王都散策
三日目、王都が近いこともあってか、魔物の襲来もなく、夕方頃には王都付近に到着した。
王都もやはり城壁に囲まれている。壁はフォレルより低く薄いように見えた。
街の中心に王城がそびえ立ち、そこを中心に綺麗な同心円状なっている。
中心に向けてなだらかな登り坂になっているようで、一番高い位置にある王城は街の外からでもよく見える。とんがり帽子をかぶせたような青い屋根の尖塔をいくつか抱くお城で、全体的に白を基調とした美しい外観をしている。堅牢さよりも美しさを重視しているのだろう。
街に入り、ゴルゴン商会の支店にたどり着いたところで、依頼は一区切りとなった。
「明日一日休憩となります。明後日またこの場所を朝七時に出発することになります。よろしくお願いしますね」
ゴルゴンさんは僕達に向かいそういった後、セルジュさんと話し込み始めた。明後日以降の打合せのようだ。
「宿はゴルゴン商会に取ってもらってるから、まずは荷物を置きにいこうよ」
シーラがそう教えてくれる。さすが商人、太っ腹だ。セルジュさん以外のメンバーと僕は自由の身となったので、宿に向かうことにした。
きょろきょろと辺りを見渡しながら、街中を歩く。完全にお上りさん気分だ。
さすがにフォレルよりも洗練されているような印象で、建物だけでなく、歩いているのも小綺麗な人が多い。といっても、この辺りは街の中でも城壁に近いので、歩いているのは庶民ばかりだ。
中心に近づくにつれ、高級住宅街に移り変わっていき、王城付近は貴族のみが入ることの出来る貴族街となっている。そこまでいくと庶民が入ることは出来ないらしい。
「着いたよ」
そうこうしているうちに、宿に着いた。自分だけでは泊まるのに少し躊躇する高めの宿である。
受付で鍵をもらい、各自部屋に向かう。旅の疲れもあるし、今日はもう遅いため、皆休むようだ。
「ここがアルとシックルの部屋だね。明日は暇でしょ? 一緒に王都を散策しようよ」
「いいね。シーラは王都に詳しいの?」
「そこそこね。あ、とりあえず冒険者には挨拶しに行こうよ。その後ぶらぶらしよう」
了承し、明日の待ち合わせを約束した後、部屋に入った。部屋は一人用の小さな部屋だが、十分な広さだ。シックルは部屋の中を一周飛んで回った後、窓際にとまった。
「王都もすっかり変わったな」
「『仕事』で時々来てたんじゃないの?」
「あくまで仕事だからな。魂を刈るためだけに舞い降りて、終わったらすぐ次だ。こうやって改まって街中を見ることはなかった。前に王都でゆっくりとしたのは……多分百年以上前だ」
「そりゃ変わるでしょ」
「ふふ、そうだな。だから明日は私も楽しみだ」
僕も楽しみだが、今日はもう眠りたい。久しぶりのベッドもあるのだ。
寝る前にまずは風呂に入ることにした。『清浄』の魔法で体も服も綺麗にはなるが、どうも物足りないため、時々入ることにしている。
風呂といっても宿に併設されているわけではなく、自作だ。
土魔法のクリエイトを使用し、ちょうど僕が体育座りをして収まるくらいの金属製の湯船を作る。
そこにオリジナルの水魔法で生み出したお湯を注ぐ。
本来氷を作るための魔力操作を自分なりに研究し、逆に水が温かくなるように調整、ちょうど良い熱さのお湯を生み出せるようになった。『アイスウォール』など氷を作る魔法はいくつかあるが、あえてお湯を作るオリジナル魔法を作り出す人はあまりいないかもしれない。
しっかり温まった後、水は水蒸気にして窓の外へ逃がし、金属の湯船はシックルの像に変形させた。宿の部屋に置いていくことにしよう。
部屋にあったメモに「差し上げます。いらなければ売ってください」と書き、シックル像のくちばしに差し込んだ。我ながら、はた迷惑な客だ。
***
翌朝、宿の一階で待っていると、シーラとゴーリーが一緒に二階から降りてきた。
「俺も一緒に行っていいか? おごるぜぇぇ?」
「もちろん。一緒に行きましょう」
相変わらず上半身裸だが盾は持っていない。
シーラはいつも通り目立たない服装をしている。
僕は冒険者として活動するときはいつも、上下とも動きやすい長袖長ズボンで、肩には黒い羽織をひっかけてマント代わりにしている。今日もその服装だ。
