第5話


「……うわぁ、本当だ」


 パッと見た感じは王宮からの手紙とは思えない程質素なモノだった。


 しかし、いざ封筒を開けてみると、その『招待状』はとても煌びやかなモノで、そこには「王宮で催されるお茶会のお誘い」が書かれていた。

 グリーンアクア王国の王宮は……というより、こういった世界観の王宮は基本的に豪華絢爛というお決まりがあるらしい。


 ――それに比べると、この質素さが逆に本物か疑問になるけど。


 ただ、その疑問は裏に押されている封蝋印ふうろういんは王宮のモノだ。


「旦那様から頂いたモノですので本物間違いないかと」


 私が何度も封筒や手紙を確認していたのが気になったのか、ディーンはお茶のおかわりを淹れながら答える。


「え、ああ。ごめんなさい」


 ――それにしても、王宮でのお茶会……ね。


 この世界の料理はどれも美味しい。


 だから……というワケではないが、私は『お茶会』自体が嫌なわけではない。今からマナーなどやらなければならない事はたくさんある。正直あまり気乗りしないが、そこは努力で乗り切るしかない。


 ――それよりも。


「はぁ……」


 招待状をゆっくりと閉じると、カナリアはまたも溜息をついた。今日は何とも溜息が多く出る日である。


「ずっ、随分深い溜息ですね」

「そりゃあ、深い溜息もつきたくもなるわよ」

「ああ、初めてのお茶会ですか」

「正直、気が重いわ」


 ――正直。私は「関係ない」と言いたいところだけど、今は私がカナリアだし。


「しかし、逆にコレはチャンスなのでは?」

「チャンス?」

「はい。今のお嬢様の評判はハッキリと言ってあまり良くはないでしょう」

「ずっ、随分ハッキリと言うのね」


 しかし、コレは事実だ。


「ですが、お嬢様が社交界。それこそお茶会に出たのはその時の一回きり。たった一回だけの失敗であればまだ取り返すのは簡単だと思います」

「なっ、なるほど。つまり、今から準備をして完璧な令嬢としての振る舞いをすれば……」

「しかも、今回のお茶会の会場は王宮です。名誉挽回をする舞台としてはこれほど良い場所はないでしょうか」

「……そうね」


 確かに、ディーンの言う事も一理ある……が。


「お嬢様? どうかされましたか?」

「うーん。どうにもこのタイミングで『お茶会』というのがどうしても引っかかってね」


 私の指摘に、ディーンは不思議そうな顔でこちらを見ている。


「……」


 確かに、ディーンの指摘はごもっともだし、あのお茶会で周囲の私に対する評価は「親の権力を笠に着た令嬢」だろう。

 だからこそ、このお茶会はそのイメージを払拭する絶好の機会ではある。それは私自身よく分かっているのだが……。


 ――でも、タイミングとしては……うーん。


「どうかされましたか?」

「ああ。もしかしてだけど、この『お茶会』は王子の婚約者を見つけるための口実なのじゃないかと思えてならなくてね」


 私が呟く様に言うと、ディーンはそこでようやくこのお茶会が一番の懸念とセットになっている可能性に気がついたらしく、思わず「あ」と声を漏らす。


「――しっ、しかし。仮にそうだとしても、王宮主催のお茶会を欠席するワケにはいきません」

「そう……よね」


 もし大した理由もなく欠席をすれば不敬罪に問われかねない。


「その上、旦那様は騎士団の団長です」

「ええ、もし家の顔に泥を塗る事になるかも知れないわね」


 それは私もよく分かっている。


 ――ただでさえ今の私の評判は最悪みたいだし。ここで「欠席」なんてなったら、なんて言われるか分かったものじゃないわ。


「体調不良にでもなれば、話は違うかも知れませんが……」

「お茶会は一ヶ月後よ? 今から風邪を引いても意味もないし、その時じゃあ『まだ本調子じゃない』というのも通用しないと思うし」


 ディーンの言う通り「体調不良」と言えば、兄も父も前世を思い出すきっかけになった時の事を思い出し、真っ先に「欠席」の連絡をするだろう。


 ――なんだかんだで二人ともカナリアに甘いから。


 多分「無理矢理でもお茶会に行かせる」なんて事はさせないだろう。


 しかし、その肝心のお茶会が一ヶ月後となると……そのタイミングで風邪を引くのは難しいと私は考えていた。


「昔はワザと風邪を引くために色々とした事もあったけど」

「今の状況でお嬢様に何かあれば、僕たちが旦那様にお叱りを受けてしまいますから」


 そう言ってディーンは苦笑いを見せる。


 多分、前世の記憶を思い出す前の風邪の時もディーンたちは父にお叱りを受けたかも知れない……それを考えると、私はとても申し訳ない気持ちになった。


「それは……ごめんなさい」

「しかし、そのおかげで前世の記憶を思い出してくれたので、私としてはOKです」


 ――あなたはそれで良いと思うけど。


 ディーンは私の事情を知っているからこそ、こう言ってくれているが、いつも迷惑をかけていた身としては何とも申し訳ない。


 ――しかも、熱を出した理由も自業自得だし。


「ただ、どうしましょう。どうしようありませんが」

「そう……ね。とりあえず『お茶会』は参加しましょう」

「承知致しました」


 結局「王宮からお誘いが来た」時点で私に選択肢はない様なモノだ。


 いくら私が「王子と関わらないようにしよう」と思っても、どうしようもない事は仕方がない。


 こうして私は嫌々ながらも王宮で開かれる『お茶会』に参加する意思を固めたのだった。

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