第163話 ありがとうございました

 ――疲れた〜。


 今日は、本当に色々とありました。僕は朝が早いので、3時に起きると活動を開始します。最大の目標は、ガソリンのゲットでした。


 真っ暗な中、スーパーカブを押して歩き始めました。目標は紀北町。一番近い街になります。ネットでは、朝の7時に営業を始めるスタンドがありました。最初の目標地点になります。


 山間部の峠を、スーパーカブを押しながら越えていき、6時頃に紀北町に到着しました。道の駅で、恥知らずにもインスタントラーメンの調理を初めて朝食を済ませました。目当てのスタンドは近くにあります。7時に合わせて到着しました。なんと、店舗に明かりが灯っています。ガソリンの搬入車が作業をしていました。


 ――助かった!


 店主と思わしき男性に、声をかけます。

「給油をお願いできますか?」

 男性が表情を歪めます。

「今日は、営業をしていない。昨日なら開けていたんだけどね」


 ――僕の給油くらい、お願いできませんか。

 そんな思いを押し込めて再度問いかけます。


「近くに、営業しているとスタントはありますか?」

「◯◯なら、営業しているんじゃないかな」

「ありがとうございます」


 頭を下げてそこを辞しました。教えてくれたスタンドは比較的近い。近いと言ってもそれなりの距離がありましたが、すがる思いで向かいました。


 ひなびた漁村の中を歩きました。朝が早いこともありますが、誰もいない。何匹かの猫と出会っただけです。この村の人々は、経済的には回っているのだろうか? そうした余計な心配をしながら、目当てのスタンドに到着しました。


 ――営業は、4日から。


 期待していたのに、崩れるような思いです。ネットで次のスタンドを検索しました。5kmほどを先になります。スーパーカブを押して歩きました。でも、次のスタンドも休みです。紀伊半島の峠をいくつも越えました。何処も休みです。


 無計画にも、突然に飛び出した僕が悪い。5日に仕事が始まります。なんとかそれまでには帰りたい。多くのスタンドは「4日から営業」と張り紙をしていました。今日が無理でも、明日なら給油が出来る。


 ――明日、一日で大阪まで帰ろう、


 そのように決意して、また歩き出しました。できるだけ先に進みたい。それだけの思いでした。クタクタでしたが、過去に挑戦した100knマラソンに比べるとそれほど辛くありません。自分を鼓舞して、歩みを進めます。ガス欠になってから30km以上も歩いた頃、一台の車が僕の眼の前で停車しました。


「ガス欠か?」

「はい、そうなんです」

「この辺りのスタンドは、どれも休みや。ガソリンのストックがあるから分けてやるよ」

「いいんですか?」

「俺もバイクが好きやから、よう分かる。ちょっと待っとき」


 しばらくして、その男性の車が帰って来ます。僕のスーパーカブのタンクを満タンにしてくれました。お金を払おうとしましたが受け取りません。名前と住所を尋ねましたが、笑顔のまま応じてくれません。


「俺もバイクが好きやからな。無事故でな」

「ありがとうございました」


 立ち去る車を、見えなくなるまでお辞儀しました。本当に助かりました。涙が出ました。

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