実技試験と勧誘
実技試験はギルド併設の修練場で行われるため、裏口から繋がる廊下を渡り、先程見えたコロシアムのような建物に向かう。
円形の修練場の中は高い壁で四つに区切られている。それぞれ『鉄級と銅級専用』『銀級専用』『金級と黒金級専用』『ギルド専用』区画になっているとのこと。それぞれ別々に四つの入口が用意されており、今回はギルド専用区画の入口へ入っていく。
そこには、三人の人がいた。
まず目についたのは、一番背の高い人物。
おそらく一九〇センチスくらいはあるだろう女性。
肩より下まで赤い髪が無造作に伸びている。髪と同じで、太陽がそのまま収まっているかのように赤い瞳がこちらを射抜いていた。ホットパンツのようなズボンに、上はタンクトップのようなものを着ている。冒険者のわりに筋肉がついているようには見えないし、顔も整っておりモデルのようだ。
しかし、手に持っている物が明らかに尋常ではない。背の高い本人よりさらに長い約二メートルス程の真っ赤なメイスを持っている。先のほうはゴツゴツと膨らんでおり、かなりの重量になると思われる。身体強化を使えば振り回すことが可能なのだろうか。
もう一人は、スキンヘッドのいかにも冒険者だと言わんばかりの筋骨隆々のおじさんだ。なにやら依頼書のような紙を持って顔をしかめている。
最後の一人は、ふわっとした茶髪といい、少し細い目といい、どことなく軽薄そうな男性だ。二十歳くらいだろうか。ニヤニヤとした笑顔を浮かべ、僕のことを見つめている。
フィールさんが困ったように声をかける。
「マスター、ロージーさん、どうしてお二人がここに? 今から実技試験をするためにこの場所を確保していたはずですが。サンチェスさんはもう少しお待ちいただけますか?」
「ほいほい、了解です」
軽薄そうな彼が答えた。サンチェスというらしい。
「どうしたもこうしたもねえよ。サンチェスもロージーも面倒な話持ってきやがったんだが、二人とも同じような内容だから一緒に話してただけだ」
スキンヘッドの人が答える。おそらくこのギルドのマスターなのだろう。
「私の話はもう終わったわ。ギルマス頼んだからね。ところで君、魔法使える?」
ロージーさんがいきなりわけのわからないことを聞いてきた。
「はい、少し使えますが」
「ふーん、じゃ、私も実技試験見学してくわ」
「はぁ、こうなったら聞きゃしねぇ。フィール、すまんが、このまま実技試験進めてくれるか?」
「承知しました。では、アルベールさん、今からこちらのサンチェスさんと戦っていただきます。サンチェスさんは銀級下位の冒険者ですので、当然手加減をしてくれます。アルベールさんの実力を図るための場なので、怪我などは心配しなくて大丈夫です」
「戦うのは、模擬の剣とかを使うのですか?」
「いいえ、今アルベールさんが持つ全力で戦ってください。剣もお持ちのようですし、それを使って結構です。魔法を使ってもかまいません」
さて、どうしたものか。魔法はともかく、刀を人前で使いたくない。出所を聞かれると面倒だ。脛当をつけているから銃も使えるが、こちらも使うつもりはない。普通に模擬剣を借りて、適当な魔法で戦って終わらせよう。最初から高評価を得る必要もない。
「この剣は格好つけて持ち歩いているものの、まだ余り使い慣れていないんですよね。模擬剣をお借りできますか? 魔法は使おうと思います」
「はい、では模擬剣はあちらからお選びください」
フィールさんが指を差したほうには色々な武器が立て掛けてある。よく家で使っていたロングソードに似た模擬剣を選んだ。
修練上の真ん中あたり、サンチェスさんが立っている場所まで歩き、向き合って立つ。シックルは飛び立って、フィールさんの足元に着地し、こちらを観察することにしたようだ。審判気取りだろうか。
「準備できました」と言うと、サンチェスさんが
「魔法を使うのに杖は持たないのかい?」
と尋ねる。魔法に杖が必要なんてコラリーから聞いてないぞ……。
「すみません、杖は使ったことないのでわからないですが、いりません」
「ふっふっふっ、そうかい。まあいいや、じゃあ始めようか。最初のほうは僕からは攻めない。好きに攻めて良いよ」
「よろしくお願いします。では、いきます」
まずは様子見、身体強化を五割程度発動。
剣は中段に構えつつ、相手を観察する。
