アルベールとしての日常_その二

 あれから二年たち、僕は五歳となった。


 まだ子供で、村長を継ぐわけでもない僕には、仕事も学校もない。時間が有り余っていたので、毎日を剣と魔法に費やした。


 バジルによる剣の修行は、一日の前半は基礎、後半は実践形式となる。


 フラウス王国には王国流の剣の型というものがあり、騎士団や貴族はそれを習うそうだが、バジルは庶民のため習ったことがない。


 しかし、見る機会はあったそうで、見様見真似で王国流を取り入れながらも、最終的には魔物との戦いの中で我流の剣を磨き上げたそうだ。


 バジルが素振りをする横で見て覚える形式で、ひたすら僕も素振りをした。剣道の動きとは大分異なるので、一旦忘れ、バジルの動きをひたすら自分の中に落とし込んだ。


 一通り基礎をなぞった後は、実践だ。これが辛い。バジルから言われたことはただ一つ。


「俺に殺されないように生き延びろ。そして俺を殺せ」


 これだけだ。子供に言う台詞ではない。


 殺気を振りまきながら打ち込んでくるバジルから逃げ、防御し、隙あらば打ち込む。


 もちろん今の僕がバジルの隙なんか見つけられるわけもなく、ひたすら逃げた。 ひたすら防いだ。


 最初のうちは殺気をあてられるだけで、喉が干上がり、体が硬直したものだ。


 少し殺気に慣れ始めてからも、死なないぎりぎりまで打ち込んでくるバジルからとにかく生き延びることだけを考えて体を動かした。いくら修行の後でコラリーがヒール――回復魔法をかけてくれるからといって、容赦がなさすぎる。


 だが、未来で本当に殺意をもった人や魔物に殺されないためにも、今、これを乗り越える必要があった。


 未だに一太刀も当てられないが、防御一辺倒だったころと比べると、攻めることも出来ている。

 明らかにバジルの身体能力が高すぎることに疑問を抱き、聞いてみると、どうやら身体能力を向上させる『身体強化』という無属性の魔法を使っているようだ。


 高位の冒険者は無意識のうちに使用しているらしい。バジルもいつの間にか使えるようになっており、感覚でしかわからないので、やり方は教えてくれなかったが、遺伝だろうか、僕もいつの間にか感覚で使えるようになっていた。


 身体強化が使えるようになってからはバジルの指導がさらに厳しくなり、「覚えなければよかった」と何度も後悔している。



***



 コラリーによる魔法の修行も、やはり一日の前半は基礎、後半は実践形式となる。


 フラウス王国には貴族が通う王国学院がある。そこに通えば、体系的に魔法を習うことができるらしいが、基本的に庶民は通えない。


 では、庶民や冒険者は魔法が使えないのかと言えばそうではない。

 下級から中級までの魔法については教本が一般的に出回っているため、少し値は張るがお金を出せば手に入れることができる。


 この世界の魔法は正しい魔力制御をしながら詠唱を唱えることにより発動する。そのため、ある程度魔力制御ができる者であれば、詠唱さえ覚えて、訓練を積み重ねれば魔法の使用が可能となる。


 しかし、上級魔法については、教本が一般的には出回っておらず、また、詠唱や魔力制御が複雑すぎて、教えてくれる人がいなければ発動までたどり着けないことがほとんどであるため、学院に通わなければ習得は不可能とされている。


 魔法には火、水、風、土、光、闇という六属性が存在する。例外的にそのどれにも当てはまらない魔法で無属性の魔法もある。例えば身体強化などだ。


 コラリーは庶民であるため、中級魔法までしか使えないが、全属性使うことができる。貴族の中でも全属性使える者はほとんど存在しないらしいので、天才といっても過言ではないだろう。コラリーは光属性のヒールを一番得意としている。


「バジルは昔から馬鹿だったからね、よく無茶をして怪我していたわ。だから私が治さなくちゃって思って頑張ってたら、一番得意になっちゃった」とのことだ。これは僕にとって都合がよかった。とにかく死ぬ可能性を低くしたいため、ヒールは最優先で覚えたかった。

 

 魔法の発動には、基本的に詠唱が必要だが、魔力制御が上手な者は詠唱破棄や無詠唱でも魔法を使えるそうだ。貴族でもほとんど出来ないことらしいが、なんとコラリーは詠唱破棄が出来る。そもそも全属性の魔法も使えるし、かなり才能があるんじゃないか?