二人に案内してもらい、まずは王都の冒険者ギルドへと向かうこととなった。
「王都にあるのが冒険者ギルドの本部なんだよ。めちゃくちゃ大きいの」
「面白い依頼はそんなに多くないけどなぁ。近くにあまり強い魔物もいないから、雑用や護衛が多いんだぜぇぇ」
「ふーん。確かに王都の近くに強い魔物がいたら困りますもんね」
ギルドは王都の中では西の端にあり、わりと貴族街に近い宿からは少し歩くことになった。着いてみると、フォレル支部と同じ五階だての石造りではあるが、広さは二倍以上ある。前世の小学校くらいはありそうな大きさだ。
中に入り、ごった返している人々の、人種、武器、ファッション等に目をやりながら、シーラ達の後について受付に向かう。受付は真面目そうな眼鏡の女性だ。人族のように見える。
「おや、シーラさんにゴーリーさん。お久しぶりです。いつこちらへ?」
「メリン、久しぶりー。昨日着いたんだ。今日一日だけ王都にいるんだよ」
「そうですか。で、何用ですか?」
「もう、そんなすぐ仕事モードにならなくてもいいじゃん!」
仕事中だから当然だと思うが、シーラは誰とでも世間話をしたがるタイプだから不満なのだろう。
「挨拶がてら、こいつを紹介しようと思ってきたんだぜぇぇ。今回護衛依頼を一緒に受けてるアルだぁ。なかなかやるんだぜぇぇ」
やいやい文句を言うシーラに代わって、ゴーリーさんが紹介してくれた。見た目のわりに優しいというか世話焼きな面がある。
「初めまして、フォレルを拠点にしている銅級冒険者アルベールです。こっちは従魔のシックルです」
「はい、よろしくお願いします。銀級と一緒に依頼を受けるとは優秀なようですね」
「優秀かはわかりませんが、もうすぐ銀級に上がると聞きました。銀級に上がったら王都にも時々来て依頼を受けてみようと思いますので、その時はよろしくお願いします」
表情がほとんど変わらないし、ほぼ棒読みの事務的な口調なので、なんだかロボットみたいだ。少し怖い。ただ、顔が恐ろしく整っている。これで愛嬌がよければ、男は皆メリンさんの列に並ぶだろう。
……実際は他の窓口よりも空いているため、皆も少し彼女のことが苦手なのかもしれない。僕も他の窓口に並ぶかもしれないな……と考えていると、
「はい、その時は是非私の受付へ来てください」
と、急にメリンさんが友好的な態度に変わった。もちろん無表情だが。
「ちょちょちょ、えぇ!? メリンどうしたの? アルのこと気になる感じ? 気になっちゃう感じ!?」
シーラがずっとうるさい。
「はい、気になります。アルさんはかなりの実力者じゃないですか? 勘ですが。今後どのように成長するのかが気になります」
「なんだ……そういう感じか。メリンに春が来たのかと思ったよ。アルは十歳だから、まだちょっと早かったかなー」
シーラがうるさい。それにしても、見ただけで実力がわかるのだろうか。
ともかく、依頼も受けないのにあまりに長話をするわけにもいかないため、改めて挨拶だけしに来たということだけを伝えて、メリンさんとは別れた。
ギルドを出た後は、特に予定を決めていなかったため、主にシーラの思いつきで、武器屋や魔道具店を冷やかしながら、街をぐるぐると回った。
歩く途中で、そういえば、と先程の会話を思い出し、聞いてみることにした。
「見ただけで冒険者の実力ってわかるもんなの?」
「あー、メリンに言われたあれね。メリンは元々凄腕のソロ冒険者だったらしいよ。ある時、グランドマスター……冒険者ギルドのトップね、その人に助けられたとか拾われたとかで恩を感じて、ギルド職員になったとかなんとか」
「ほとんどあやふやだね」
「詳しくは知らないもん。ま、とにかくそんな経歴があるから、もしかしたら見ただけでわかるのかもね」
シーラやゴーリーさんはまだそこまで他人の強さがわからないそうだ。
先程からゴーリーさんの角の上にとまっていたシックルが僕の肩に戻ってきて、
「私から見ても、彼女の隙の無さはなかなかのものだったぞ。かなりやるな、あれは」
