『群青の波濤』との共同依頼
ランドラニュイの依頼から一か月ほど経ったある日のこと。
その日も、依頼を受けようとギルドに向かうと、入口に入ってすぐシーラに声をかけられた。
「アル、シックル。ちょっと話しがしたいんだけどいいかな?」
シーラとは『一本足工房』を紹介してもらって以来、たまに会話をしたり、食事にいったりする仲だ。いつもの様子とは少し違い、真剣な表情をしている。
「何かあったの? とりあえず話は聞くよ」
聞いてみると思ったより切羽詰まった状況だった。
シーラが所属している銀級パーティ『群青の
群青の波濤は五人パーティで、そのうち斥候はシーラ一人だ。シーラ一人で商隊全部をまかなうように斥候の仕事をすると余裕がなくなってしまうので、念のため、もう一人斥候ができるフリーの冒険者も雇われており今回の依頼に参加予定だった。
ところが、そのフリーの冒険者が別の依頼でしくじって大怪我をし、参加できなくなってしまったらしい。
商隊はフォレルから王都まで向かうのだが、出発は今日。急いで探していたが他に斥候ができそうな冒険者が捕まらず、諦めかけていたその時、シーラはふとシックルのことが頭によぎって、ダメ元で僕たちの所へ頼みにきたとのこと。
「アルというよりも、シックルへのお願いなの。基本的には私が斥候をするんだけど、シックルが空からも偵察とかしてくれると、かなり助かるんだ……。お願い! 助けてください!」
シーラの声が大きく、ギルドにいる他の人達から注目されてしまった。美人のお姉さんに頭を下げさせる十歳の僕。変な噂が立たなければいいが……。
シックルはニヤニヤしながら僕を見つめている。その見た目で笑うのはやめてほしい。鳥なのにどうやってニヤニヤしているんだ? くちばしがぐにょぐにょ歪んでいるぞ。レイヴンじゃないことがバレるんじゃないか?
それはさておき、どうするか。シックルとは対応でいたいから、本当は頼り切りになるような依頼を受けるのは嫌なのだが……、シーラには貸しがある。ここまでお願いされると断りづらい。
「僕としては受けてあげたいんだけど、シックル、お願い出来るかな」
「構わんぞ。私は従魔だろう、命令したまえ主殿。ふっふっふっ」
「茶化すなよ。わかった、受けよう」
「本当!? ありがとう! いやぁ、助かったよ」
受付で、シーラと一緒に依頼の手続きをする。依頼は、ゴルゴン商会の馬車三台編成からなる商隊の護衛。フォレルから王都まで行く三日間と、帰りも三日間、往復で付き合うことになる。王都での一日休憩も含めると計七日間だ。
食料などは商隊から提供されるそうなので、僕としては特に準備はいらない。このまま街の入口付近にいる商隊に合流することとなった。
***
「初めまして、銅級冒険者のアルベールと言います。アルと呼んでください。こっちは従魔のレイヴンです」
合流してすぐに、商隊長と群青の波濤の面々と顔合わせをする。商隊長はゴルゴン商会のトップでもあるゴルゴン本人であった。
「ゴルゴンです。急な呼びかけに対応いただき、感謝します。群青の波濤からの紹介であればお任せして大丈夫と信じていますので、よろしくお願いしますね」
銀級パーティである群青の波濤と銅級冒険者である僕を同じように扱われても困る。地味にプレッシャーをかけられているのだろうか? さすが商人だ、少し怖い。
「群青の波濤リーダーのセルジュだ。剣を使う。よろしく頼む」
青い髪に、革の防具を体のところどころに付けて、腰にはロングソードを装備している。表情は固く、いかにも真面目そうな人だ。
「ミ、ミルファレスです。魔法を使います。見ての通り、エルフです……あははっ……」
金髪で綺麗な緑色の瞳をしている小柄なエルフさんだ。声も小さい。
