えていなかった可能性がある。


 シックルが上空でひるがえり、指示通りの方向へ向かおうとしたが、時すでに遅し、丘の向こうから複数人の男達が走り出てきた。一見して冒険者のように装備を固めているが、どこかちぐはぐで違和感がある。

 何よりも人相が悪すぎた。彼らが睨みつけているのはレッドウルフではなく群青の波濤のメンバーである。おそらく盗賊か何かだろう。その顔と動きは僕達を援護しようという善意の冒険者ものではない。


 賊達は十人。ある程度こちらに近づいた時点でとどまり、五人が弓矢を撃ち始める。もちろん、レッドウルフにではなく群青の波濤に向かってだ。

 残り半分の賊は、その後ろで待機している。「意外と組織立ってうまく動くもんだな」と少し感心してしまった。

 セルジュさんが、


「レッドウルフは俺たちで何とかするからワイスとミルは盗賊をやれ!」


 と、指示する。二人はその通り盗賊に狙いを付け始めたが、魔物とは違い遠距離で当てるのは難しく苦戦している。まだ一人しか数を減らすことが出来ていない。


 ゴーリーさんは大きな盾を持っているとは思えない速さで縦横無尽に走り回り、レッドウルフと矢を並行して防いでいる。


 しばし拮抗していたが、盗賊はこのパーティの要がセルジュさんであることを見抜いたようで、彼を重点的に狙い始める。

 セルジュさんはまだぎりぎり防いでいるが、このまま続けると、いつ大怪我をしてもおかしくない状況になってきた。さすがにここまできて見ているだけというのは嫌だ。面倒くさいことを考えるのは後にして、僕も参戦することにした。

 

「『夜烏よがらす』」


そう小声で詠唱した刹那、左足に着けていた脛当がウィンチェスターライフルの形へと変化し始める。

 変形中に左足を軽く蹴り上げ、空中に放り出された夜烏を手に取り、そのまま構え、弓を持った盗賊を狙う。

 既に『身体強化』をかけていたため、瞬時に狙いは定まった。そして、


「『』『』『』『』」


 『打』と詠唱するたび、弾丸が放たれる。残っていた四人の射手全てに命中した。心臓や頭を避け、胴体に当てたため即死はしていないはずだが、弓はもう打てまい。

 いきなりの出来事に、その場の誰も理解が追い付いていないようで、一瞬の空白が出来る。


「弓は僕が潰しました!」


 僕がそう伝えると、とりあえず疑問は飲み込むことにしたのか、群青の波濤達は戦闘を再開した。


 その後は、リズムを取り戻したセルジュさん達によりレッドウルフは残り三匹まで数を減らされた。また、遠距離からの攻撃手段を失った盗賊達は機をうかがいつつも、思い切って攻めることが出来ず右往左往している間に次々倒され、とうとう残り一人となった。最後の一人はその状況に耐えきれなくなったのか、不意にゴルゴンさんの方に目をやり、


「あっ……ああぁぁぁ! もう無理だ! 助けてくれ、頭ァ!」


 と、必死に叫んでいる。違う。どうやら彼が見ているのはゴルゴンさんから二メートルス隣、最初に逃げてきて保護していた男のことのようだ。ゴルゴンさんも怪訝な表情で、隣にいる男の顔を見る。男は顔をしかめたかと思うと、


「ちっ、クソがぁ!」


 と、吐き捨て、焦った様子で周りを見渡した。

 ここまで来て僕にも理解が追い付いた。おそらく、この男も盗賊の一員、それどころか〝頭〟――リーダーだったのだ。

 男は近くにいたゴルゴンさんに目を止め、数瞬迷ったようなそぶりを見せたかと思うと、人質にでも取る気なのか、ゴルゴンさんに向け手を伸ばし、飛びかかろうとする。


「ゴルゴンさん!」


 比較的こちらをうかがう余裕もあったシーラがとっさに叫んだ。

 その時にはもう僕の体は勝手に動いていた。腰の『夜風』を抜き払い、一閃。男の右腕を肩口から切断する。勢いはそのまま、右足も太ももの半ばから斬り落とした。

 肩から飛び散った血がゴルゴンさんに少しかかる。男は呆けたままバランスを崩し、地面に倒れこんだ。


「うぐぅ……はっ? こけた? えっ? 痛っ……があぁぁぁ!」


 斬った後で、「このままだと重要参考人が死んでしまう」と気付き、慌ててヒールをかけた。もちろん落とした腕と足はくっつけないままだ。血だけ止めればそれでいいだろう。

 男に刀を突きつけたまま、ゴルゴンさんの安否を確認する。


「大丈夫ですか? すみません、血がかかってしまいました」

「……いえ、お気になさらず。私は大丈夫です。はい」


 ポーカーフェイスが売りの商人なのに、顔がひきつっている。声も少し震えている。よっぽど怖かったのだろう。

 男は既に反抗する気力もないようで、地面にうずくまったまま、「俺の腕は? 足は? なんで痛くないんだ?」とぶつぶつ呟いている。


 そうこうしているうちに、レッドウルフも盗賊も全員倒しきったようで、警戒しつつも群青の波濤の皆が僕とゴルゴンさんの周りに集まる。セルジュさんが真っ先に、


「ゴルゴンさん、怪我は無かったですか?」


 と確認をする。


「えぇ、アルさんのおかげで無傷です」

「そうですか……良かったです。それにしても、アル、助かった。恩に着る」

「いえいえ、最初から手伝えば良かったですね。出遅れてすみません」

「それは気にするな。最初からそういう話だったからな」


 お咎め無しだろうか? と安心していると、シーラが横から突撃してきた。


「アル、アル、アル、アル! 何あれ! 何なのあれ! 鉄の杖からズバーンって! しかも剣もそんな使えるなんて聞いてないんだけど!?」


 シーラはいつでもどこでも元気だなぁ。と現実逃避をしている場合ではない。


「ほら、土魔法の一種だよ。多分。剣は腰に差してるんだから使えるのは当たり前でしょ? 普通だよ普通」

「何それ適当! 後でちゃんと教えて貰うからねぇ!」

「俺も気になるぜぇぇ」

「あっしも気になるっすね。弓じゃなかったっすもんね」

「わ、私もですぅ。オリジナル魔法ですよねぇ……?」


 ミルさん、正解。さてやっぱり面倒くさいことになった。どうやって言い訳をしようかと悩ましいが、そんな場合ではない。僕のことはさて置き、まずは、この場の後片付けをしなくてはならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る