ラック村での日々

 ラック村には、三十人くらいが暮らしている。


 僕と同世代の子供はいない。兄のカイは七つ年上なのだが、カイと同じ年齢のリサという女の子がいる。カイとリサは幼馴染で、将来結婚することも決まっているらしい。


 大人とはあまり会話しないが、その中でも例外的に僕がよくお世話になっている人が三人いる。大工のクイーダ、狩人のリウダ、薬師のクシャだ。

 

 大工のクイーダは四十歳くらいの男性で、髭が立派だ。村の家や家具などを作ったり修理したりしている。

 僕はたまに、彼が仕事をしているところに遊びにいき、仕事を見学している。最初は邪険にされたが、ある日、彼の使っている道具が古くなっていることに気付き、土魔法で新しく作ってあげると喜んでくれて、それ以来仲良くなった。

 僕が仕事を手伝うことはほとんどないが、時々重いものを持つときに身体強化を使って手伝っている。


 余った木材を貰って、自分で工作をしたりもする。最近は『お面』をつくるのにハマっている。今はちょうど、前世にあった般若の面を彫り進めている。周囲からは「怖い」と言われかなり不評であるが、気にせず作り続けている。


 狩人のリウダは、二十歳くらいで、金髪碧眼の美しい女性だ。エルフには会ったことがないが、僕の想像するエルフ像そのものといった見た目をしている。ただ、エルフは耳が笹の葉のように尖っているはずだが、彼女の耳は僕たち人族と同じ形のため、人間だろう。


 彼女は普段、村の周りの森に入り、兎や鳥等の獣を狩り、村人に売って生活している。ただ、毎日狩りをする必要はないらしく、基本的に暇なのだ。暇つぶしのため僕をよく森歩きに誘ってくる。

 

 森に自生する植物についての知識を教えてくれる。食べられる物食べられない物の見分け方等非常に役に立っている。時には狩りに同行し、気配の殺し方や弓の扱いまで教えてくれる。

 

 彼女は弓が非常に上手く、数百メートルス先の兎にヘッドショットを成功させる。もちろん僕はそこまでできない。最近ようやく近くにいる兎を仕留められるようになった程度だ。

 僕が使っているのは、狩人用の普通の弓矢だが、王都などの大きな街に売っている冒険者用の強力な弓矢を使用すれば魔物にも有効らしいので、将来冒険者になるときに役に立つだろうと考え、真剣に学んでいる。


 薬師のクシャは、かなり高齢の老婆だ。彼女はケガや病気に効く薬を調合している。薬の質は凄まじく、「王都で売れば貴族じゃないと買えないくらいの値段がつくだろう」とバジルが教えてくれた。


 喋りだすと止まらないタイプで、彼女につかまると一日中解放されないため少し苦手だが、話の中で色々な薬草の知識を惜しげなく教えてくれるので、時々顔をのぞきに行っている。調合もよく手伝わされるが、初級の薬くらいしかまだ僕には作れない。


 クシャは趣味で服も作っている。服の作り方も教えてくれたので、見様見真似でやってみたが、案外難しく、和服の羽織のような何かが出来上がった。

 羽織の背には、へろへろに歪んだシックルを刺繍した。いつか理想のデザインの羽織を作りたい。

 その日以来、羽織を毎日着ている。コラリーからは可愛いと言われ好評だったが、バジルからは「魔法使いが着ているローブに似ているな。剣士には不要だ! 脱げ!」と言われ脱がされそうになったので逃げた。



***



 さらに五年が過ぎ、僕は十歳となった。

 体も成長し、身長は一五〇センチになった。まだ成長期なためか、筋肉はあまりつかない。


 日々の修行により上達したはずだが、未だにバジルには勝てていない。身体強化も剣術も彼の下位互換なので、剣のみで挑んだ場合は当たり前だろう。しかし、バジルは剣のみで、こちらは剣も魔法も『銃』もありで攻めているのだ。それにもかかわらず勝てないのは納得がいかない。


 魔法はコラリーが教えることのできる中級魔法まではすべて覚えた。上級魔法はコラリーが使えないため教わることができなかった。シックルなら使えるんじゃないかと思い聞いてみたところ、「知ってはいるが、使えない。私が使えるのはこの『鎌』だけだ」と得意げに鎌を見せつけてきた。