「ゴーリーだぜぇ。盾を使うぜぇ。守るぜぇぇ」
パーティで一番背の高い山羊人族の男だ。獣成分が多めで、顔は完全に山羊だ。立派な角が生えていてかっこいい。下半身もズボンから出ている膝下の部分は山羊っぽい。上半身は普通の人間のように見える。
ただし筋骨隆々で何故か裸だ。そういえば時々見かける獣成分多めの獣人は肌の露出が多い気がする。僕の身長ほどもある大きな盾を背負っている。語尾が山羊の鳴き声っぽい。
「ワイスっす。あ、本当に冒険者か? って思ったっすね? こう見えてちゃんと弓を使えるんすよ」
商人でもやっていそうな地味な見た目をした男性だが、手をちらりと見ると皮が分厚くなっている。確かに弓を使う人のそれである。
「シーラだよ!」
「知ってるよっ」
こげ茶色の尻尾がふわふわ揺れて楽しそうだ。服の色もこげ茶色で、斥候らしくあまり目立たないような雰囲気にまとまっている。
挨拶が終わり、すぐさま出発の号令がかかる。
僕は商隊の真ん中あたりについて歩き、群青の波濤の誰かと一緒に護衛することになった。護衛と言っても、基本的には時々シックルに空から偵察してもらう程度で、僕自身の働きは頭数に入っていない。本来テイマーである冒険者はこのようなものらしい。
前方の警戒をシーラとセルジュさん、中ほどをミルさん――ミルファレスは長いのでこう呼ばせてもらうことになった――とワイスさんと僕、後方をゴーリーさんという並びだ。
街を出てすぐ、シックルに空から偵察してもらい、辺りに魔物などがいないか確認してもらった。
「前方にも後方にも目視できる範囲で魔物や盗賊はいないぞ」
「了解。シーラとセルジュさんに伝えてきて」
先頭にいる二人の元へ飛んで行った。「えぇ、もう終わったの!? 私いらない子!?」というシーラの声が聞こえてくる。確かにシックルが斥候に徹してくれるならいらない子かもしれないが、メインはシーラの仕事だから大丈夫だろう。
フォレルから王都までの道のりは踏み固められたように整備されており、馬車はスムーズに進んでいる。かなり綺麗に整えられているが、土魔法でも使ったのだろうか。だとしたら整備するためにどれだけの年月がかけられたのだろうと思いをはせる。道となっている部分以外は荒野が広がっている。雑草に覆われ、岩や木などが規則性なく存在している。小高い丘などもあったりする。見通しはそこまでよくないため、確かに警戒が必要そうだ。
「そういえば、シーラにも聞いたことがなかったんですが、『群青の波濤』はどんな感じで結成されたんですか?」
油断するわけにはいかないが、ずっと無言である必要もないため、前から気になっていたことをワイスさんとミルさんに聞いてみることにした。
「あっし達は皆だいたい同じ時期にフォレルに来て冒険者登録したんっすよ。出身はバラバラなんす。それぞれソロだったり、違うパーティとかで活動していたんすが、同期ってことで自然と仲が良くなったっす。で、ある時、それぞれの参加していたパーティが解散になって宙ぶらりんになったタイミングで、自然と皆セルジュの元に集まって、『この五人でパーティ組まないか?』って話の流れになって……って感じっすね」
「セ、セルジュさんなら何かやってくれそうだなって気がしたんですっ」
僕から見ると、セルジュさんは寡黙なのであまりリーダーをやりたがらないように思うんだけど……。
「セルジュさんは何というか……あまり人を引っ張っていくイメージは無いんですが」
「確かにそうっすね。でも、セルジュはめちゃくちゃ努力家なんす。努力でどんどん強くなってきた人なんす。この人が先に進む姿を追いかけたいって思っちまったんすよね……」
なるほど。人望が厚いようだ。
