第4話 若肌

遠くに迫っている積乱雲が見える。

遠くから眺めていると青い空とのコントラストが美しく感じ夏もいいものだと思えるが、きっとあの雲の下はとんでもない雨と雷に襲われているのかもしれない。

暑いにも関わらずいつもの窓辺に腰掛け、ぼーっと物思いに耽っていた。

この部屋はここが一番気に入っている。

決して高くはないが目の前には遮るものがなく空が見え、山が見え、比較的静かな住宅街だ。たまに子供の黄色く楽しそうな声や夕飯のいい香りも感じられる。

どことなく落ち着く、独り者には贅沢なものだった。


ふと家の中に意識を戻すと、優理が台所で小鳥のさえずりのように鼻歌を歌いながら何かを作っている。

おそらく煮物などの作り置きだろう。

いい匂いが普段は息もしない部屋で漂ってくる。

時折エプロンの端と白く長い脚が珠のれんの間からチラついていた。


あの日の後はとにかく家に帰って、気を落ち着かせた。

前日にぐったりする程抜いたからなのかそれとも仕事が忙しかったせいだろうか、なんとか落ち着けることができた。

鈴木は魅力的だが俺なんかにはもったいない。

それに鈴木は同期という意識が今まで強すぎたせいか、急な『女』という意識が生まれて戸惑ってしまった。

「今度鈴木に会ったら・・・どうするかな・・・謝るか?でもそれはそれで・・・。」

少なくともあまり誉められた態度ではなかったし、あのまま鈴木を置き去りにして帰ってしまったのも俺的にはいい気がしていなかった。


そこでふと思い出した。

俺、ズボンどうしたかな。

あの後ベタベタに汚れた下着とズボンをどうするべきか家で悩んだ。

下着はひどく汚れていたため捨てたのは覚えていた。

しかし、ズボンはどうしたか・・・。

少し嫌な予感がした。

捨ててしまおうかとも考えていたが、幸いズボンは洗えばなんとかなるかもしれないと思い洗濯機に放り投げた気がする。

今日は優理が来ている。

まずい!