と、こっそり教えてくれた。シックルがそう言うのなら本当に強いのだろう。それだけ伝えに来た後は、またゴーリーさんの上に戻った。僕の肩より高い位置だから気に入ってしまったのだろうか。ゴーリーさんは嬉しそうだから別にいいけど。
そろそろ疲れてきたこともあり、最後にカフェで休憩してから帰ることにした。カフェ! 前世以来のコーヒーを飲めるかもしれないと期待が膨らむ。
宿への帰り道、大通りから少し外れた小道に入ると、そのカフェ『神樹茶屋』はあった。こぢんまりとした建物は草やツタで覆われていて、看板がなければ近寄りがたい雰囲気となっている。
ドアを開けるとチリンチリンと風鈴のような音が鳴った。音の鳴るほうを見上げると、ドアの上部にスズランが咲いていた。この世界のスズランは鳴るらしい。
「いらっしゃい。久しぶりじゃあないか」
カウンターの向こうから、少し低めの声で呼びかけてきたのは、エルフの女性だ。ショートボブから突き出た長い耳にはピアスがたくさんついている。ぱっと見、男に見えなくもない、女性にもモテそうな男装の麗人だ。
他に客がいないため、三人でカウンター席に座る。シックルは僕の肩の上にいる。
「君は初めてだね。何を飲む?」
「コーヒーってありますか?」
「こーひー? 何だそれは? 紅茶ならあるぞ」
無いのか! 確かに今まで見たことも聞いたこともなかったが、面と向かって言われるとショックだ。
「コーヒーというのは……黒くて苦い飲み物です。とりあえず紅茶をください」
「黒くて苦い……のか? それは毒では? 紅茶ね。シーラとゴーリーも紅茶でいいかい?」
「いいよ! 私はクッキーもちょうだい」
「俺も紅茶でいいぜぇぇ。あと、アル。コーヒーって名前じゃないが、黒い飲み物なら見たことあるぜぇぇ」
「え! ほんとに!? どこで見たの?」
なんとも意外な人から目撃情報が来た。これは聞き逃せない。
「俺がまだウルフズレイン――獣人の国にいたころに、狼人族の奴が飲んでたなぁ。でも、ありゃあこんなカフェで飲むようなもんじゃないぜぇぇ」
「どういうこと?」
「俺もよく知らねぇが、確か『黒死無双』って名前の劇薬で、飲んだら狂化するって話だ。実際そいつは戦闘中に飲んでたし、飲んだ後暴走してたぜぇぇ」
「だめじゃん、何その怖い飲み物。僕の知ってるコーヒーじゃないよそれ……」
全然飲みたくないものだった。しかし、他にそれらしい飲み物がないことも事実ではあるし、一度ウルフズレインに行って実物を見てみるのもいいかもしれない。
店主のギリーさんがいれてくれた紅茶は複雑な香りがする。薬草も入っているため、ハーブティーのようなものだろうか。エルフは薬草の調合も得意と聞いたことがある。そういえば、『神樹茶屋』とあったが、神樹というものがあるのだろうか。
「エルフの国には神樹というものがあるんですか?」
「あぁ、あるよ。エルフばかり住んでいるルーフェンという国の真ん中にすごく大きな樹があってね、それを神樹と呼んでいる」
「へぇ、何か特別な樹なんですか?」
「さぁ、よく知らない。成長せず、枯れもせず、葉が落ちることもない、実が落ちることもない。ただずっとそこにある樹さ。ただ、葉や実には何かしらの効能があるらしい。ルーフェンを牛耳っている老人どもしかその効果は知らないはずだよ」
「ギリーさんは神樹が好きだから『神樹茶屋』と名付けたんですか?」
「いや、別に好きじゃない。ただ、葉にどんな効能があるか、どんな味がするのかは気になるね。ルーフェンにいたころ、一度『神樹の葉でお茶を作りたいから採っていいか?』と聞いたら、お偉方にめちゃくちゃ怒られてね……それでムカついたから国を出たんだよ。いつか神樹の葉で『神樹茶』を作ってやるという意味を込めて『神樹茶屋』にしてやったのさ」
ニヤリと笑いながら言うギリーさん。見た目通りの人らしい。エルフの国は閉鎖的だと聞くが、その環境には合わないだろうなと思う。
紅茶と会話を楽しんだ後は、夕陽に染まる街を眺めながら宿へと戻った。街のどこからでも見える王城は燃えるように赤くなっていた。
明日からは帰りの護衛が始まる。それに備えて早く寝ることにした。
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