換装完了
毎日早起きし、比較的割りの良い依頼を選んでこなしている。
ギルドや他の冒険者から生意気だと思われていないか少し気になるが、背に腹は代えられない。何のためかというと、もちろん武器屋への借金だ。武器屋といえば、刀を預けてちょうど一週間たったので、刀を受け取りに行くことにした。
『一本足工房』に着くと、グルモルさんが一人で暇そうに店番をしていた。相変わらず繫盛はしていなさそうである。看板娘などを雇っては? と考えたがそれで客が増えるような業種とも思えなかった。
「こんにちは、親方。預けていた剣を受け取りにきました」
「おう、できとるぞい。ほれ」
新しい鞘に収まった
美しい。
一目見てそう思った。
夜風の鞘は濃紺色の木材。柄には鞘と同じ色の紐が巻かれている。小夜風の鞘と柄も夜風と同じ濃紺色の木材となっており、鍔のない短刀なので、鞘に収まっている状態だと鞘と柄の切れ目が見えない。丁寧な仕事だ。
「説明するぞい。その前に、その剣に名はあるのか?」
「あぁ、先に伝えておけばよかったですね。こちらの長剣……武器の種類としては刀と呼んでいるのですが、この長いほうの刀は夜風、短刀のほうは小夜風といいます」
「ほう、良い名じゃ。鞘の色とも相性が良さそうな名でよかったわい。でだ、鞘と柄にはスカイツリーという木材を使用しとる。夜風の柄に巻いとるのはリュウグウヘビという銀級魔物の髭を使っとる。どちらの素材も頑丈じゃ。アダマンタイト製の刀身にも耐えられるじゃろう」
「スカイツリーってすごく背の高い木ですか?」
「いや、高さはそんなでもないぞ。伐採する前の木の色が水色――空の色なんじゃ。伐採した後、時間が経つにつれ色が濃くなる性質があってな、最終的に濃紺になる。色の変化とともに固くなっていき、濃紺になった時の固さは鉄にもまさるんじゃ。よく防具にも使われとる」
めちゃくちゃ早口で説明された。完全にオタクのそれだ。武器や素材が好きなのだろう。
「リュウグウヘビというのは……」
「黒の森にいる大きい蛇じゃな。頭だけ竜に似とる。長い髭が生えとるんじゃが、その髭がすごく頑丈でな、これも防具の一部によく使われる。体は全体的に紺色で、髭は濃紺でな、スカイツリーとの相性も良いと思って使った」
「ありがとうございます。本当によく合っていると思います。美しいです」
「へっ、そうかい。ちなみに、刀身と鞘には光魔法の『清浄』を付与しておるから、血糊が着いたまま納刀しても問題ない」
グルモルさんははにかみながら追加の説明をしてくれる。ドワーフの笑顔は意外に可愛い。『清浄』は自分でも使えるがありがたい。
「ちょっとこっちで試し切りしてみんか? どういう使い方をするのか見てみたい」
店の奥へと入っていき、そのまま裏に抜けると、小さな庭があった。そこには試し切りできそうな木が何本か立ててあった。
グルモルさんに許可をもらい、その中の一本、大人の胴体ほどの木で試すことにした。
「では、いきます」
居合斬りをしてみようと思う。この鞘が出来るまでは鞘が壊れるのが怖くて、手加減をしていた。これを機に一度、本気の居合斬りをしてみる。
何も持たない無手の状態で、だらりと手をさげたまま、しばし木を見つめる。
シックルとグルモルさんがいぶかしげに顔を見合わせ、首をかしげている。仲が良さそうだ。
無駄な力が入らないように意識しつつも、瞬間的に『身体強化』を最大近くまで発動させ、可能な限りの速さで抜刀! 抜刀と同時に木を真一文字に切断。振り抜いた後、流れを止めず、抜刀と同じ速度で納刀。
……再び、抜刀前と同じように無手で手をさげた状態へ戻り、身体強化を解除した。
水平に切断したため、木は、ずれ落ちることなくそのままの状態で静止している。念のため鞘を確認してみたが、壊れたり損傷したりした様子はなく、問題ないようだ。
「なるほど。良い鞘ですね」
そう言ってグルモルさんを見ると、まだいぶかしげにこちらを見ていた。
「はよう試し切りをせんのか?」
「え? もう切りましたけど?」
「は? なんもやっとらんじゃろうが。なんか『シュチン』という金属音が聞こえた気がしたが……」
「その『シュチン』の時に切ってましたね、ほら」
そう言って、試し切り用の木の上半分を手で押してずらし、切れていることを見せる。
「は? 切れとる……。シックル、お前さんは見えたんかい?」
「見えたぞ。まぁ常人には見えんだろうな。親方は『見てみたい』と言ったのに見えないほどの速さで切るとは、アルは意地悪だな」
親方に謝り、再度、ゆっくりと居合斬りの動きを見せて、解説した。初めて見る動きのようで、そもそも刀を使う人も見たことないそうだ。
「まぁ、当分大丈夫じゃろうが、最終的にはもっと良い素材に替えたほうがいいかもしれんな。王都にでも行かんと対応できる武器屋がないじゃろうが」
よっぽど酷い使い方をしない限り大丈夫だろう。いつか王都へ行ったら、また換装するか考えよう。
改めて、モルグルさんにお礼を言い、お金は頑張って返すことを約束し、店を後にした。
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