「ちなみに、最初は『波濤』ってパーティ名をセルジュが考えたんっすよ。『俺たちが大波となり、話題をさらっていく』って意味で。案外熱い男でしょ?」
笑いながらワイスさんが言う。意外とセルジュさんの内に秘める想いは強いようだ。
「そ、そしたら、シーラさんが、次の日勝手に『群青の』って言葉を付け足してギルドに提出してたんですよぅ。『セルジュの髪が群青色だから、それっぽいでしょ?』とか言って。セルジュさんは、ちょっと怒ってましたっ」
「あははっ、シーラらしい。ですけど、良いパーティ名ですね」
先頭を歩くセルジュさんに目を向けると、空よりも青い髪が艶やかに輝いて見えた。
***
お昼頃になり、小休止を入れることになった。
道のわきに休憩できそうな広場が設けられている。王都までの道すがら、一定の距離ごとにそういった場所があるので、そこを目指して行程を組むのが一般的だと教えてもらった。
ゴルゴン商会から提供されたお昼ご飯は固めのパンとポトフだ。
広場は雑草などがなく整えられ、馬車三台も十分にとめられる広さなのだが、机や椅子はないため、食事は地面に座って食べるらしい。
「簡単な椅子と机を作ってもいいですか? 地面に座るよりは食べやすくなると思うんですけど」
ゴルゴンさんにそう提案してみると、
「作るとは? まさかクリエイトでですか? 構いませんが……」
いぶかし気にではあるが許可はもらったので、邪魔にならなさそうな場所に向かい、
「『クリエイト』」
と唱える。無詠唱でも使えるが人目があるので一応詠唱をしておいた。
大き目の机を二つと、人数分――群青の波濤五人、商隊四人、僕の計十人――の椅子を作成する。特に装飾はなくのっぺりとしたもので、石製のものだ。十秒もかからない。
すると、ゴルゴンさんがいきなり、
「何と!? ちょっ、ちょっと待ってください。これは想定外ですよ。いやいやいやいや、王都の職人であればこのくらい作れるのかもしれませんが、それにしても速いし綺麗なものだぁ」と言いながら机と椅子を興奮気味に触り始めた。
何と!? はこっちの台詞だ。ゴルゴンさんのキャラが崩壊してしまった。最初の挨拶で怖いイメージを抱いてたが、案外そうでもないのかもしれない。
「えっ? えっ、えっ、えぇ……」
と呟きながら、ミルさんもゴルゴンさんと一緒に机と椅子の周りを回り始めた。何だこれ。
結局十分ほど皆から質問攻めにされたことで判明したが、どうやら、一般的にクリエイトで机などを作る場合はもっと時間がかかるらしい。そもそもここまで綺麗なものを作ることが出来るのは職人くらいだという事も初めて知った。
やっとありつけたパンとポトフは、僕の好きな味で美味しかった。
休憩後、移動を再開。特に問題が発生することなく進み、夕方頃に次の休憩用広場にたどり着いた時点で本日の移動は終了となった。
夜間の警戒については、群青の波濤が受け持つことが最初から決まっていたらしく、僕の出番はない。
完全にお荷物な自分に少し気が引けるので、夜ご飯時は、また机と椅子を作り、今後は水と火の用意も僕の魔法で受け持つことにした。「何属性使えるんですか?」とミルさんに聞かれたが、「秘密です」と答えておいた。
ちなみにシックルは眠る必要がないため、夜間は適当に飛び回って警戒をしたり、その時々で起きている群青の波濤メンバーと会話をして時間を潰すらしい。僕は本当にいらない気がしてきた。シーラに『いらない子同盟』を組まないか提案してみようか……。
***
次の日、午前の行程は順調に進んでいるかに思えた。もうすぐ昼の小休止を挟むことになるだろうなと僕はぼんやり考えていたのだが、突如、上を飛んでいたシックルがセルジュさんの元に急降下する。これまでと少し様子が違う。
その後すぐ、セルジュさんが大声で、
