気分転換

 刀を受け取ってから3か月が経過した。

 あれからさらに精力的に依頼をこなした結果、ギルドの階級は銅級上位となった。あと少しで銀級へ上がれるらしい。


 ようやく刀の換装代金も払い終えることが出来たので、少し依頼を受けるペースを落としても良いだろうと考え、何か気分転換になりそうな依頼を受けることにした。


 いつものように冒険者ギルドへ行き、銅級の掲示板を見る。

 実はここ最近、気になっていた依頼がある。一か月ほど前に貼りだされたまま誰も受注せず放置されているものだ。


『採取依頼:ランドラニュイという花を孤児院に届ける』というもので、報酬は銅貨三枚。


 ただの花を届けるだけで銅貨三枚なら受注されていてもいいようなものだが、このランドラニュイというのが難しい。


 この花は、夜中に白い花を咲かせ、翌朝の日が昇る頃には枯れてしまうという、たった一晩の命しかない花だ。

 しかも、三〇〇〇メートルス以上の高い山の上にのみ生える。要するに、わざわざ高い山に登り、夜に花が咲いたら即座に摘み取り、翌朝までに孤児院に届ける必要があるという、かなり無茶な依頼となっている。さすがに、この依頼を銅貨3枚で受ける冒険者はいないようであった。


 フォレルの街の近くにも、三〇〇〇メートルスを超える高い山がある。

 通称『トゲ山』と呼ばれており、読んで字のごとく、峻険な岩山だ。

 この山には魔物はほとんどおらず、いたとしても銅級冒険者であれば、問題なく対処できる程度のものだ。少数ではあるが、トゲ山の山頂にもランドラニュイが咲いていることは確認されているため、どうにかしてトゲ山から一晩で孤児院まで花を届けることが出来れば、依頼を達成することが出来るだろう。


 実はこの問題の解決方法は僕の中で用意してある。あとは気が乗るかどうかだけが問題だったが、借金を返し終えて気分が良いため、挑戦することにした。それに、一度トゲ山には登ってみたかったのだ。


 受付に依頼書を持っていく。


「フィールさん、今日はこれを受けようと思います」

「アルさん、こんにちは。確認しますね……これは……本当に受けるんですか? 正直失敗する可能性が高いので、孤児院の方達には申し訳ないですが、依頼の取り下げをお願いに行こうかと考えていたのですが」

「受けます。達成させる目途はついているので、お願いします」

「承知しました。では受領します。依頼を受ける前に一度孤児院へ向かって、そこで詳細を聞いてください。ランドラニュイは直接孤児院に届けて、依頼の達成署名は孤児院の院長からもらうようにお願いします」

「わかりました」


 孤児院の場所を教えてもらい、ギルドを出てそのまま孤児院へ向かった。



***



 街はずれに孤児院はあった。

 昔から改修に改修を重ねているのだろう、少しガタが来ているような外観だ。基本的に領主が必要最低限の維持費を出しており、その他、孤児院出身の冒険者からの寄付等で運営されているらしい。

孤児院からは子供達のにぎやかな声が聞こえる。楽しそうだ。良い場所なのだろう。

明け広げられた門から敷地内に入ると、一人の年長らしき女の子がこちらに気付き、近づいてくる。女の子の後ろでは小さな子供たちが「鳥さんだぁ!」「黒いよぉ!?」と騒いでいる。


 どこへ行ってもシックルは人気だ。もしかして皆、僕の顔や名前を覚えていなかったりしないだろうか。『レイブンの止まり木』か何かだと思われているのではないだろうか。


「こんにちは……、何か御用ですか?」

「こんにちは。僕は銅級上位冒険者、アルと言います。この依頼を受けることになったので、挨拶に来ました」

「えぇ! ランドラニュイの依頼ですか!? て、私より子供……あ、失礼しました! では、院長のところへ案内しますので、着いてきてください」


 女の子――キキちゃんの案内で、孤児院の中に入り、二階にある一室の扉前にたどり着く。

 部屋につくまでにキキちゃんが教えてくれたのだが、院長先生はここ一年ほど、しばしば息が苦しくなる症状があり、体調が悪いらしい。医療院で貰った薬を飲めばましになるのだが、完治はしないため、薬を飲み続ける必要がある。しかし、孤児院を運営するお金を確保するために薬を買う回数を減らしているらしく、ここ最近は体力も落ち始め、よくベッドに一日中いるらしい。


