初依頼
「気が変わったらギルドを通して連絡してくれ。待ってる」
「僕のほうも、いつでも連絡してくれていいからね!」
ロージーさんとサンチェスさんからそのように言われ、一旦話が終わった。
修練上を出て、ギルド受付へ向かうと、フィールさんが待ち構えており、その場で新しく銅級下位のギルドカードを受け取った。
「ありがとうございます。ついでに家から持ってきた魔石があるんですが、買い取ってもらうことは出来ますか?」
「はい、可能です。依頼対象ではないので、三割引きの値段で買い取りとなりますがよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
受付とは別の素材受け渡し専用窓口に移動し、家から持ってきた魔石を出す。ラック村周辺の森で倒した魔物から採取したものだ。
持てるぎりぎりまで持ってきていたおかげで、銀貨三十枚になった。当面の生活費にはなりそうだ。
ついでにシックルを従魔として登録し、従魔の証として赤い足輪を付けて貰った。革製で重さは感じないため、付けられたシックルとしても問題なさそうだ。これを見て害のない従魔だと判断するらしい。
最後に、この街でおすすめの安宿を聞いた。『ダイフの止まり木』という名前で、駆け出し冒険者がよく利用するらしい。
ちなみに『ダイフ』というのは、白い小鳥で、大福のように丸い姿をしている。日本でいう雀のようなもので、そこら中にいる。可愛いので近づきたいが、シックルがいるせいか、すぐ逃げられるため、少し悲しい。
この世界では、魔石を体内に持つ生き物を魔物と呼ぶが、ダイフは魔石を持たないただの動物という扱いである。
***
ギルドから出て、十分ほど歩くと『ダイフの止まり木』にたどり着く。
受付で、愛想の良いおばあさんに宿のシステムを尋ねると、夕飯だけついて、一泊五鉄貨。風呂は無く、たらいとタオルだけ渡すので、それで体を拭いてくれと言われた。この世界では風呂は贅沢品で、貴族の家か、高めの宿にしかついていないので、当然だろう。一週間分の料金を支払い、自分の部屋に入る。
「はぁ、ようやく一人になれた。なんだろう……すごい解放感だ。これからは適当に一人で生きていっていいんだと思うと、感慨深いものがあるね」
「おーい、私がいるんだが」
「シックルはいいんだよ。なんと言うか、もう一人の僕みたいなもんだから」
「ふふ、それは悪くないな。それにしても、先程の勧誘といい、アルは他人と深く関わるのを避けているように見える。人間が嫌いなのか?」
「いや、嫌いとまでは言わないよ。ただ苦手ではある。前世で三十年生きて培った性分だからね、変わらないよ」
「これからは『アル』として色々な人と関わるだろう。その中で何かが変わると私は思うがな」
……さて、どうだろうか。改めて意識すると、僕自身、どことなく変わることを期待しているような気もしたが、結論は出なかった。
***
次の日、朝早く目が覚める。身だしなみを整え、ギルドへと向かった。
ギルドに入ると、既に冒険者でごった返していた。良い依頼を選べるように皆早起きをするのだろうか。荒っぽいイメージと異なり意外と真面目なようだ。
「お、昨日のレイヴンのあんちゃんか。ちゃんと朝早くてえらいぞ」
二十歳くらいのひょろっとした男の人が話かけてきた。
「はじめまして、アルベールと言います、こっちは従魔のシックルです」
「シックルだ。アルは昨日登録したてなんだ、仲良くしてやってくれ」
「おおう!? レイヴンは喋ると聞いたが、こんなに自然にしゃべるのか。よろしくな!」
その後、なんだなんだと集まってきた冒険者に取り囲まれて、色んな人と挨拶することになった。一度に名前は覚えられなかったが、とりあえず顔は覚えたはずだ。
挨拶ラッシュが落ち着いて、改めて掲示板を見ると、鉄級から金級まで様々な依頼が貼りだされている。だいたい鉄級二割、銅級五割、銀級三割といったところで、金級の依頼は二枚だけだ。
銅級依頼の中にも雑用系、採取系、討伐系と色々なものがあるが、今日は初めてということで、簡単そうな薬草採取依頼を選ぶことにする。対象はヨギ草という薬草で、下級ポーション――軽度の傷を治す薬――を作るために必要となる。村にいた時にクシャ婆さんの手伝いでよく調合していたので、見た目は把握している。
受付でフィールさんに依頼書を渡して受注してもらう。
「途中で遭遇した魔物を討伐した場合、素材や魔石を持ってきていただけると買い取ります。昨日も説明したように三割引きとなりますが」と補足説明を受ける。
***
フォレルの街を囲む壁から出て十五分程度歩き『黒の森』に到着した。
黒の森は奥に行くほど魔物が強くなる。入口付近に生息するのは鉄級か銅級の魔物であるため、銅級のパーティを組んでいれば余裕で、本来、一人だと少し危ないとフィールさんには言われた。ただ、昨日の実技試験の結果から「アルベールさんなら大丈夫でしょう」とも言われた。
