第2話 慰める


帰り夜道、街頭を避けるように駆け抜けた。

俺は解放を待ち望み、締め付けられた痛みに耐えて必死に走ってきた。

家に帰れば収まると信じていたのだが・・・。

心臓はバクバクと脈打ち、そう簡単に興奮はおさまってくれなかった。

オンボロアパートのドアをたたき捨てるように、勢いよく駆け込んで閉じた。

動悸と興奮を抑えようとしゃがみ込んだ。

しかし収まりそうにない。

俺は部屋の奥に半ば転がるようにして入った。

とにかく落ち着けなければ。

その一心だった。



「はぁ… はぁ…」

もう何回目だろうか。

汗が鬱陶しく額を伝い、目に入りそうだった。

寸前で首を振り、汗を飛ばす。

夏の短い夜に睡眠時間を削ってまでしているのになかなか興奮がおさまらなかった。

ようやくおさまった頃には、時計がてっぺんを指していた。

言葉を発す気力もないほどに疲れ果て、窓枠にもたれかかりながら夜空を見上げていた。

先に白い雲がかかった鋭く美しい三日月夜だった。

俺は汚れ切っており、汗だけではなくベトベトだった。

1時間以上は超えていたと思う。

途中でバカバカしくなって、何回目だったかも数えるのをやめてしまった。

体力がつき果てて、腰が小刻みに震えてしまうほどまでしたのはいつ以来だろうか。

頭の中があれなもので埋め尽くされて、それしか考えられなくなる瞬間。

想像をしただけでまた鼓動が高まってくる。

自分の意思とは裏腹に止まってくれなかった自分の手は、枯れ落ちて雨に濡れた楓の葉のように畳に横たわっていた。

その手は幾度となく動かし欲を抑えたためか、今の俺の体で最もと言えるくらいは汚れている。

そのおかげか部屋は汚さずに済んでいた。

手を洗うこともしたいが、どうする気力もなくただ力尽きた。

こんな邪な気持ちを抱いている自分と、なぜか皮肉にも達成感が出ている自分とが、複雑に絡み合って嘲笑が口の端から漏れる。

そして静かに意識の奥に飲まれていった。



目がうまく瞬きできない。

乾いて霞む視界で腕にした時計を細目にみる。

1時か・・・。

寝ていたようだ。

目が覚めるとドロドロに汚れた自分の手が見えた。

気怠さと眠たさで頭がぼーっとしていたが、さすがにこのまま寝るわけにはいかないだろうと身を起こした。

寝ていたというよりは、気絶していたと言った方が正しい気がした。

フラフラと洗面台へ向かう。

蛇口を捻ると、澄んだ水を吐きだした。

手を触れると、少しぬるく感じた。

俺は汚れた部分をすっかり洗い落とした。

残ってたりしたら最悪だ。

白く冷たい陶器の洗面台は、水と共に俺の穢れを飲み込んでくれた。


窓辺に座り込み外を眺めた。

遠くで蝉が鳴いている。

月明かりと街灯が合わさり、少し明るい夜だった。

いつもはこうではない。

仕事で疲れてすぐに寝入ってしまうし、こんな運動しても1回きりで済む。

しかし今日は優理と義姉さんに影響されてこんなことになってしまったようだった。

考えるだけでまた危険な気がするので、なるべく頭を空っぽにする。

俺の胸の奥に燻り始めたものは、あの親子に会うたび全身を焦がしてくる。

それを俺は早く消えてくれと必死になる。

俺は元々自分自身の『こういった欲』を好ましく思っていなかった。

ましてや家族にこんな感情を抱いていることへの罪悪感もあって、余計に俺は苛まれている。

「どうにかならんかな…。」

自分に問うように虚空に呟く。

街灯に身を焦す蛾、静かにひらひらと月夜に舞っていた。

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