サンチェスさんは半身になりショートソードを構えている。隙が見当たらない。
「『ウィンド』」
とりあえず目でもつぶってくれないだろうかと思い、ウィンドを当ててみる。そのまま低めの姿勢で直進し、突きを放つ。彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、片手で持った剣で難なくいなし、体制を入れ替える。
その後、何度か斬りかかったが、力もスピードも足りていないため、意味がないことを悟る。
様子見は終え、身体強化を八割程度まで強める。
「『ストーンスピア』」
任意の場所から石の槍を生成する中級土魔法だ。サンチェスさんの足元から一本、それから少し遅れて、無詠唱でもう一本を背中側から生成した。
足元の槍は切り飛ばされたものの、背中側から迫る槍には余裕を持って対処することが出来なかったようで、横っ飛びに倒れこむようにして避けた。
「『クリエイト』」
水属性の魔力を込めてクリエイトを発動。地面から起き上がろうとする直前のサンチェスさんの顔周辺にだけ水を生成する。この程度の範囲であれば一瞬で生成できる。隙を作ることが目的なので、すぐに水の形が崩れ霧散しても問題ない。目を潰された彼が状況を把握する前に、距離を詰め、首筋に剣を振り下ろす!
「そこまで!」
とフィールさんの鋭い声が響く。
もちろん、当てるつもりはないので、僕は剣を寸止めしている。
……あれ? これ勝ってしまってよかったのか? 先輩冒険者をいきなり負かすとか、かなり心証が悪いのでは?
「ちょっとフィールさん!? この子強いんですけど! 負けちゃったんですけど!?」
「模擬戦とは言え、銀級下位に勝てるのであれば、銅級の依頼は余裕でこなせそうですね」
「フィールさん、なんでそんな淡々としてんの!?」
サンチェスさんは、やいのやいのと騒いでいるが、とりあえず怒ってはいなさそうで安心した。
「おいおい、とんでもねぇガキが入ってきたもんだ。無詠唱で魔法を使い、剣もかなりやれるな。坊主、その剣と魔法はどこで身に着けた?」
ギルマスが少し真剣な顔で尋ねる。
「剣は父に、魔法は母に習いました」
「そんな親がいてたまるかよ……。冒険者か? 名前は何てんだ?」
「昔冒険者をやっていたそうです。バジルとコラリーと言います」
「バジルにコラリーだと!? あの『鮮血』バジルと『聖母』コラリーの息子かよ!」
なんだその二つ名は。後で詳しく聞こう。
「その二つ名はよくわかりませんが、父は僕によく似た黒髪黒目ですね」
「本当にバジルさんの息子か……。あの人は元気か?」
「えぇ、元気すぎて勘弁してほしいですね。父とはお知り合いですか?」
「いや、俺が勝手に憧れてただけだ。バジルさん達のパーティ『|刃断≪はだん≫の|血盟≪けつめい≫』には、いつか入りてぇと思ってたのに、急に引退してパーティ解散したと思ったら子供作ってやがった……ってこんな話はまた今度だな。とりあえず試験は終わったんだろ、フィール」
いつの間にか近くまで来ていたフィールさんが頷き、答える。
「はい、終わりました。文句なしで飛び級登録ですね。アルベールさん、本来であれば鉄級からスタートとなるのですが、試験の結果によっては銅級からスタートできる飛び級制度があります。アルベールさんの実力ですと飛び級対象となりますので、銅級からスタートしていただきます。先程発行したばかりですが、カードを更新しますので、お借りできますか?」
「はい、わかりました。お願いします」
ギルドカードを渡す。
「では、私は更新手続きに行きますので、後ほど、受付まで取りに来るようにお願いします。では、失礼します」
フィールさんは修練上から出て行ってしまった。その背を見送っていると、ふと日がかげって暗くなる。何事かと後ろを振り向くとロージーさんが近くに来ていた。身長差ゆえに、そのままだと胸を見つめてしまうので急いで彼女の顔を見上げる。さきほどの射抜くような目つきは何処へやら、良い笑顔だ。
「君、名前はなんだっけ? うちのパーティに入らないか? 私は黒金級パーティ『
「あぁ! ロージーさんずるいんだ! アルベール君、貴族の護衛に興味ないかい? 冒険者だけやるより稼げるよ?」
サンチェスさんまで便乗して、いきなり何の話だ?
