冒険者登録

 いよいよ、冒険者登録をするためにフォレルへ向かう日となった。


 バジルもコラリーもあっさりと見送ってくれた。十歳の子供が旅に出ると普通心配すると思うが、二人とも冒険者だったこともあり、そのあたりは自主性を重んじるのかもしれない。


 荷物は普段着に羽織を一枚ひっかけて、腰には『夜風よかぜ』を、胸元には『小夜風さよかぜ』をひそませている。足には『夜鳴鶯よなきうぐいす』『夜烏よがらす』を脛当形態にして着けている。その他もろもろは、バジルにもらった大きなズタ袋に詰め込んだ。


 村長であるバジルから依頼して、月に一回ラック村にやってくる商人――パムさんの馬車に乗せてもらうことになっている。もちろんシックルも一緒である。


「あらためて、アルベールと言います。よろしくお願いします。こっちは相棒のシックルです」

「うむ、パムとやら、よろしくな」

「こら、シックル! すみません、こいつ偉そうにしか喋れないんです。気を悪くしたのなら置いていきます」


 シックルが悲しそうな顔でこちらを見ている。可哀そうだが、いくら注意しても口調を変えない君が悪い。……神様に口調を変えてもらうなんて変な気もするが。


「ははは、いえいえ、大丈夫だよ。よろしくね、アル君、シックルさん。あのレイヴンの従魔にするとは、前から気になっていたんだよ」


 さすが商人、大人で助かる。しかし、『あのレイヴン』とは?


「レイヴンを従魔にするのは珍しいのですか?」

「そうだね。レイヴンはめったに人に懐くことはなく、テイムが難しいことで知られている。冒険者にテイムされた場合は偵察に使われたりするけど、そんな人は色んなパーティから引っ張りだこになるだろうね。あとは、貴族様が時々愛玩動物として飼っていらっしゃることもある。要するにかなり価値のある魔物なんだよ」

「ふむ、何やら私が褒められているな? パムはなかなか見どころがある」


 そんな会話をしながら、僕らの初めての旅は始まった。中継地の小さな村を挟んで三日間の行程だが、特に問題も発生せず、平和そのものであった。

 三日目の昼頃になり、街道の向こうに巨大な壁に囲まれた広々とした土地を持つ街が見え始めた。街のさらに向こうには果てしなく森が広がっている。


「ひやぁ、大きいですね」


 思わずそう口に出してしまう。街を囲んだ土色の壁は魔物が攻めてきてもびくともしなさそうだ。


 フォレルの近くには『黒の森』という巨大な森があり、森には数多の魔物が生息している。森の奥に行けば行くほど強い魔物がいる。フォレルの冒険者たちは日々、黒の森に潜って、クエストをこなしたりしている。


 魔物は基本的に森から出てくることはないらしいが、たまにはぐれた魔物が街のほうまでやってくることがあるため、街の周りは壁でしっかりと囲まれているそうだ。この危険な地域を治めているため、フォレノワール領主は辺境伯の称号を得ており、侯爵と同程度の権力を持っている。


 街の入口にたどり着くと、衛兵が二人立っていた。


「おお、パムさん、おかえりなさい。横の子はどうしたんです? それにその黒いレイヴンも」


 と衛兵の一人が問いかけた。


「この子はラック村からやってきたんです。冒険者として登録するためにこの街に来ました。身元は私が保証します」

「アルベールと言います。よろしくお願いします。こっちのレイヴンは僕の従魔です」


 シックルはお辞儀をするのみで無言だ。


「なるほどな、おう、よろしく! 冒険者のギルドカードが出来たらそれが身分証になるから、今度からは街に入る時にそれを提示してくれな。今回はパムさんが保証してくれるから入って良し。それとそのレイヴンについては冒険者ギルドで一緒に従魔登録してもらえ。従魔である証を発行してもらえる」

「はい、わかりました。ご丁寧にどうもありがとうございます」


 この後パムさんが教えてくれたが、身分証がないと、本来は入場料が徴収されるという仕組みだ。身元保証人がいる際は身分証が出来上がるまで入場料は発生しないらしい。


 街に入ると、薄茶色の煉瓦作りの家が立ち並んでおり、屋根は赤色で統一されていた。四、五階建ての建物がひしめき合って乱立しており、いったいどれほどの人が住んでいるのか想像がつかないくらいだ。地面も石畳となっており、整っている。ラック村では木造の家ばかりだったので、かなり雰囲気が異なり、思わずほうけてしまった。


 多くの店が立ち並び、道にはたくさんの人が行きかっている。人族が多いが、獣人、エルフ、ドワーフもいるみたいだ。初めて人族以外を見たので少し浮ついている。死神は例外だ。

 


