第5話
「え、あなた……天使じゃなかったの?」
――自称ではあるけど。
「天使だよ? ただ、今度はちゃんと天寿を全うしてもらおうと思って君のサポートをしようと思ってね」
「それはまた……随分と律儀ね」
てっきり私一人で生き抜かないといけないと思っていたところがあった。だからこの青年の登場は私にとってかなりありがたかったのだが……。
――それを言ったら絶対調子に乗りそう。なんか、そんな感じがする。
これまで彼と話をしていく内に、何となく「ノリで生きていそうなタイプ」だと感じていた。
「……まぁね」
ディーンがそう小さく呟く様に言うと、二人は無言になった。
「じゃあ、これからは『ディーン』と呼ぼうかな」
「ぜひそう呼んでよ。僕はお嬢様専属執事だからさ」
――ん? たった今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がする。
「え、専属?」
「そっ、専属」
そこで私が聞き返すと、ディーンはニッコリ顔で答える。
――なっ、なるほど。貴族のお嬢様になると、そういった人もいるのね。
これからはそういった「前世ではなかった事」にも慣れなくてはいけないだろう。
――そこは追々って事にしましょうか。
ありがたい事に今の私は五歳。いくらゲームの世界とは言え、その「本編」とも言えるモノが始まるのはまだ先だ。
「……じゃあ、一つ聞きたいのだけど」
「なになに?」
「私って……どんな子供だったの? なんか、ちょっとお礼を言うだけで使用人たちにものすごく驚かれるのだけど」
――驚かれるというより、怯えられていると言った方が近いのかも。
医者が帰った後に来た使用人たちのリアクションは三者三様、十人十色とも言えるモノだったのだが、どの人も笑顔ではなかった。
――ああいうリアクションをされるとどうしてもね。
気になってしまうのだ。
しかも、既に五年は経っているらしいので「以前の私」というのも当然存在しているだろう。
「そうだね。結構……いや、かなり……かな」
ディーンが言葉を濁し、なおかつ苦笑いとなれば、相当なモノだという事はカナリアでも良く分かった。
――まさか、この人にまでそんな顔をさせるとは。
「はぁ、そうよね」
でもまぁ、それは使用人たちの様子を見れば何となくは察しが付いていた上に、ゲーム上のカナリアを知っていれば予想は出来ていた。
ただ、私としては「いつから」それだけ「世界の中心は自分」といった振る舞いをする様になったのか気になっていたのだ。
「と言う事は、この年からか」
「正確に言うと『母親を亡くしてから』かな。生まれた時から相当甘やかされてはいたけど」
「なるほどねぇ」
親にとって基本的に「自分の子供」というのは可愛いモノだ。甘やかしたくもなるだろう。
「何か理由を知っているみたいだね。そのリアクションを見るに」
「ええ、まぁ――」
一番の理由はカナリアが『カーヴァンク家待望の女の子』だったからである。
「カーヴァンク家ではなかなか女の子が生まれなかったみたいだから。相当喜んだのでしょうね」
「ああ、なるほど」
ただ、甘やかしてばかりの父親と兄たちとは違い、母親は厳しかった。だからこそ、何とかバランスを保っていたのだが……。
「母親が亡くなってしまった事により、厳しくする人がいなくなった」
「それに加えて『母親が亡くなって寂しい思いをさせてしまった』という気持ちからさらに甘くなった……ってワケかぁ」
父親や兄たちの気持ちは分からなくもない。ただ、それがさらにカナリアのワガママを増長させる結果になってしまった。
――飴と鞭は考えて使わないと……って事ね。
「でもまぁ、その甘い対応は十年以上経っても変わる事はなく……」
「――最終的にその娘は良くて国外追放。悪くて死亡と」
ディーンがそう言うと、カナリアはさらに暗くなった。
「ああでも、ここはあくまでゲームの世界の舞台で君はその登場人物になっているというだけで、ストーリーは存在しないから、君がその『悪役令嬢』を演じなければいけないという決まりはないけどね」
「そっ、そうなの?」
――でもそうか。
言われてみれば確かにそうである。
「それはそうだよ。だからまぁ、君が変わるという事はストーリーが変わるのも当然の話。だから、主人公も変わる可能性もあるし、他の登場人物も言わずもがなだよ」
「そっ、そっか」
「舞台はともかく、ここでどう生活するのか、どういった人生を送るかは君次第って事だね」
「……分かった」
ディーンにそう言われ、私は決意した。
「私、今度こそ生き抜く。この世界で!」
私が宣言する様に言うと、ディーンは「そう来なくちゃ」と笑顔で答えた。
「それじゃあ早速――」
そう言ったタイミングでちょうど私のお腹が盛大に鳴った。
「あ……」
あまりにも盛大に鳴った事と、それをディーンに聞かれた事に私は思わず赤面してしまった。
――でも、仕方が無いじゃない。いくら自分を「天使」と言っていても。
今の彼は言ってしまえば「異性」である。
――いや、異性でなくても恥ずかしいんだけどね。
なんて思っていると、当のディーンはニッコリと私の方を見つつ「そろそろ昼食の時間ですね。準備致します」と敬語で言ってお辞儀をし、そのまま部屋を出て行った。
――え、スルー?
それは果たして「下手に言うのは良くない」と判断したからなのか、それとも私ほど気にしていなかったのか……一人取り残された私は、さらに恥ずかしい気持ちになった。
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