森に入り、植生等を観察したところ、少なくとも浅い領域はラック村周辺の森とあまり変わらない雰囲気だ。木々が生い茂っているが、昼間は十分に明るい。整地されているわけではないので、歩きにくいが、森の歩き方は村でリウダに教わっているので、戦闘となっても問題ないと思う。
一時間後、探していたヨギ草を見つけたので、丁寧に根っこから採取する。『クリエイト』で空中に球体の水を生成し、その中にヨギ草を入れ、緩やかな水流を発生させることにより汚れを落としておいた。
依頼された量の採取が完了したので、倒木に腰かけて休んでいると、視界の端、五十メートルスほど先で何かが動くのを察知した。『身体強化』で視力を強化し、注視する。
そこには角の生えた兎――ホーンラビットがいた。
ただの兎であれば鞄に入れてある狩猟用の弓矢で仕留められるが、魔物には効かない。たとえ矢が当たったとしても動物より固い毛皮に阻まれる可能性が高い。ここは銃を使うことにする。周りに人はいないし、討伐証明素材である角と魔石だけを見ても、どのような倒し方をしたのかまではわからないはず。
「『
詠唱した瞬間、左足に着けていた脛当がライフル形態へと変化し始める。タイミングよく左足を軽く蹴り上げ、空中に放り出された夜烏をキャッチ。ここまで一秒ほど。銃の末尾、ストック部分を右肩につけ、右頬も押し当て、ホーンラビットに狙いをさだめる。
「『
こちらもオリジナルの魔法を詠唱することにより、銃身内部に弾丸が生成され、空洞となっているストック内部でウィンドが炸裂し、「ピシュッ!」という静かな音ともに弾丸が発射される。そして……
「キュィィ!」
お腹に弾が当たり、ホーンラビットの下半身がちぎれ飛んだ。断末魔をあげた後、痙攣していたが、数秒後には動かなくなった。
「ふぅ……。いまだに生き物を殺すのには慣れないな」
「死神としては反応しづらいぼやきだな」
ホーンラビットの元まで行き、死体から素材である角と魔石を採取する。魔物の解体をする時には、いつも『
採取しながら改めて実感したが、弱い魔物に対して銃は明らかにオーバーキルだ。死体がぐちゃぐちゃになってしまう。今回もそれを見越して腹部を狙ったが、仮にヘッドショットを決めていたら角もズタズタに傷つけてしまっていたであろう。いずれお金が溜まったら魔物用の弓矢を買おう。
予期せず魔物も討伐したが、とりあえず依頼は完了したので、今度こそ帰ることにした。
***
ギルドに戻り、素材受け渡し専用窓口で、依頼書、ヨギ草、ホーンラビットの角と魔石を渡す。
「依頼には無かったのですが、ホーンラビットに遭遇したので、角と魔石を採ってきました。買い取りをお願いします」
「はいよ。あいつは逃げ足が速いのに、よく倒したな。弓か? 魔法か?」
「魔法ですね」
使ったのは銃だが、弾と発射の動力は魔法なので嘘はついていないはずだ。
「なかなか当たらないはずだが、やるな。状態も良いし、買い取る。ヨギ草も間違いなく受け取った。依頼完了だ。報酬は依頼専用窓口で受け取ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
依頼完了証明を貰い、依頼専用窓口へ向かう。
「すみません、依頼完了証明を持ってきました」
「お疲れ様です、アルベールさん。はい、確かに受けとりました。初依頼成功おめでとうございます! こちらが報酬です」
「ありがとうございます。こちらも確かに受けとりました。では、また」
銅貨十枚を受け取り、ギルドを出る。
まだ昼過ぎ。今日はもう依頼を受ける気はない。時間があるので、街を散策することにした。
フォレルの街は南門と北門をまっすぐ結ぶように、街の真ん中に大通りがある。大通りで街を縦に分割して、東側が主に庶民が住む区画となっており、冒険者ギルドはその中の東寄りにある。大通りの近くには中央広場があり、出店や椅子等も用意されているため、庶民の憩いの場となっている。大通りを挟んで逆の西側にも庶民は住んでいるが、西に行くにつれて、どんどんと高級住宅街へと雰囲気がかわっていき、奥のほうには、やり手の商人や貴族等、高所得の者が住んでいる。領主館もこちらにある。
腹ごしらえをするために、中央広場までやってきた。出店で兎肉の串焼きを購入し、広場の隅でシックルと一緒に食べていると、ふいに声をかけられた。
「アル君、隣いいかな? 今朝、挨拶したの覚えてる?」
人懐っこい笑顔を浮かべた犬人族の女性冒険者だ。こげ茶色の犬耳がぴくぴく動いている。確かにギルドで挨拶をした記憶があるが、たくさんの人がいたので名前を覚えるのは諦めていた。
「はい、顔は覚えています。名前は……すみません」
「シーラだよ! よろしく。シックルもよろしくね」
「よろしくお願いします」
「ふむ、よろしくな。ちなみに私はちゃんとシーラの名前も覚えていたぞ」
シックルは僕よりも社交的かもしれない。今朝も先輩冒険者と僕の間をうまく取りなしてくれていたように思う。
シーラは『群青の