「右の方からレッドウルフの群れが向かってきている! 戦闘準備だ!」
と号令をかける。
レッドウルフはその名の通り赤い毛をした狼のような魔物で、階級は銅級上位。ただし、それは単体で遭遇した場合の話で、群れとなった場合は銀級下位と判断される。
事前の打合せで、よっぽどのことが無い限り僕は戦闘には参加しないこととなっている。そのため、ゴルゴンさんの近くで待機だ。
数分後、約二十匹のレッドウルフが視界に入ってきた。
まずワイスさんが弓矢で一匹ずつ確実に仕留めていく。一矢ごとに狙いを定める時間は少しかかるが、一つも外さないところはさすがだ。
次にミルさんが詠唱を始める。
「吹きすさび 切り裂ける道 魔の右辺 踊り回るは 風魔の
そういえばそんな詠唱だった気がするな。などと考えながら聞いている間に詠唱が終了し、不可視の刃がレッドウルフを襲う。そこまで効果範囲は広くないが、上手く当たったようで、二匹が倒れ、もう一匹も深手を負って動けなくなっている。
残り十匹になったあたりで、いよいよセルジュさん、シーラ、ゴーリーさんが待ち構える近くまでやってきた。
まずはゴーリーさんが一番前に立ちふさがり、
「こっちだぜぇぇ! かかってこい!」
と雄叫びをあげながら、盾に自分の角を打ち当て、ガンッガンッ! と音を鳴らしている。痛くないのだろうか。
一番乗りでたどり着き、飛び込んできたレッドウルフを盾でぶん殴りはじき飛ばした。
その次にたどり着いたレッドウルフは、ゴーリーさんの近くを通り過ぎ、後ろに抜けていく。その一匹は、後ろで待ち構えていたセルジュさんが一刀のもとに切り伏せた。おそらくそういうチームワークで対処するのが彼らのやり方なのだろう。
何匹か同じように対処する中で、ちょうどゴーリーさんとセルジュさんの手がふさがった隙に飛びかかろうとするレッドウルフもいた。しかし、飛び出そうとする寸前でシーラが鋭く投げナイフを投げつけ出鼻をくじく。絶妙のタイミングだ。
そうこうしているうちに、最初二十匹もいた敵はいつの間にかすべて倒されていた。
「皆、怪我はないか?」
セルジュさんが皆に確認する。
「ないっすよ。ゴルゴンさん達も無事っす。一匹も通さなかったっすからね」
「怪我してるのはセルジュだけでしょー。ポーション使う?」
シーラがそう言ったのを聞き、ようやく気付いたが、セルジュさんの左腕から血が流れていた。爪にやられたようだ。ここは僕の出番じゃないだろうか。
「あの、よければ僕がヒールを使いますよ? 何もしてないので、これくらいさせてください。『ヒール』」
言いながら、勝手に治すことにした。『いらない子』脱却作戦だ。
「……っ! すごいな、もう完全に治ってる。ありがとう、アル」
初めてセルジュさんの笑顔を見た。笑うとすごく柔らかい雰囲気になり、男ながら思わずドキドキしてしまった。普段固い表情なだけに、その差にやられる女性が多そうだ。
「ちょえぇ! ひ、光魔法も使えるんですか……しかも詠唱破棄で……私は苦手なのに……」
ミルさんが若干落ち込んで、ぷるぷるしている……。彼女は攻撃魔法特化型で、回復魔法はあまり得意ではないらしい。
「そ、それにしても、皆さんお見事でしたね! パーティで戦うのを初めて見たんですが、勉強になりましたし、かっこよかったです!」
ミルさんから目をそらしながら、勢いで話を変えると、
「へっへーん、すごいでしょ? こう見えて、銀級ですからぁ? 巷では新進気鋭ってことで有名なんだよ!」
と調子に乗ったシーラが若干めんどくさかったが、その後は皆が話に乗ってきてくれたおかげで、事なきを得ることが出来たようだ……。
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