「院長先生、ランドラニュイの依頼で冒険者さんが来てくれました」

「えぇ!? ゴホッゴホッ……入ってもらってください」

「失礼します」と言いながら、キキちゃんが部屋に入り、僕もそれに続く。


 部屋には窓際に小さな机と椅子があり、窓の反対側にはベッドが一つある。ベッドの上には、色素の薄い亜麻色の髪をした線の細い女性が腰かけている。


「ようこそおいでくださいました、ミーネと申します。キキ、冒険者様と二人で話したいので、下がってください」

「わかりました……」


 キキちゃんは、ほんの少し僕の目を見つめた後、部屋から出ていった。


「はじめまして。冒険者のアルと言います」

「はじめまして。あの……依頼を本当に受けるつもりですか? 子供達がどうしてもというので依頼を出してしまいましたが、本当は無茶だということも理解していました。取りやめにしてもいいんですよ」


 喋りながらも合間合間で咳をして苦しそうだ。


「まぁ、達成できる自信はあるので、とりあえず明日の朝まで待っていてください」

「……わかりました。私はこの通り体調が悪いので、何か御用があれば、キキにお申し付けください」


 部屋を出て、一階に降りると、キキちゃんが待ち構えていた。


「ずっと前に、院長先生がランドラニュイの話をしてくれたんです。『一晩しか咲かない白くて綺麗な花があるそうよ。死ぬまでに一度見てみたいわ』って。ここ最近は、ずっと病気がちで辛そうだから元気になってほしくて……。お願いです。お金が足りないなら私も働いて返しますから、お花を詰んできてください!」

「大丈夫だよ。明日の朝にはちゃんと持ってくるから。そうだ、器を用意しておいてくれるかな? 朝早くて大変だけど、日が昇る前に起きて待っててね」


 何度もお願いをしてくるキキちゃんをなだめすかしながら、孤児院を後にし、トゲ山を目指すことにした。


 フォレルの街を出て、自分に身体強化をかけ、そのまま街道をひた走る。トゲ山の麓にたどり着いたら、今度は一気に駆け上がっていく。

 休憩することなく進み、夕方、日が沈みかける頃になってようやく山頂にたどり着いた。山頂に広がる小さな広場の真ん中に、確かにランドラニュイが群生していた。どれもつぼみの状態で、咲いているものはない。


 しかし、結構大変な依頼だ。

 孤児院から山頂まで八時間ほどかかってしまった。

 ギルドの資料室でランドラニュイについて確認した情報によると、日が沈んでから二時間後に開花し始め、二十四時ごろに満開となるらしいのだが、日の出の時間がだいたい朝七時頃なので、日が昇るまでに孤児院に戻るには、夜二十二時か二十三時にはここを降り始めなければならない。どう考えても間に合わない。これは確かに無茶な依頼だろう。

 僕のように何かしら特別な移動手段を持っていないと、達成はできないだろう。


 とりあえず、しばし待つ必要がある。

 改めて山頂から辺りの景色を見渡した。

 日が沈み、黄昏時。青と橙が溶けあう空が広がる。

 この時間が一番好きかもしれない。遠くに見えるフォレルの街は、いびつな円状に壁で囲まれている。あれだけ大きな街が小さくみえる。街灯や家々から漏れる光で街中はちらちらと瞬いていた。

 この世界の街灯は電気式ではなく、光魔法の魔道具が使われている。どことなく優しいような光だ。フォレルの街からさらに北に目をやると、黒の森が広がる。どこまでも続く森で切れ目が見えないが、その向こうにはダッカス――魔人族が住んでいる国があるそうだ。いつか行ってみたい。

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