第4話


「ところで……」

「はい?」

「なんで敬語なの?」

「えー……それ、今聞きます?」


 私の発言に、ディーンは「はぁ」と溜息をもらしながら話す。


 ──いや、なんでそんな「やれやれ」みたいなリアクションされなくちゃいけないの。


 しかし、最初に会った時とは全然違う言葉遣いはやはり気になる。


 ──そもそも、記憶を取り戻したばかりの時は普通に話していたし。


 それを考えると、やはり気になる。


「本当はアフタヌーンティーを飲み始めてから気になっていたのだけど」

「……まぁいいです。それに、そんなに深い理由があるわけじゃないので」


 ディーンがそう言うと、カナリアは「そうなの?」と答える。


「そうですよ。元はどうであれあなたはお嬢様で僕は執事です。それに、こうしている時も誰が話を聞いているのか分かりませんからね。それだけでチクチク怒られるのはごめんです」


 確かに、前世ではただの庶民と自称ではあるものの「天使」でも、今は貴族と使用人という関係だ。

 周りから見れば、いくら前世の関係があったとしても、従者が主人にタメ口はおかしいだろう。


 それこそ、ディーンの言う通りメイド長か執事長に怒られてしまう。


「それに、元々僕はこっちの方が楽なんです。ただ、記憶を取り戻したばかりでいきなり敬語だと逆に構えさせてしまうかも知れないと考えたまでなので」


 ディーンは「そこは勘違いしないでください」と言いたそうだった。


「でも、前世で会った時も敬語じゃなかったでしょ?」

「あれは……場を和ませようとしただけです」


 まさかそれを指摘されるとは思っていなかったのか、ディーンの目は泳いでいる。


 ──これは……既に注意済みだったかしら。


 ただ、そうなるとこの間の話を誰かに聞かれている可能性がある。


 ──今のところは何もないけど。


 ひょっとしたら、既に兄の耳に入っているかも知れない。


 ──そして、お父様にも。


 それらを踏まえて考えると「いつか説明しないといけない日が来るかも知れない」と危機感を感じた。


「……大丈夫ですよ」

「え」

「あの時も今も周囲に聞こえない様にしていたから」

「そうなの?」


 驚いた様に言うと、ディーンは「魔法のある世界で良かったよ」と言って笑う。


 ──そっか、魔法か。


 それならば、分かる。前世ではなかったが、この世界ならそれが出来る。


 ──さすが自称とは言え、天使ね。


「そうだったの。ありがとう」

「お気になさらず。ただ、こんな会話を信じる人はいないと思いますが」


 ディーンの言葉に、私は思わず「確かに」と言って笑う。


「しかし、出来る事と言えばこの程度です。私は出来ればあまり目立つ様な事はしたくないので」

「そう」

「もちろん、専属執事としての仕事はキチンと致しますのでそこはご心配なく」

「それは頼もしいわ」


「それにしもて、目下の懸念材料は『王子との婚約』ですか」


 思い出した様に言うディーンに対し、私は「ええ、そうね」と答える。


「目下……どころか、婚約さえなければ未来が変わると言っても過言じゃないわ」

「おお、そこまでですか」


 ディーンは驚いた様に言うが、私としては「本当に過言ではない」と思っている。


 ──そもそもの話。


 王子と婚約しなければ主人公にあそこまでのイジメをする事も目の敵にする事もなかったはずなのだ。


 ──カナリアがどうだったかは知らないけど。


 私は前世でも「恋多き乙女」というタイプではなかった。


 ──ゲームでは楽しめたけど、改めてこの立場に立つと、全っ然笑えないわ。


「そもそも、どうしてカナリア……いえ、お嬢様? 前世の?」

「ああ、この場合は『カナリア様』にしましょうか。私の事は『お嬢様』で統一ね」


 私がそう言うと、ディーンは「分かりました」と答えた。


 しかし、確かに先程までは前のカナリアと今のカナリアは全然違う。そもそも今のカナリアは前世の記憶を思い抱いている。だからこそ、ディーンが迷ってしまった理由も分かった。


「それでは、カナリア様はどうして王子と婚約したのでしょうか」

「そう……ね」


 言われて見ると、確かその理由の説明はなかったはずだ。


「――と言うより、そもそもゲームの主人公はカナリアじゃないし」

「……それもそうでしたね」


 ──もしかすると、このゲームの台本を作った人はそこまで考えていなかったのかも知れない。


 正直、カナリアの立場になってしまった私としては、その「ただ流行りだから作りました」という設定はものすごく困る。


「前途多難よ」


 カナリアが溜息混じりにそう言うと、ディーンは困った様に小さく笑う。


「……と言う事は、この『王宮で行われるお茶会』も特に意味はないのかも知れませんね」

「え」


 驚きの表情を見せるカナリアに対し、ディーンは一つの封筒を差し出したのだった――。

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