***



「アル君、ここが冒険者ギルドですよ」


 おのぼりさん気分できょろきょろしていたところ、パムさんに話しかけられ現実に引き戻された。そうだ、僕は冒険者になりにきたのであった。


「ここが……。ありがとうございます。あとは一人で何とかしてみます」

「そうですか。頑張ってくださいね。では、またお会いしましょう」


 パムさんにお礼を言い、改めてギルドの外観を眺める。石造りの五階建てで、看板には剣と杖が交差した紋章が描かれている。ギルド裏から渡り廊下が伸びており、その先は大きなコロシアムのようなものに繋がっている。


 扉を開けギルドに入ると、ガヤガヤとうるさい声が耳に入ってきた。ここにもやはり色んな人種の者が入り乱れている。あからさまに怖い人やガラの悪そうな人ばかりではないようで、安心した。ただ……


「……おいおい完全に子供が来たぜ、迷子じゃねぇか?」「腰に剣みたいなの差してるし冒険者になりたいんだろ」「でも魔法使いみたいなローブ着てるぜ? なんか白くて形がおかしいが」「てかあの肩に乗ってんのレイヴンじゃねぇか!?」「なんで黒いんだ?」


 といった、ささやき声が聞こえる。しかし、別に絡まれたりはしないようで、またしても胸をなでおろす。シックルがうまく視線を分散させてくれている。

 

 ギルド内には飲食が出来る場所もあり、ちらほらと冒険者がおり、既に酒を飲んでいる者もいた。どんなものが食べられるのか気になったが、今回はまっすぐと受付へ向かう。


 暇な時間帯なのか、受付窓口は複数空いていたが、人がいるのは一つで、そこではすらっと背の高い猫人族の受付嬢がこちらを眺めていた。

 ほとんど人族の見た目と変わらず、ただ白っぽい猫耳と尻尾をつけただけにしか見えない。


 獣人の中でも、この獣らしさが表れる割合が人により異なるらしく、例えば、先程街を眺めている中には、二足歩行する狼、すなわち狼男のような見た目の人もいた。その人は全身がふさふさとした毛皮に覆われており、顔は表情豊かな狼という感じであった。


 バジルに聞いたことがあるが、獣らしさが色濃く表れている人のほうが、単純に力が強い確率が高いらしい。ただ、冒険者としてのスキルは力の強さ以外もあるので、一概に強いとは言い切れないとのことだ。


「すみません、冒険者登録をしたいのですが」

「失礼ですが、年齢は十歳を超えていますか?」

「はい、つい先日十歳になりました」

「かしこまりました。では、まずこちらの用紙にご記入ください」


 用紙には、名前、年齢、使用武器、魔法属性を書く欄がある。

 名前は、アルベール。貴族ではないので名字はない。年齢は十、使用武器は……とりあえず剣でいいだろう。刀というものはなさそうだし、銃も説明が面倒くさい。魔法属性は全部使えるが、こちらは隠してもすぐバレそうだから全部書くことにした。書き終わった紙を受付嬢に渡す。


「アルベールさんですね。申し遅れましたが私はフィールです。よろしくお願いします。ギルドカードを作るために血が一滴必要となります。こちらの皿の中に血を入れていただけますか? 針はこちらです」


 差し出された小皿の上で、左手の人差し指をちくりと刺し、血を垂らした。


「ありがとうございます。こちらで手をお拭きください。カードが出来上がるまでに少し時間がありますが、その間、ギルドについて説明は必要でしょうか?」

「はい、お願いします」

「承知しました」


 フィールさんは笑顔で説明を始める。

 要約すると、冒険者の仕事は様々で、採取、討伐、その他雑用もある。登録した時点で戦闘力の無い人は採取と雑用をする。


 基本的にはギルドの一階にある掲示板に貼りだされた依頼書から依頼を選ぶ。高位の冒険者になると例外的に指名依頼や緊急依頼もあるらしい。


 冒険者には階級があり、下から鉄級、銅級、銀級、金級、黒金級と分けられている。階級の中でさらに上中下と細かく分けられており、同じ階級の冒険者でも強さには振れ幅があるらしい。このあたりは魔物の分け方と同じだ。依頼にも階級が設定されており、自分の階級より上の依頼は受けることが出来ない。

 その他、カードは登録者の血に反応して変色するため、偽造できないとのこと。

 

「カードが出来あがりました。ご確認ください」

「ありがとうございます」


 鉄色に鈍く輝く一枚のカードを受け取る。名前と、登録地としてフォレルという記載。あとは、鉄級という階級も印字されている。


「最後になりますが、登録時に実力を判定するための実技試験があります。お時間あれば今から実施できますが、どうしますか?」

「試験ですか? 時間はあるので、お願いします」


 これはバジルやコラリーから聞いていなかった。フィールさんに確認したところ、登録したての冒険者がいきなり死んだりしないように、どの程度戦える力を持っているかを見極めるそうだ。試験管は高位の冒険者が担当するらしい。

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