「僕はアルベールと言います。アルとでも呼んでください。それで、お二人とも勧誘の話ですか? いきなりでよくわからないのですが」
話を詳しくうかがうと、ロージーさんのほうは、パーティから魔法使いが抜けるので、新しいメンバーを探しているそうで、僕の詠唱破棄や無詠唱での魔法行使を見て、是非引き入れたいと思ったとのことだ。しかし、黒金級のパーティに銅級になったばかりの僕では釣り合わないだろう。
また、サンチェスさんは、この街に住んでいるフォレノワール領主家の護衛任務を週三日で務めているらしい。そして、今現在、領主の娘――リース・フォレノワール様専属の護衛を探しているそうだ。
なるべくリース様と同じくらいの年齢で、腕が立つ冒険者を探しているそうだが、貴族の護衛など、こちらも僕では力不足だろう。それに本音を言うと、正直面倒くさいという思いが一番強い。前世から集団行動が苦手だったため、パーティなんざ入りたくもないし、わざわざ自由な冒険者という立場にいるにも関わらず、何故に貴族と接する時間を増やさないといけないのか。
「評価していただきありがたいのですが、僕は今日登録したばかり。冒険者のことは何もわからないので、簡単な仕事から学んでいきたいですし、一人でどこまでいけるか試したいと考えているんです。なので、申し訳ないのですが……他をあたってください」
とりあえずそれらしい理由をつけて断ることにした。
「へぇ、ガキの癖にわきまえてるな。おい、二人とも、無理な勧誘は御法度だからな、そこまでにしとけ。っていうか、アル、お前本当にあのバジルさんの息子か? あの人が育ててこんな良い子ちゃんに育つとは思えねぇ……ってコラリーさんもいるから大丈夫か」
ギルマスが取りなしてくれ、何とか二人とも諦めてくれたようだ。それにしても父さんは昔から誰に対してもあの感じだったらしい。
「間違いなくそのバジルの息子ですよ。ちなみに、二つ名の由来を聞いてもいいですか?」
「ああ、バジルさんのほうは、いくら怪我をしても血塗れで戦い続ける姿から『鮮血』って呼ばれてる。怪我はコラリーさんがすぐ治しちまうから、普通だったら死んでる怪我でもそのまま戦い続けるんだ。コラリーさんは、そのとんでもない回復魔法の力量から『聖母』と呼ばれるようになった。……あまりにも馬鹿な戦い方をするバジルさんを見捨てない慈悲深さから『聖母』と呼ばれるようになったって説もあるが」
父さんのイメージが酷すぎる。よりによって自分の血で血塗れなのか。そこは普通、敵の返り血じゃないのか? 母さんは昔から苦労してたんだな。
「二つ名が恥ずかしかったから話してなかったのかもしれんな。ちなみに、バジルさんは金級上位、コラリーさんも確か銀級だったはずだが、その辺も聞いてないのか?」
「えぇ!? どうりで強いはずだ……全然知らなかったです。いつもはぐらかされてたので」
今度実家に帰ったら『鮮血』って呼んでやろう。金級であることを隠してボコボコにしてくれた仕返しだ。
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