ランドラニュイ
襲ってきた魔物を倒しながら、シックルと世間話をしていたら二十時頃になり、ようやく一輪だけ、ランドラニュイが咲き始めた。
たき火を用意し、持ってきていたパンで腹ごしらえをしたりしながら、さらに時間を潰す。
夜二十四頃になったあたりで、いよいよ満開となった。あたりには甘い匂いが漂っている。白い花弁は月の光を反射し、まるで自ら発光しているかのようにも見える。
さて、見とれている場合ではない。花の下辺りの茎を切り、事前に準備していた小さな箱に花を入れ、鞄にしまった。
「よし、じゃあ降りようか」
「どうやって降りるんだ?」
「この羽織を使って、空を飛ぼうと思ってね」
「空を……飛ぶ? 人間が――アルが飛ぶっていうのか?」
僕がいつも着ている羽織は、色は”今は”黒一色だ。
形としては、すごく雑にいうと、丈の短い浴衣のようなもので、前は基本的に開けている。裾の長さはふくらはぎあたりまである。
見た目は普通の羽織だが、素材が――おそらく僕の知る限り――普通ではない。僕が”柔らかい金属”を想像しながら『クリエイト』で作った糸を編み込んで出来ている。キラキラと銀色に輝く糸が出来てしまい、『またアダマンタイトみたいに変なものを作ってしまったのでは?』と怖くなり、シックルに聞いてみると、今度はどうやらミスリル製になってしまったらしい。
ミスリルの糸とはいっても、金属なので、何もしなければ、かなりゴワゴワとして固く、とても着ていられないのだが、ミスリルは魔力を通しやすい性質をしているため、魔力を通している間は固くしたり柔らかくしたり自由に固さを変更できる。
僕が普段着ている間は、魔力を通し絹のような柔らかさにしている。
着ている間は四六時中魔力を通している必要があるので、普通の魔法使いであればすぐに魔力が尽きてしまい、とても着られないものとなってしまった。
しかし、僕の場合、魔力が尽きる心配は必要ない。
膨大な魔力を持っていた母――コラリーの遺伝なのか、もともと魔力量が人一倍多かった。それだけではなく、どうやらシックルがアルの魂を刈り損ねたタイミングで、何故かシックルの魔力と僕の魔力が繋がってしまったらしく、シックルの魔力も勝手に使うことが出来るようになってしまっているそうだ。
シックルに確認しても「イレギュラーすぎてよくわからん」と言っていた。端から見れば、ただのよく喋るレイヴンだが、腐ってもそこは死神。神である。魔力が尽きることなどありはしないらしい。そのため、実質無尽蔵の魔力を僕も使える状態となっている。
シックルにそんな魔力を使っていいものなのか聞いてみたが「悪いことでなければいいのではないか?」と適当なことを言っていたので、気にせず使うことにしている。
そんなわけで、羽織を着ている間は薄っすらと魔力を供給し続け、絹のような肌ざわりの羽織となっている。
また、そのままでは、あからさまにキラキラと光輝き、人目に付きすぎるので見た目ももう一工夫している。どういう工夫かというと、光魔法の『幻影』を羽織にかけ、見た目を偽るというものだ。
これは本来、変装のために見た目を変化させたり、戦闘中に相手に幻影を見せて惑わせたりする魔法だ。この魔法を羽織だけにかけて、その日の気分で色や柄を替えている。今日は闇夜に乗じるため、黒一色にしている。
さて、前置きが長くなったが、この羽織でどうやって空を飛ぶのかというと、ウィングスーツを再現する。
前世で、命知らずな人がウィングスーツというものを使い空を飛ぶ映像を観たことがあった。死ぬ確率が高すぎるため、前世では絶対にやりたいとは全然思わなかったが、この世界でアルとして体も魔法も鍛え続けた今であれば、十分安全だと考えている。
ウィングスーツというのはどういうものかというと、ムササビのイメージだ。
腕を広げ、腕と胴体の間にある膜で風を受け、滑空する。
ウィングスーツの場合は、両足の間にも膜があり、そこでも風を受ける。
これを羽織で再現するつもりだ。このために羽織は普通よりも袖の下の領域が広めにとってあり、足元の裾も長めになっている。