 まず最初に習ったのは、ヒールだった。


「アルはまだ詠唱すら知らないから、まずは詠唱を覚えましょう。ちょうど昨日の剣の修行でついた傷が残っているから、ヒールを練習しましょう」


 そう言って、彼女は僕の右手に残っていた切り傷に手をかざし、唱えた。


「光る窓 命導く 魔の欠片――『ヒール』」


 読んで字のごとく、光る窓のようなものが現れ、僕の傷を照らしたかと思うと、徐々に傷が癒えていき、最終的には傷跡のない綺麗な肌が残った。


「詠唱自体は簡単だけど、光の窓の出現と、傷が回復する流れを強くイメージするのが難しいと思うわ。とりあえず真似してみて?」

「わかった。光る窓 命導く 魔の欠片――『ヒール』」


 先程とは反対側、僕の左手に残っている傷に自分自身の右手をかざし、詠唱をしてみた。すると、自分でも驚いたことに、一回で成功してしまった。


「え……、アルってヒールを使うのは初めてよね? なぜ一回で成功するのかしら……、もしかしてうちの子は天才!?」


 おそらくではあるが、前世の知識が関係しているのではないだろうか。一般常識程度ではあるが、この世界の人よりは医療的な知識や人体に対する理解があるため、傷が回復する工程をより詳細にイメージできたのだと思われる。


 魔力については、前世にはなかった異物感が体の中にあるため、意識しやすく、あとはそれを掌に集めて体外に放出するようにしてみれば、そのまま光の窓となった。窓からこぼれる光が僕の傷を癒すのだと強くイメージしたところ、すんなりと傷は消えてくれた。


 その後、三歳から五歳までの二年間で一通りの魔法を教えてもらった。コラリーの遺伝なのか、僕も全属性の魔法を詠唱破棄で使えることが判明した。下級魔法は一通り使えるようになったが、中級魔法は、まだ光属性しか使えない。



***



 両親からの修行とは別に、シックルからも魔法について教わった。


「人間はわざわざ詠唱して効率の悪い魔法を使うが、本来詠唱無しでもっと効率よく魔法は使えるものだ。アルは既に詠唱破棄ができるが、その先がまだ見えていない」

「先って?」

「自由自在に、想像通りに、やりたいことをやるのさ、魔法で」


 シックル曰く、そもそも詠唱は魔法の発動が下手な人の為に生まれたものらしい。何百年前の話かわからないらしいが、その成り立ちを知っているものはもう生きていないだろうとのことだ。


「アルは魔法で何をしたいんだ?」

「なんだろうね……死にたくないからヒール――回復魔法は覚えたけど。ああ! 痛いのが嫌だから痛覚を遮断したい! 出来ないかな?」

「また何とも消極的な……。まぁいいだろう。それならパラライズを自分に使えばいい。上手く制御すれば痛覚だけを遮断できる。かつて、そういう魔法を使って狂ったように戦い続ける民族がいたな」

「その民族の末路が気になるんだけど……、とりあえずやってみるか」


 パラライズは闇属性の魔法で相手を麻痺させる。体全体が、正座した後の足みたいに痺れて力が入らなくなる。逆に光属性のキュアという魔法を使えば状態異常を解除することが出来る。

 パラライズは今までなんとなく使っていたが、色々と試しながら微調整してみよう。まずは、いつものように自分にかけてみた。


「『パラライズ』」


 改めて意識してみると、複数種類の効果が織り交ぜてあることがわかった。恐らくこのどれかが、痛覚に作用するものなのだろう。


 その後、キュアとパラライズを交互に繰り返しながら検証し、二時間が経過したころ、ようやく痛覚だけを選定して麻痺させることに成功した。


 初めてのオリジナル魔法だ。

 最後に『痛覚遮断』と唱えながら魔法を発動した瞬間、自分の中でスイッチが切り替わったような、不思議な感覚があった。その時点で自分の中に『痛覚遮断』という魔法を発動する回路が出来あがったということなのだろう。それ以降、この魔法名をトリガーとして、痛覚だけを選定して麻痺させる『パラライズ』を発動させることが出来る。


 シックルは途中で飽きたらしく、いつの間にか庭の隅で野良猫と遊んでいた。

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