 人の魂を刈り取るときに使うらしい。死神といえば身の丈ほどもある大きな鎌を使うイメージがあったが、シックルの手に握られていたのは何とも小さな、刃渡り二十センチス程の草刈り鎌だった。大きくすることも出来るらしいが、使い勝手が悪いのでこれくらいが丁度いいとのこと。


 ともかく、中級魔法を使いこなし、銃をぶっ放し、新しく作った『刀』で攻めても、バジルを削りきることは出来ない。

 もちろん彼も無傷ではないが、せいぜい動きが鈍る程度まで削った時点で、こちらは満身創痍で動けなくなる。化け物である。正直、冒険者が皆こんなに強いのであれば、僕には才能がないのだろう。


 武器についても日々改良を重ねている。『夜鳴鶯よなきうぐいす』――リボルバー型の銃――と『夜烏よがらす』――ウィンチェスターライフル型の銃――は持ち運ぶのが面倒なので、脛当に変形させて、脛に着けている。

 

 最初は脛当から銃へ変形させるのに時間がかかっていたが、これもオリジナル魔法として体に覚えさせた結果、今では各武器の名前を詠唱すると瞬時に変形させられるようになった。


 また、新しく刀も作成した。バジルが教えてくれる剣術は、両刃のロングソードを使うことを想定しており、訓練でもロングソードを使っていた。僕としてはロングソードが少し重く、小回りも効かないので使いにくく感じていたため、どうせならと思い立ち、自分用に刀を作ることにした。


 まず、銃を作った時と同じ強度の黒い鉄を生成する。それを魔力制御により何度も折り返した後、刀の形に形成し、一旦、刀身の完成だ。

 この時点では、刃の部分が雑な状態になっている。言わば、研ぐ前のような状態だろうか。そのため、複数回に分けて少しずつ刃を尖らせていく。繊細な魔力制御が求められるため、魔法の修行にもなると思っている。


 刀身が完成した後は、残りの鍔、鞘等、必要な部位を木材や土魔法を利用し、作成していく。金属部分は全て黒色だが、それ以外はあり合わせなのでちぐはぐな色合いになっている。冒険者になって色々と素材を集められるようになってから、換装していこうと思う。


 出来上がったのは、打刀と短刀の大小合わせて二本。名前は打刀のほうが『夜風よかぜ』、短刀のほうが『小夜風さよかぜ』とした。

 さすがに、土魔法だけで作成できない刀は脛当にすることは出来ないので、使うときだけ持ち歩いている。


 魔物との戦闘も経験した。バジルに森の奥に連れて行ってもらい、何種類かの魔物との戦いを通して、戦い方や、倒した後の処理として解体の仕方、素材の切り取り方、そして魔物の体内にある魔石の取り出し方を教わった。冒険者ギルドでは魔物の素材や、魔石を買い取ってくれるそうだ。


 魔物には強さによって階級があり、弱いほうから鉄級、銅級、銀級、金級、黒金級と分けられている。階級の中でさらに上中下と細かく分けられており、同じ階級の魔物でも強さには振れ幅があるらしい。僕がこの数年で戦ったのは鉄級から銅級までだ。この森にそれ以上の魔物はいない。


 魔物との戦闘は慣れるまで多少苦戦したが、少なくともバジルよりは断然弱いし、怖くなかった。僕の中で、この世で一番怖いのはバジルである。


 冒険者には十歳になると登録が可能となる。家族には「十歳になったら冒険者になる」と伝えていたので、もうそろそろ登録のため冒険者ギルドのあるフォレルという街へ行く予定だ。フォレルには領主であるフォレノワール辺境伯が住んでいる。このあたりでは一番発展している街だ。


 ちなみに、趣味としてお面作りと服作りは続けている。

 お面は、般若、狐、ペストマスク等を作って部屋に飾っている。服は結局、羽織くらいしか作っていない。この世界の服は十分に実用的で近代的である。前世の服と比較するともちろん素材は安っぽかったりするが、基本的に動きやすく丈夫だ。わざわざ自分で普段着を作る必要性を感じられなかった。


 よって、普通に売っている服の上から自作の羽織をひっかけている。

 羽織は二枚を着まわしている。白地に黒色のシックルを刺繍した物と、薄い水色の生地に赤い金魚と水草をワンポイントとしてあしらったものだ。

 金魚のほうはコラリーに奪われそうになったが死守した。

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