クリエイトで羽織全体を変形させつつ、まずは袖の下部分と胴体の間に隙間が空かないようにぴたりとくっつけながら固定する。
裾も外側から両足に巻きつけ、無駄にひらひらとしないようにしつつも、股の下にある部分で風を受けられるように適度に固める。
これにより、ムササビのように体全体で風を受け、滑空が可能であることは既に検証済だ。
「こんな感じで変形させ、固めれば……完成だ。これで僕は鳥になる!」
「そうか……、疲れてるんだなアル。明日の朝、キキちゃんにごめんなさいしような? 私も一緒に謝ってやるから」
「おい! 本気だよ僕は。ちゃんと練習して、飛べることは検証済なんだ」
言いながら、フォレルの街の位置を確認する。身体強化を使えば、一キロス先まで見え、夜目も利くため、はっきりとその正門の位置を確認できた。
「ここから飛び降りて、滑空するから、シックルもちゃんと着いてきてね」
「おい、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば、いくよ」
そうして、僕は少し助走をつけ、山頂から飛び降りた。
一瞬自由落下が起こり、その後はすぐ風を受け止め、かなりの勢いで滑空し始める。さすがにこの高さからの滑空は初めてなので少しひやりとしたが、問題なく飛べそうだ。
速度や方向の調整は風魔法の『ウィンド』を使う。全属性の魔法を使えるが、結局一番使っているのは、ウィンドとクリエイトな気がする。
後ろからシックルもついてきている。普通のレイヴンならこの速さで飛べないと思うが気にしないでおこう。
最終的にフォレルの門に近い場所で体を立てながら風魔法でブレーキをかけ、着地した。山頂からここまで約二十分程度。あまりに早すぎてまだ夜中である。何気ない顔で歩いて、正門へ向かい、門番に挨拶をした。冒険者なら時々夜に帰ってくることもあるので、特に不審には思われなかった。
そのまま孤児院に向かい、到着したが、まだ夜明けまで随分時間があるため、孤児院の屋根に登り、シックルと二人、日の出を待つことにした。
「あんな飛び方をするやつ見たことないぞ。昔は風魔法で飛ぶ奴もいたが、もう少し慎重にゆっくり飛んでいた」
少し興奮気味なシックルの声が大きいので『音声遮断』の魔法を使い、僕たちの声が外に漏れないようにした。こんなことで孤児達を起こしたくはない。
「あの飛び方だと、小回りが利かないんだけど、だいたい一直線に進むだけなら速いんだよね。小回りをきかせたい時は他のやり方を考えてる。今度見せるよ」
シックル曰く、現代では魔法を使い飛行する者はほとんどいないが、昔は多少いたらしい。ふわふわとゆっくり浮く程度で、実用的ではないため、よっぽどの物好きしか試そうとしなかったらしいが。こんなに楽しいのに何故皆やらないのだろうと考えたが、おそらく燃費が悪すぎるという点と、失敗したときの危険性に鑑みれば当然な気もする。
***
うだうだと話していたが、夜明けの少し前、ようやくキキちゃんが孤児院の玄関から出てきたため、屋根から飛び降りた。
「うわわっ、アルさん。もう帰ってきてたんですね? で、お花はありましたか!?」
「うん、あったよ。器、用意してる?」
「はい、ここに」
キキちゃんが玄関に置いていた器は、小さな金属製のたらいだった。『ウォーター』と唱え、器を水で満たす。そして、鞄から取り出したランドラニュイの花を器に浮かべた。まだ枯れていないようで、ほっとした。
「わぁ、ほんとうに……綺麗」
キキちゃんが顔を近づけて見とれている。
しばし沈黙していると、シックルが唐突に、
「アル、魔石を持っているだろう? それをここへ入れておけ」
と言った。魔石が何故必要なのか僕にはわからないが、持っていることは持っているので、鞄から取り出す。
「持ってるけど、一つでいいの?」
「ああ」
とりあえず「ぽちゃり」と、一つの魔石を器に沈めた。
すると、その瞬間、器の中の水が薄い青色に発光する。三秒ほど光ったのち、収まった。
