第136話 説明しない面白さ

 前回、聖徳太子の母親を軸にして、奇妙な天皇家の血縁関係を説明しようと試みました。文章を起こした自分が言うのもなんですが、非常に分かりづらい。古代の大王家は、近親婚が普通でして非常に血が濃い。妃が腹違いの妹なんて当たり前でして、聖徳太子のお母さんなんか義理の息子と二回目の結婚をしています。そうした関係性を複雑にしている根本的要因は、現代とは違う一夫多妻制です。正妻であっても序列がありまして、皇后、妃、夫人、嬪の順序だそうです。


 そうした複雑な世界観を論文として発表するのなら、どんどんと説明を重ねていけばよい。僕もそうした情報を欲しているので、まとめられた論文は資料として参考になります。しかし、小説として表現する場合は、そうした説明文は足かせになりかねない。例えば、大臣とか大連といった氏姓制度に関する説明が必要だからと、物語を止めて氏姓制度の説明を延々と述べはじめたら、きっと面白くありません。前回の天皇家の血縁関係の説明が正にそうです。頭がこんがらがってしまいます。歴史小説の難しさは、そこにあると思いました。現代とは違う世界観や常識の違いを、必要だからと言って説明を繰り返してしまうのは、小説家の手抜きでしかない。そこは工夫が必要なのです。


 手塚治虫の漫画「ブッダ」をご存じでしょうか。非常に面白い漫画なのですが、主人公である釈迦国の王子様シッダルダはなかなか登場しません。タッタというシュードラを中心に物語が展開されていきます。読んでいた当時、主人公のシッダルダがなかなか現れないことを不思議に思いました。その後、タッタからシッダルダに物語のバトンは引き継がれるのですが、そうした物語の構成について考えたことはありませんでした。


 当時のインドの中心思想はバラモン教です。バラモン教は、カースト制度という階級社会を形成していました。上から順番に、司祭階級のバラモン、王族のクシャトリヤ、庶民のヴァイシャ、それから奴隷のシュードラと続きます。当時のインド社会知るうえでこのカースト制度は外せないのですが、手塚治虫はこのカースト制度を説明しません。タッタというシュードラを登場させて奴隷階級の苦しさを表現することで解決するのです。今から思えば、見事な手腕です。そんなことに気づいたら、他の作家の工夫も見え始めました。


 この年末に「進撃の巨人」の最後のエピソードが放映されます。今年の春ごろに、それまでの物語を一気に観た後なので、非常に楽しみにしています。ご存じのない方もいるかと思いますが、非常に複雑な世界観をもった作品です。それこそ、進撃の巨人の世界観を説明しようとしたら、膨大な説明文が必要でしょう。でも、あの作品はその世界観を説明しない。説明しないどころか謎として残しておき、少しづつ謎が解明されるたびに物語が進んでいく手法をとっています。


 例えば、立体起動装置です。巨人と戦うためには絶対に必要な道具になります。あの道具が開発されたとしても、決してあのような使い方は出来ない。でも、物語のエピソードの中で、その立体起動装置の訓練の様子が丁寧に描かれます。主人公のエレンは、やる気はあるのにその立体起動装置が扱えない。危うく離脱してしまいそうになります。あのエピソードを挿入することで、説明することなくあの道具に説得力を持たせました。それ以降は、説明の必要なし。登場人物たちは、立体起動装置をバンバンと使いまくります。


 そもそも、この作品は巨人の存在そのものが謎なのですが、説明はなされません。まるで推理小説のように、主人公たちはその謎を解こうとします。その原動力が、物語冒頭のエピソードでした。強大な城壁に守られた平和な街に、突如として巨人が現れます。主人公の母親は、幼い主人公の目の前で頭から食べられてしまいました。主人公エレンは、激しい怒りに震えます。物語で重要なのは、心が揺さぶられることです。説明はその補助に過ぎない。前に出過ぎると、退屈になってしまう。


 聖徳太子の物語を考えるうえで、このことは是非とも参考にしたい。そんなことを考えていると、聖徳太子も蘇我馬子も主人公に据えることが難しいことに気が付きました。なぜなら全てを知っているからです。全てを知っている聖徳太子と読者の理解度を合わせようとすると、どうしても説明しなければなりません。聖徳太子や蘇我馬子は謎のままにした方がいい。彼たちに肉薄する、彼たちを知ろうとする、新たな登場人物を用意した方が面白そうです。


 よくよく考えれば、歴史ものの面白い作品はこのパターンが多いように感じました。手塚治虫の「ブッダ」しかり、秦の始皇帝の漫画「キングダム」しかり。他にも、「寄生獣」で有名な漫画家の岩明均は、ギリシャ時代の物語「ヒストリエ」を連載しています。歴史的主人公はアレクサンドロスですが、作品の主人公は書記官エウメネスです。彼の視点からマケドニアの世界が語られています。


 なるほどな~です。歴史の勉強も大切ですが、面白い小説を書くつもりなら、物語の構成は更に重要です。同じ話であっても、構成次第で名作にも駄作にもなりえるからです。あー、難しい。

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