第65話 大きな時代の流れ
反抗期の長男と折り合いがつかないまま、新年を迎えました。同じ家に住んでいるのに、長男は僕と顔を合わせようとはしません。僕も気を使って、会おうとはしません。嫁さんは僕と長男の間に立って、ウロウロしています。新年を迎えたんだから、挨拶ぐらいは……と思いますが、無理に僕が前に出るとプレッシャーになるので止めました。ただ、現在の状況が最悪だとは思っていません。通過点です。
そう言えば、僕も若い頃、遅い反抗期を迎えました。自分で言うのもなんですが、僕は真面目で大人しい子供でした。反抗期もなく大学生になりました。商売をしていた父親のことを尊敬していましたし、父親が僕のことを殴ることもありましたが、それは父親の僕に対する愛情だと受け止めていました。
そんな矢先、父親の友人が亡くなりました。山手に住んでいた方なのですが、山の中で首をくくったのです。その方とは、家族ぐるみで付き合っていたので、僕も良く知っていました。もうびっくりです。自ら命を絶った原因は、商売上の借金です。大きく膨れ上がっていました。
商売をしていた父は、その方とお互いに手形の裏判を押しあっていました。商売が回っている内は良いのですが、一度崩れてしまうと、もう雪崩のように借金は膨れ上がります。四方八方手を尽くしたようですが、もう返せる額ではありませんでした。
取り立てのヤクザがやってくるので、父親はビジネスホテルに逃げました。矢面に立つのは母親です。僕は、父親の元に生活物資を運びました。まだ、その頃は良かった。大変ではあったけれど、父親を守っている、そんな正義感が僕の中にはありました。
父親は自己破産の手続きを進めます。そこからが大変でした。ヤクザの取り立ては無くなりましたが、今度は親族や地域の知り合いから怨嗟が巻き起こったのです。父親は、商売の為に多くの方に保証人になってもらっていました。みんな僕の知っている方ばかりです。父親の借金が、そうした仲の良かった方たちに広がりました。
学生で、商売のことが分からない僕は、そんな父親のことを軽蔑しました。世界で最も忌むべき存在に感じました。切っ掛けは憶えていませんが、僕は父親のことを二回殴りました。さぞ、悔しかったと思います。
社会人になり結婚した僕は、会社を辞めて商売を初めました。テレビで紹介される人気のフルーツカフェに育ったのですが、僕の未熟さから店を畳むことになりました。当時は、精神的にも肉体的にも追い込まれていて、体重が10キロも落ちました。そんな折、店で後片付けをしている僕に、父親が会いに来ました。突然の訪問です。
コーヒーの用意くらいは出来るので、湯を沸かしました。父親にコーヒーを提供します。お互いに何を話せば良いのか分かりません。どのような話をしたのか憶えていませんが、コーヒーを飲んだ父親が、帰りがけに言いました。
「商売を畳むのは、何も恥ずかしいことやない。まだまだ、これからや。それだけをな、言いたかったんや」
僕を元気づけようとしていることは分かりました。今でも、そうして足を運んでくれた父親の事を思い出します。
人間の一生の中で、反抗期というのは何度も訪れます。一次反抗期、二次反抗期は有名ですが、それ以外にも、会社に対して反抗することもあるでしょうし、パートナーに対して反抗することもあると思います。そうした、反抗期が良い形で終結するパターンは自立です。何かしらの体制に依存していた自分が、自らの力で立ち上がろうとします。
反抗期は、往々にして大きな波乱を生みますが、避けては通れない関門だと思います。結果はどうであれ、自立しようとしたその心の変化が大切だと思います。
そうした人間の一生を考えながら、僕はこの時代というものに照らし合わせて考えたりします。猿だった私たちが、社会的な生き物としての人間として歩み始めたのは、農耕が始まってからでしょう。農耕は一人ではできません。多くの人間が力を合わせなければなりません。そこから、リーダーが生まれ、人間の差別が生まれ、土地の境界から国という概念が生まれ、封建社会が誕生します。
封建社会は、王様がいて貴族がいる。その下に、農民や商人がいる。差別がある社会ですが、それぞれに機能している分には効率的な社会です。そうした階層社会は、人間でいうところの家族に似ている。相似形のようです。
18世紀のフランス革命や独立宣言は、人間でいうところの反抗期の様なものではないでしょうか。21世紀なった今も、その反抗期は続いています。ただ、昔と今では大きな違いがあります。それは、インターネットはじめとする通信設備です。昔は、国と国との間が、非常に遠かった。しかし、現代は通信で繋がることが出来ます。このネットワークの整備は、非常に重要なポイントだと思います。
様々な情報がオープンになり、同じ情報を世界中で共有することが出来る。これまでに、そんな時代はありませんでした。しかし環境は整いつつあります。後は、この情報をどのように判断するのか。どのように扱うのか。それが大事です。ここからは、人類の知恵によります。今は、大きなターニングポイントなんじゃないのかなと、思います。先の見えない世の中ですが、一歩づつ前に進んでいる。そう信じたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます