第173話 UCHU BREWING
カルチャーショックというのは、それまで信じられていた常識が見事に破壊されることを言います。明治維新をもたらした黒船や飛鳥時代に戦争のトリガーとなった仏教の伝来がそれにあたります。昨日、僕も破壊されました。
ポッドキャスト「ただいま発酵中」を面白く拝聴している話は以前に紹介したことがあります。昨年から「ゆる言語ラジオ」「コテンラジオ」「たべものラジオ」と渡り歩いて来てきました。どれもジャンルは違いますが、共通する事柄があります。それは古代から現代まで長い時間を掛けて熟成されてきた人類の歴史を、様々な切り口で語ってくれることです。目から鱗な話ばかりで、50代にして好奇心に目を輝かしています。
世界というのは知れば知るほど広がっていくことを感じていました。目を向けなければ知らなければ気になることもなかったのに、自分という狭い世界の中で安穏と生きていくこともできたのに、関わってしまったばっかりに沼に足を取られてしまう。この世界は何処まで広いのか、この沼は何処まで深いのか見当もつきません。
「ただいま発酵中」は、発酵という切り口で日本の風景や歴史を紹介してくれます。味噌や醤油は勿論のこと、僕が大好きなお酒の話まで知らなかったことが盛りだくさん。かなり影響を受けていて、今年に入ってから味噌を始めとして甘酒や塩麹を作ってみたり、日本各地の美味しそうな味噌やみりんを購入してみたりと、忙しなく動き回っています。
番組の中で「UCHU BREWING」というクラフトビールの紹介がありました。山梨県にある宇宙カンパニーが展開しているビールの銘柄になります。ゲストを紹介という形で、宇宙カンパニーの代表が小倉ヒラクさんにインタビューされるのですが、聴くだけでそのビールが飲みたくなる内容でした。内容についてはポッドキャストやYouTubeで配信されているので、それを聞いていただくと僕と同じ思いになるのは間違いありません。
宇宙カンパニーの設立は西暦2017年2月ですから、7年前になります。まだまだとっても若い会社です。代表は、アメリカの西海岸でIPAというクラフトビールに出会いました。IPAとは「インディアン・ペール・エール」の略で、一般的なビールよりもホップの含有量が多いビールの総称です。
もともとIPAはイギリスで誕生しました。東インド会社が活躍していた18世紀に、イギリスは植民地であるインドにビールを運ぶ方法に悩みます。ビールは商品であるだけでなく、長い航海での重要な飲料水でもありました。ところが従来のビールでは、長い航海に耐えられない。腐敗してしまうからです。そこで防腐作用があるホップを大量に投入することにしました。苦みの元であるホップを大量に使うということはそれだけ苦くなるのですが、その個性が愛されIPAというビールジャンルが生まれました。
ビールを大きく分けると、上面発酵のエールと下面発行のラガーがあります。ビールの歴史はエールの方が古い。中世ヨーロッパでキリスト教の広がりと共に各地の修道院で醸造されていきました。19世紀にはいるとチェコで下面発酵のピルスナーが誕生します。これがラガービールになります。ラガーの登場は、ビールの世界を変えました。
一般的にコクがあるエールに比べて、ラガーはスッキリとした口当たりになります。多くの人々がラガーの美味しさを支持し、資本主義がその勢いを後押ししました。それまでのエールは小さな醸造所が、個性をウリにして小規模に醸造していたのです。ところが、資本を手にした大企業は大衆が求めるラガーを大量に醸造しました。現代においてラガーとエールの世界の販売量の割合は、7対3になるそうです。日本においては、何と9割がラガーになります。
そうしたなか2000年前後から、アメリカの西海岸でクラフトビールのブームが始まったそうです。個性豊かなエールビールが見直されるとともに、更に個性を尖らせたIPAの存在が歴史の底から発掘されました。宇宙カンパニーの代表は、その西海岸でIPAの個性に頭を吹き飛ばされたそうです。日本に帰るなり、IPAの主役であるホップの栽培からスタートしました。
そうした話を知ってしまうと、宇宙ビールを飲んでみたくなるのが僕の性です。早速、クラフトビール専門店に足を運んで2缶ゲットしてきました。「RONIN」と「ARCTURUS」です。それぞれの、ビールのコンセプトを紹介させていただきます。
【RONIN】
ビッグバンのはるか昔、今の宇宙によく似た宇宙があり、伝説の勇者たちが存在した。
RONINは風のようにSasuraiに生きる自由と規律を極めしもの。
その道はとても厳しく険しい。
5次元フルーツを手に入れたとき、うちゅうHEROESたちは次の宇宙のドアを開くのだ!
【ARCTURUS】
宇宙の若者が楽しみにしている「五次元フェス」の開かれる数々の星団や星。
五次元フルーツマスターやMr.SHAKE SHAKE SHEKEのライブなどかなり楽しめる内容のフェスですが、
会場ごとにホップの特徴を生かしたIPAが提供されていることでも有名。
うちゅう先生に五次元フェスへの行き方を聞いてみました。
うちゅう先生「君の毎日が五次元フェスだ!君が宇宙だ!」
WHOOOO!OK!みんなうちゅう先生に続け~!
なんだか訳が分かりません。宇宙の彼方にぶっ飛んでしまったような内容です。あまりにも期待値が上がってしまうと、結果にげんなりしてしまうことは良くあることです。このビール1缶で幾らすると思いますか。800円を超えるのです。普段は100円そこそこの発泡酒しか飲まない僕が、大枚をはたいて買った宇宙ビール。飲むのが怖い。期待を裏切られないだろうか……。嫁さんと分け分けして飲みました。
――えっ!
口の中が弾けました。これまでに全く経験したことがない味。想像では、もっと苦いものだと思っていました。全然違います。どちらかというとフルーツに近い。でも、オレンジジュースのような軽さではないのです。パンチがとても強くて、口の中が強い重力で塞がれてしまうような圧倒的な存在感。
――香り?
そう香りなんです。これがホップか~。宇宙カンパニーの代表は、従来のビールに比べて150倍のホップを投入している言っていました。
――150倍!?
普通じゃない。これは香りづけのレベルじゃない。正に原料。ホップを楽しむために、ビールが利用されている。そんな風に表現してもよいのではないだろうか。そんなビールでした。
対談の中で、この宇宙ビールのことを「アート的」と表現していました。人々は生きるために食事をしてきましたが、食を芸術に昇華させるとこのようなクラフトビールが誕生するのかもしれません。従来の常識を破壊して、新しい価値を生み出す。そうした体験ができるビールでした。
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