第三章 慣れ始めた日常と懸念
第1話
「――そうか、決めたか」
「はい」
ディーンから報告を受けたアリウスは少し意外そうな顔を見せた。
多分、いつものカナリアであれば「なぜ私が行かなければいけない」とでも言うだろうと思ったからだ。
「……」
「どうした」
「いっ、いえ」
「意外そうに見えたか?」
ディーンが言うまでもなく、どうやら表情に出ていたらしい。
「……はい」
ここまで来て言い訳をする方が逆に不自然だと思ったディーンは肯定した。
「気にするな。私ももう少しごねると思っていたのだが……やはり王子には憧れるという事なのだろうな」
「……」
アリウスは一人納得した様に頷いている。
しかし、ディーンとしては「相手が王子だからこそ」カナリアは王宮のお茶会に参加をするのを迷っていた事を知っていた。
だが、それをディーンの口からは言えない。
「そうですね」
なぜなら、それを説明するためにはその前にもっと説明しなければいけない事があるからである。
ただ、それを説明したところで信じてもらえるかどうかすら怪しい話だ。
普通であれば「ありえない」と言われて終わってしまうくらいの話。そもそも、この話はディーンではなくカナリアに起きた話である。
それをカナリアではないディーンが話す事自体。筋が違う様に思えたため、ディーンは肯定するだけに留めた。
「まぁ、それ相応の理由がなければ王族に敵意があると取られかねないからな。多少ごねられてもここは心を鬼にしなければと覚悟していたのだが……」
その後に続くのは「手間が省けた」といった言葉だろうか。
どうやらアリウスは自分の思い通りにならない事に対して「嫌」と言うカナリアを説得するつもりだったかも知れない。
「ところで、普段カナリアはどうしている」
「お嬢様は勉強や礼儀作法などを意欲的に取り組んでおります。ここ最近は読書を楽しんでいるようです」
そうディーンが説明すると、アリウス「そうか」と頷く。
「それにしても、読書か」
「はい」
ただ、この『読書』はただ物語を楽しむ……といったモノではなく、どちらかというと『この世界を知るため』に読んでいるという事の方が近いだろう。
そう、今までカナリアは勉強や礼儀作法などを全くと言っていいほど真面目に取り組んでこなかった。
それこそ、前世の記憶を取り戻してすぐの授業では家庭教師が思わず泣いてしまったほどである。
「いつも授業は居眠りばかりだという報告ばかりだったからな。随分変わった様だ」
しかし、アリウスはカナリアが前世の記憶を取り戻した事を知らない。
そんなアリウスからしてみれば、カナリアの変化は「高熱を出した事によって心を入れ替えるきっかけ」だったと考えたのだろう。
「そう……ですね」
アリウスの何気ないその一言に、ディーンは思わず冷や汗を流しそうになった。
多分、使用人たちやカナリアの兄であるアルカから既に色々と報告を受け、ディーンの話を聞いた上で出た何気ない言葉だとは思うが……。
「なぜいつもの授業で居眠りばかりしているのか知っているのかと言いたそうだな」
「え、あ。そうですね」
ディーンとしては「随分と変わった様だ」というアリウスの言葉に反応しただけなのだが、どうやら勘違いしてくれたようだ。
「カナリアに聞いても家庭教師に聞いてもいつもの授業の様子を教えてはくれなかったからな」
「ははは」
どうしてそうなっていたのか。それは、カナリアが家庭教師に口止めをさせていたからである。
以前のカナリアはまだ五歳にも関わらず、そういった「自分の家の権力を使って周囲の目を欺く」という事に関して、長けていた。
いや「がめつい」といった方が近いかも知れない。
そもそも「今のカナリアは以前のカナリアとは全然違う」と言っても過言ではない。それこそ、別の人格が中に入っているといった表現の方が近いほどである。
だからこそディーンは身構えたのだが、アリウスの反応を見た限り、どうやら気付かれてはいない様だ。
「あの子ももう六歳になる。色々と自分で考えた結果なのだろうな」
「はい。そうだと思います」
「これからも頼むぞ、ディーン」
「かしこまりました」
アリウスの言葉を受け、ディーンは深々と頭を下げ、扉を閉めた瞬間。
「はぁ……」
ディーンは深く深く溜息をついた――。
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