いつもは重だるい腰がすぐに動いた。

先ほどから珠のれんの向こう側の作業音が聞こえない。

もしやと思い急いで珠のれんを激しく揺らし、台所に優理がいないところを見てすぐ隣の風呂に繋がる脱衣所ドアを開けた。


そこには、顔を赤らめ俺のズボンの滲みを凝視する少女の姿があった。

「あの、ズボンのポケットを確認したくて・・・。」

俺は急に顔が熱くなり、同時に青ざめた。

俺は優理の手からズボンをむしり取ってしまった。

優理が少し痛そうにする。

「すまん!自分で洗おうと思ったんだが・・・。」

この時ばかりは家事を習慣化していない自分を恨んだ。

「ごめんな・・・。その・・・ちょっと汚しちゃってさ。」

優理は顔を真っ赤にしながら、斜めにうつむいている。

「ごめんなさい・・・。かい・・・。」

聞き取れないくらいに優理がつぶやく。

「え?」

「ごめんなさい!嗅いでしまって!」

突然の告白に俺は驚いた。

「なんなのか気になって、いつもの癖で嗅いでしまって。そしたらその・・・。」

俺は頭が混乱してきた。

「いやっあの・・・。とりあえず落ち着いて・・・。」

俺は凝視しているところしか見ていない。

なんなら軽蔑されると思っていたのだが・・・。

「ごめんなさい!叔父さん!」

少し涙目になっている彼女が急いで出て行こうとする。

俺は慌てて細く白い腕を掴んで止めた。

「やっ!離して!」

「優理!落ち着いてくれ。」

とにかく落ち着かせようと肩と頭を抱きとめた。

「ごめんなさい。叔父さん。嫌わないで・・・。」

小さく柔らかい姪っ子は肩を震わせ啜り泣いていた。



「落ち着いたか?」

窓辺を背もたれに、俺の膝の間に座る姪の頭を撫でながら聞いた。

「うん・・・。」

いつもより元気がないその声に少し戸惑った。

段々と外が暗くなり、一雨来そうだった。

「優理。ごめんな。その・・・。俺が洗おうと思ったんだが忘れてて・・・。」

俺はあらぬ限り謝った。

こういう時はとにかく謝罪だ。

こんな若い子にあれは強烈だっただろう。

ただでさえ嫌煙されがちなおっさんの汚物なんて最悪だっただろう。

「私も、あんな変態みたいなことしてごめんなさい。」

「優理が謝ることなんて一つもない。むしろ変態みたいなってなんだ?」

何度も言うが俺は優理がズボンを驚いたように凝視していた背中を目撃しただけだ。

「え?叔父さん見てなかったの?」

俺は優理の顔を覗き込むように頷いた。

「俺はお前がズボンを手にとったところしか見てないよ。」

上目遣いの潤んだ瞳が恐ろしく可愛い。

「まさか、嗅いでごめんなさいって・・・。」

優理は俯いて真っ赤になった。

「そう・・・。あの、シミの匂いをというか・・・。叔父さんの・・・。」

どうやら優理は俺の衣類の匂いを嗅いでいたらしい。

「どうしてそんなこと・・・。」

優理は恥ずかしそうに答えた。

「洗濯物しようとズボンのポケットを確認しようとしたら、なんだか嗅いだことないような匂いがして・・・。叔父さんのズボンのシミからしてるって気づいたからだめだとは思ったんだけど、どうしても匂いを嗅いじゃったの。」

やっぱりそうか。

「すまん、嫌だっただろ。気持ち悪いよな・・・。」

そう言って俯くと、急に優理が振り返った。

「違うの!そうじゃなくて・・・。なんだかその匂いを嗅いでいたらドキドキしてきちゃって、なんだかもっと嗅ぎたくなって・・・。」

俺は予想外の回答に目を丸くした。

途端に外がぼつぼつと大粒の雨が降り始める。

「それって・・・。」

優理は俺の匂いに反応したってことか?

気持ち悪がって、もう二度と来ないと拒絶されると思っていたが。

ふと見るとワンピースの胸元の隙間から優理の胸筋が見えた。

「私、叔父さんのこと好きだよ。だから全然気持ち悪いなんて・・・。」

俺は驚愕してしまった。

こんな親子ほども差があるうら若き乙女に、まさか自分への好意を告げられるとは思わなかった。

しかし優理は真剣な眼差しで、俺を見つめてきた。

どうやら本気らしい。

こんなおっさんのどこがいいかわからないが、俺にも昔はあったであろう感情が邪な思いと共に湧き上がる。

俺はたまらず優理を抱き抱えた。

長くサラサラとした黒髪が俺の顔を撫でる。

華奢な背中に手を添えて、俺は耳元で囁いた。

「優理・・・。」

優理は耳まで真っ赤になっている。

「んっ」

優理はくすぐったそうに身を縮ませる。

俺は自身を律するように深く呼吸し、

「だめだぞ。そんなこと言ったら男は勘違いする。気をつけなさい。」

優しく諭すように言った。

「勘違いじゃない。私、叔父さんが好き。」

少し蕩けたような声でつぶやく。

「優理、だめだ。」

俺はムクムクと俺の自制心を破壊しながら大きくなるモノを感じた。

「どうして?私が子供っぽいから?だから魅力がない?」

首に腕を回されて体を擦り付けられる。

俺は自分を抑えるのに必死だった。

「違う・・・。そんなことない。優理は魅力的だよ。だけど俺たちは家族だから・・・。」

必死で邪念を払おうとする。

優理は抱き締める腕に力を込める。

「そんなの関係ない。私は叔父さんが好きなの。お願い・・・。受け入れて。叔父さんが私のことどういう目で見ているか私知ってるんだから。」

「え?」

俺は不意をつかれたようになった。

「わかってて毎週末ここに来てるの。叔父さんにそう見られたくて・・・。」

俺はついに耐えきれなくなって、優理を畳にゆっくり押し倒す。

畳に花咲くように黒い髪が横たわる。

細い肩や首筋が無防備に俺の前にあらわになった。

「優理・・・。」

俺はスウェットの上から形がはっきりわかるほど隆起していた。

それを優理の腹部に押しつける。

「きて・・・。叔父さん。」

優理が細く長い腕を俺の頬に伸ばしてきた。

外は大雨になっていった。

全てを洗い流し、どんな音も遮られるほどに強く降り注いだ。

俺は白く美しい、柔らかい花弁に包まれてただただ快楽を貪った。


気がつくと陽はすっかり落ちていた。

隣で白く眩しいくらいの愛らしい寝顔がとりあえず引っ張り出した布団に横たわっている。

俺は身を起こして月を眺めた。

やってしまったという後悔もないといえば嘘になるが、それよりも俺の手の中で“女“になっていく優理があまりにも美しくて妙な達成感に包まれていた。

まるで硬く閉ざした蕾が花開くように。

幾度となく頭の中で想像したものが現実になり、俺の体は歓喜しお互いの温もりに包まれた。

とにかく今日は遅いし、また送っていかなきゃな。

兄さんにはなんと説明しようか・・・。

参ったな・・・。

優理が少し鼻を啜った音で気がついた。

肩が出て少し寒そうな優理に布団を引き掛けた。

兄さんには、ひとまず時が来たら話そう。

サラサラの長い髪を撫でながら、俺はまた月を眺めた。

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真夏の色欲 柳 和久 @Mark-Yamato

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