何か用事でもあるのだろうかと僕は勝手に気を張っていたのだが、彼女といえば「そのローブ可愛いね」だの「シックルがパーティにいたら斥候が楽になるのにな。ちょうだい」だのと、中身のあるようなないような話をつらつらとするばかりで、どうやら本当に世間話をしにきたようだ。そのうち僕も気が抜けて、適当に会話を楽しむことにした。その間、ふらふらと揺れる尻尾に目を奪われないよう注意しないといけなかった。
「腰に差してるのって剣だよね? 細いし見たことないけど」
「そうですね、剣です。……そういえば、この剣の鞘とかを新しく作り直したいんですが、おすすめの武器屋を教えてもらえませんか?」
「私がよく行く武器屋は良い腕してるよ。今から連れてってあげよっか?」
「助かりますが、いいんですか? 場所とお店の名前を教えてくれるだけで大丈夫なんですが」
「いいっていいって。その代わり、貸し一つね! 今度私が困ったときに返してもらおうかな」
いつの間にか、貸しを作ることになってしまった。可愛い顔をして案外したたかなのかもしれない。
「銀級冒険者を助けられる場面が思いつきませんが、わかりました。案内よろしくお願いします」
彼女に連れられ中央広場から出て、南門のほうに向かって進んでいく。案内してくれる武器屋は黒の森からも冒険者ギルドからも遠い場所にあるため、冒険者からは人気がないそうだが、腕は良いらしい。
「ここだよ」
たどり着いた店の外観は、年季を感じるが清潔に掃除されているようで小綺麗な印象だ。看板には『一本足工房』とある。
「こんにちは! 親方来たよー」
堂々と入っていくシーラに続き、僕も店に入り中を見渡す。武器売り場は小さいが、店の奥の工房部分はそれなりに大きいようだった。
「なんじゃあ、シーラかい。そこの坊主の付き添いか?」
「よくわかったね。その通り、今日はこっちのアル君がお客さんだよ」
店の奥からコツコツと音を響かせ歩いてきたのはドワーフだった。
背は僕とほとんど変わらない一五〇センチス程度だが、むき出しになっている腕はすさまじい筋肉がついていた。左足は膝から下が義足となっており、歩くときに聞こえたコツコツという音はそのせいだった。なるほど確かに『一本足工房』だ。
「はじめまして、銅級冒険者のアルベールといいます。よろしくお願いします」
「おうよ、わしゃグルモルじゃ。呼ぶときは親方でえぇわ。で、何の用じゃい?」
「この二本の剣の部品を交換したいんです。金属部分はそのままでいいのですが、それ以外の部分をちゃんとした素材のものに変えたくて」
言いながら、腰に差していた
「んん? ふぅむ……」
瞬時に職人モードになった親方は、鞘から刀を抜き、刀身、柄、鞘その他全体を舐めるように観察し始めた。
たっぷり三分程度は無言である。僕はどうしていいのかわからず、思わずシーラに目くばせをするが、彼女は苦笑いしながら首を横に振る。おそらくいつもこんな感じなのだろう。
さらに三分程経ち、シックルが焦れて僕の頭をつつき始めた頃、ようやく親方は顔をあげ、こちらを向いた。
「お前さんよう、これどこで手に入れた?」
「父に貰いました」
「そん時に説明は受けたか? この刀身がアダマンタイトで出来てるって知っとるんかい?」
「アダマンタイト!?」
思わず声をあげたのはシーラだが、この場で一番驚いているのは間違いなく僕だろう。
自分で作ったものだが、アダマンタイトなんて見たことないから知らない。銃を作るために試行錯誤している中で、『とにかく固く』というイメージでクリエイトを連発しているうちにこうなった。試すうちにどんどん黒ずんでいったことは覚えている。これ以上固くならないなと諦めた時点で、気付けば真っ黒になっていた。今の僕に作れる一番固い金属だったので、刀を作るときもこの黒い金属をクリエイトで生成したのだが、まさかアダマンタイトだったとは……気付いていればこんなうかつに人に見せたりしなかったのに。とにかく知らぬ存ぜぬで通してすっとぼけよう。
「何も聞いてないですね……父は適当な人ですが、一応昔は金級冒険者だったみたいなので、その時に買ったんでしょう」
「なんじゃそいつは、適当すぎるじゃろうに……予算はどれくらいあるんじゃい?」
「今の手持ちは銀貨二十枚です」
「それだとあまり良い素材は使えんぞい。この刀身に釣り合わん。かと言って、こんな面白いもんを他の店に持っていかれるのも癪じゃしのう……ここはツケで五十まで出さんか? 足りとらん三十枚分は一年以内に返してくれればいいわい」
いきなり借金を作るのはどうかと思ったが、銅級冒険者になったことで、銀貨三十枚程度なら返せるだろうと考えた。
「是非、それでお願いします。お金はなんとしても返します」
その後、各部品についての要求を伝え、店を出た。シーラにはお礼を言って、その場で別れた。良い店を紹介してもらい本当に感謝しているが、アダマンタイト製の武器を持っていることについて口止めする代わりに、彼女への貸しが二つとなってしまい、どんどん借金が増えていくことに少し気が重くなった。
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