第165話 紀行文中編ー潮岬

 串本には15時頃に到着しました。日没までには時間があり、ちょうど良いタイミングです。雨は小雨ですが降っていました。宿泊地は、経験者のお話により芝生のキャンプ場がある情報を入手しています。そこは太平洋の大海原が見える最南端に位置していました。その場所で日の出を見れたら、さぞかし最高だろうと妄想します。しかし、ネットで調べてみると、正月はお休みでした。でも、使えるか使えないかは別にして、足を運ぶつもりです。でもその前に、近くにある潮岬灯台(しおのみさきとうだい)に向かいました。


 潮岬灯台は、明治6年が初点灯という古い灯台になります。ざっと150年前のことです。英佛米蘭4国との間で調印した江戸条約により、日本に8基の灯台が建設されました。その内の一基になります。イギリス技師による洋式の灯台で、白くて可愛い。歴史的価値がとても高いそうです。正月ですし、今回は外から眺めるだけのつもりでした。ところが、門が開いており受付らしきお姉さんが見えます。


「あの、見学は出来ますか?」

「ええ、どうぞ。灯台に登ることも出来ますよ」

「えっ! 登ってもいいんですか!」

「ええ、資料室もあります。是非、見ていってください」

「あ、ありがとうございます」


 丁寧な対応に、それだけで好感度マックスです。外壁の白さとは対照的に、灯台の内装は板張りでした。現代の工法なら、外装も内装もコンクリートを使用すると思います。それだけでも時代の古さを感じました。明治時代建造なのに、潮岬灯台はとても丁寧な作りで保存状態がとても良い。狭いですが丸い螺旋階段が上に伸びています。灯台の展望部に出るためには、螺旋階段ではなく更に梯子を登る必要がありました。狭い開口部を腰を屈めて外に出ると、テラスに出る事が出来ます。


 一本の水平線が、だだっ広い海と空を分断していました。晴れていたらもっと良かったんですが、こればっかりは仕方がない。眼下には、大小の岩が波と戯れています。滅茶苦茶に気持ちが良い。何といっても那智の滝と違って、観光客は僕一人だけ。ひとり占めです。灯台の歴史的価値と大海原の雄大さが掛け合わされて、最高の気分でした。


 灯台のテラスは、麦わら帽子のように丸く一周しています。グルっと歩いていくと、眼下の密集する木々の間に妙な建物を見つけました。古くてごっつい屋根が見えます。灯台を辞した僕は、その方向に向かいました。細い道が整備されていて、その先に鳥居があります。神社でした。誰も居ない寂しい神社でしたが、造りはしっかりとしています。手入れも行き届いていました。本来であれば、そのまま帰ってしまうところですが、神社の横に小道を見つけます。


 ――ん?


 ちょっと怖かったんですけど、奥に向かいました。この先は、潮岬といって崖になっているはずです。木や藪が密集しておりトンネルになった小道を抜けていくと、その先に小さな見晴らし台がありました。説明書きがあります。ここは、クジラ漁の為の物見台だったのです。眼下には荒々しい岩が牙をむいており、その間から青い海が見えました。一定間隔で波が打ち付け、白い波濤が吹き上げます。何だか吸い込まれてしまいそうで、少し怖い。とても人間が立ち寄れるような場所ではありませんでした。暫く感慨に耽ったあと、小道を戻ります。ところが、途中で横道を発見しました。


 ――んん!


 先ほどの恐怖心が残っていましたが、歩みを進めてみます。藪の中の細い道を進んでいくと、木に結び付けたロープを発見しました。小道は下っています。ロープはその先に続いていました。ロープを掴んで、さらに進みます。


 ――あっ!


 足を滑らせて尻もちを付きました。雨が降っているので、かなり滑りやすい。それでもロープを掴みながら進んでいくと、先程の物見台が見える対岸の岬にたどり着きました。ロープは眼下の岩場に続いています。僕が20代の若造なら、無理をしたかもしれません。それくらいに興味がありました。でも、やめました。雨が降っています。足を滑らせたら、必ず死にます。ロープを掴み直し、元来た道を戻りました。動悸が激しい。かなり興奮していました。この潮岬灯台に足を運んで良かったと思います。久々のドキドキでした。


 スーパーカブに跨り、目的のキャンプ地に向かいました。灯台からは近所になります。そこは、太平洋に面した広い芝生公園で、素晴らしいロケーションでした。この芝生の上で初日の出を拝めたら、さぞかし最高でしょう。


 ――管理人が居ないのなら、こっそりテントを張ってやろう。


 それくらいに考えていましたが、敷地には「テント禁止」の看板があちこちに立ててあります。それに、生憎の雨。色々と思案した末に、ここでの宿泊はやめました。実は、途中で丁度良い公園を見つけていたのです。その公園は南に面してはいませんが、海は展望できます。それに、屋根があるテーブルがありました。それだけで最高です。


 雨に濡れないようにスーパーカブを停めて、カッパを脱ぎました。荷物を開梱します。最初に、炭に火を入れました。火が熾るのに時間が掛かるからです。食べやすいように食材を並べた後、お疲れさんの意味を込めてビールを飲みました。焼き鳥を始めるまでには、まだ時間が必要です。テントの処遇について考えました。


 実は、テントを張ることを躊躇っていました。雨の中でテントを張ることは出来ます。その為のテントです。ただ、それだと朝の出発時が面倒なのです。朝方に十分に乾けば良いのですが、濡れたままでは収納に苦労するからです。出来れば濡らしたくない。屋根があるので、テントを張らないという選択肢もあります。でも、これは即却下。寒すぎて寝れるわけがない。


 僕が使用するテントは、2本のポールを使ったドーム型テントです。冬仕様の登山用テントで、空気を通すベンチレーションがありません。室内の熱を外に逃がしにくい設計です。思案したあげく、テントは組み立てました。でも設置することなく、雨に濡れないようにベンチの上に載せておくことにしました。後で考えよう。


 昨晩と同じメニューです。家で仕込んできた鶏肉を焼きました。ビールを飲みます。体を温めるために豚汁も用意しました。最後の夜なので、チーズをアテにウィスキーも飲みます。暗い海を見つめました。遠くでは、赤いランプを灯した船が浮いています。静かな夜でした。トラブルはありましたが、串本まで来れたことに感謝です。


 食事は終わりました。お酒もなくなりました。何だか物足りない気もしますが、明日も走らなければなりません。残りの走行距離は、300kmは切っているはずです。もう寝ることにします。ただ問題は、テントの処遇でした。考えた挙句、広いテーブルの上の荷物を片づけて、その上にテントを乗せます。はみ出す箇所はありますが、寝れないことはない。道徳的にどうかという問題はありますが、これなら雨に濡れません。いそいそとテントに潜り込みました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る