「キキ、ランドラニュイが枯れない魔法を私がかけておいた。たまに水を変えてやるくらいで、当分この花は枯れないはずだ」
「本当!? シックルちゃん、ありがとう!」
そんな魔法があるのか。聞いたことないぞ。後で教えてもらおう。
日が完全に昇ったので、キキちゃんと一緒に院長先生の部屋に花を持って行く。早起きの子供達もちょこちょこと数人ついてきている。
「院長先生! ほら、ランドラニュイですよ! アルさんが本当に採ってきてくれたんです!」
朝一番にキキちゃんのテンションはきついだろう、院長先生は事態の把握に時間がかかっているようだが、ふと花に目を止めると数瞬硬直し、やがて目を見張りながら、ゆっくりとこちらに振り向いた。かすれた声で、「本当に? 何故……」と言いながら、涙をこぼしている。
正直、花を見ただけでそこまでの感動が得られる理由が僕にはわからなかったが、採ってきたかいがあったと素直に喜んでおこう。
しかし、そのうちキキちゃんも他の子供達ももらい泣きを始めてしまい、だんだんと僕はこの空気に耐えきれなくなってしまった。
「あのぅ、依頼達成署名をいただけますか……?」
我ながら情けないが、ここは早く退散しよう。
「また今度お見舞いに来ますからっ」
署名を貰ったあとは、何故か悪いことをしたような気分になりながらぺこぺこ頭を下げ、逃げるように孤児院からおさらばした。
シックルには白い目で見られているが無視して、そのまま足早にギルドまで行き、達成署名を提出した。
フィールさんにはどうやって達成したのか聞かれたが「秘密です」とだけ答えた。それを聞いたときのフィールさんの少しむっとした顔が可愛かったので、ようやく平常心に戻ってきた。
宿に向かう道すがら、シックルに”枯れない魔法”のことを聞いてみる。
「ああ、あれは嘘だ。そんな魔法なんてないんだよ。ランドラニュイはそもそも半分魔物のような生態をしているんだ。花と水だけでは一晩で枯れるが、そこに魔石も組み合わせてやることで、疑似的な魔物のような生態になるらしくてな、数十年は枯れない。魔物と言っても害はないから安心しろ。むしろ、常時ヒールと空気清浄効果を発揮し続けるから、おそらく、院長の病気もそのうち治るんじゃないか? 昔は、医療院によく飾られていたんだがな……ランドラニュイ自体の数が減り、いつの間にか効果も忘れ去られて……、今ではその効果を知ったうえで飾っている所はほとんどないはずだ」
「キキちゃん達はもちろんそんな効果があるなんて知らずに依頼を出したんだよね?」
「そうだろうな。けれど、たった魔石一つであの子達が笑顔になるのなら、内緒で手助けをするのもいいかと思ってな」
「そうだね……ってあの魔石僕のなんだけど?」
「さて、今度、見舞いに行くときは何を土産に持っていこうか?」
「あっ、話そらしたな。まぁいいけど」
後日、お見舞いに行くと、院長先生は普通に立ち歩いて孤児院の仕事をしていた。咳も出なくなり、ここ数年で一番体調が良いとのことだ。
子供達へのお土産には、薬草で作った飴をあげた。
不足しがちな栄養をまかなう効果がある薬草と、甘味の強い草を煎じて調合したもので、あまり贅沢のできない子供達には良いかなと考えたのだ。
効果はすぐにわからないものの、味に関しては「あまーい!」と喜んでくれたみたいで良かった。
飴に加えて、シックルの銅像もプレゼントした。
これはシックルからの要望で僕が土魔法のクリエイトで作ったものだ。
自分の銅像をあげて喜んでくれると思い込んでいるシックルが不憫で、「これでもし喜んでもらえなかったら、ものすごく気まずいんじゃないか?」と渡すのを悩みもしたが、実際見せてみると、子供達は大喜びだったので僕は何とも言えない気持ちになった。
シックルの銅像は、孤児院の一番大きな部屋にランドラニュイと一緒に飾って大切にするそうだ。
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