アルベールとしての日常_その一
ベッドの上で体を起こし、ぼんやりしていると、突然シックルさんが「む?」と呟き、煙のように消えた。
その直後、金髪碧眼の女性――母親のコラリーが部屋に入ってきた。
「アル! 目を覚ましたのね! 良かった……、もう体は何ともないの?」
「母さん、大丈夫だよ。元気元気」
親しい者からはアルと呼ばれていることを思い出した。一応、アルベールとして過ごした三歳までの記憶はちゃんと残っているが、違和感なく彼を演じることができているだろうか。
「バジル! バジルー! アルが目を覚ましたわ!」
「なんだって!?」
声も体も大きな男性が部屋に突入してきた。父バジルだ。顔は西洋人だが黒髪黒目で勝手に親近感を抱いた。
「おいおいおい、普通に元気そうじゃねぇか、びびらせんなよ! よし、今から剣の修行でもするか!?」
するわけがない。とりあえず体を動かせば元気になると考えているタイプだ。これでこの村の村長なのだから困ったものだ。
「……バジル? まだ数日は安静にしていないとダメよ。その間は魔法の修行をしましょ? ね?」
コラリーはコラリーでおかしい。魔法を使用するには魔力を消費する。それにより普通は若干の疲労感を覚えるものだが、この人は魔法が得意すぎて、今まで疲労を感じたことがないらしい。安静にしながら魔法を使えるとでも思っているのだろうか。
「父さんも母さんも落ち着いて。数日は安静にして様子をみたいんだ。その間は剣も魔法もなしでいいでしょ? その代わり本を読みたい」
「そうね……、わかったわ。本は後で持ってくるわね」
***
その後、コラリーに本を持ってきてもらい、部屋に一人となったタイミングでシックルさんが中空から姿をあらわした。
「本来私の姿は人の目に見えないはずだが、念のため姿を消していた。いちいち消えるのはめんどくさいから、今後は見られてもいい仮の姿を取るとしようか」
そう言った途端、シックルさんの姿は煙のようにあやふやになり、小さく収束し始める。数秒後、そこにあらわれたのは黒く艶やかなカラスだった。
「カラス……じゃないな、この世界では確かレイヴンと呼ぶんでしたか? あれ、でもアルの記憶だとレイヴンは白色だった気がするんですが」
「左様。喋ることが得意な魔物として都合が良いのでな。レイヴンを選んだ。が、色が気に食わんので、私の好きな黒色にした。ちなみに君の髪と目も黒色だな。実に良い」
さすが神様、無茶苦茶だ。シックルさんが黒と言えば白も黒になるらしい。仮に僕も茶髪だったなら黒染めをさせられたのだろうか。
「この世界には魔物をテイムする者達も存在する。君もたまたま窓辺に止まったレイヴンと仲良くなってテイムしたということにすればよかろう」
「了解です。呼ぶときはそのままシックルさんでいいですか?」
「いや、テイムした魔物にさん付けはおかしいだろうに。シックルと呼び捨てで良い。敬語も不要だ」
「わかったよ、シックル。僕のこともアルって呼んでね」
この後、時々シックルに解説してもらいながら何冊かの本を読んだ。
その結果わかったこととして、この世界は文明的には中世から近世ヨーロッパ程度であるらしい。
国としては、人族がおさめるフラウス王国、エルフがおさめるルーフェン、ドワーフがおさめるドルワール、獣人がおさめるウルフズレイン、魔人族がおさめるダッカスなどがある。僕が住んでいる場所は、フラウス王国内のフォレノワール辺境伯がおさめる地にあるラック村だそうだ。
庶民がつく職業としては、農民や商人等があるが、魔物を倒すことで収入を得る冒険者というのもいるらしい。ラック村には現役の冒険者はいないが、何を隠そう、うちの両親は元々冒険者であったらしい。
二人は同じパーティの仲間であり恋仲だった。ある時、コラリーの妊娠が発覚し、冒険者を辞め結婚することを決意し、バジルの生まれ育ったこの村に戻ってきたそうだ。
ちなみに、この時に出来た子供は、僕の兄にあたるカイだ。カイは現在十歳で、文武共に優秀らしく、次の村長に決まっているらしい。僕は村長を継ぐ必要はないので、適当に冒険者にでもなろうかなと、この時考えた。
この世界も一年は三百六十五日だ。
お金は価値の大きいものから鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、黒金貨というものがある。それぞれ隣り合う貨幣の価値とは十倍の差があり、前世の感覚でいうと鉄貨は百円程度、黒金貨は百万円くらいの印象がある。
長さはセンチス、メートルス、キロス。重さはグラムト、キロト、トントという単位を使う。感覚的に前世とほぼ同じ言葉の響きを持ち、すぐ覚えた。
***
三日後、この世界のことをだいたい理解し、体の調子も悪くなかったため、ベッド生活とおさらばすることにした。
ここ数日、アルとして生きていくために、一番重要なことは何だろうと色々悩んだのだが、とにかく身を守れるようにならないといけないと結論を出した。
何せ魔物もいる世界で、前世のように平和ボケしたままで生きていくと早々に死ぬことになる気がしたからだ。前世ではそれなりにスポーツはやっていたが、格闘技の経験なんて体育の授業でさわりだけ習った柔道と剣道くらいのものだ。チンピラにからまれたら土下座一択である。ましてや魔物には二秒で殺される自信がある。
転生で入れ替わる前のアルは、バジルには剣を、コラリーには魔法を習い始めていたため、その内容をさらに厳しく教えてもらうことにした。両親にそのようにお願いすると、二人とも喜んでくれたが、剣と魔法どちらの時間をより多く確保するかで喧嘩が始まりそうになったので、半分ずつどちらも同じ時間だけ習うことにした。本音では魔法の修行を増やしたかったが……。
ちなみに、シックルのことを家族に紹介すると、黒色であることに大層驚かれたが、害のある魔物ではないため、一緒に生活することに対してはすんなり許可がおりた。
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