木彫りの猫(五)


 猫又は霊体のみでいるときよりも、物に憑いたほうが妖力が上がるとわかってから、『依代よりしろ』である木彫りの猫と一体になれるよう練習を続けている。


 木彫りの猫から霊体の姿で現れ、戻ることを繰り返して、一度の動作で依代の中に完全に収まることを目指す。


 シバがつくった木彫りの猫は手に収まるほど小さい。それに対して猫又は大型犬ほどの大きさがある。サイズの違いから感覚がつかめなくて、霊体の一部が木彫りの猫からはみ出ていることがある。


 猫又はすばやく木彫りの猫に入った。ところが不釣り合いなサイズの耳が片方出ている。ぴこぴこと動いていたところ、シバの手が伸びてむんずとつかんだ。


「イタタ! シバ、痛い、痛いぞ!!」


 猫又は悲鳴にも近い声を上げた。どこからともなく現れたシバは、木彫りの猫からはみ出ていた耳をつかまえて引っ張っている。


「耳、出てる」


「だから! 先に言ってくれればわかる!」


 シバはしれっとした顔のまま耳を離すと、小上がりの畳にどっかりと腰を下ろした。


(まったく、どこから現れたんだ? また気配を感じなかったぞ)


 猫又が練習していると、いつの間にかシバがいて様子を見ている。またついさっきまで近くにいたのに姿が消えていることがある。


 シバの異能や行動を不思議に思い、猫又は質問するけど、だいたい「さてね」と答える。教える気のないシバにイラつくこともあったが、強くなることが目標だったので深追いはしなかった。




 アヤカシにとって睡眠は必須ではない。猫又は強くなりたい一心で時間を忘れて練習をくり返している。


 木彫りの猫への出入りに慣れてくると、今度は飛び上がったり体をひねったりして戦闘の準備を始めた。


 速く動こうとすると、心臓部にとどめている木彫りの猫が霊体から落ちてしまう。依代との一体化がうまくできないと、途端とたんに妖力が下がることになり、現状では戦力にならない。試行錯誤するが、うまくいかなくていら立ってしまう。


(また依代と離れた)


 思うように進まない現状に腹立たしくなり、木彫りの猫をにらみつける。咬み砕きたい衝動に耐えていると、目の前にシバが現れた。驚いて目をしばたたくと、シバはタバコの煙をはいて一呼吸おくと口を開いた。


「オレがつくった木彫りの猫 も の を壊すと……消すぞ?」


 静かな口調に表情はいつもと同じだ。しかし猫又を見る目が違っていて威圧してくる。硬直しているとシバの手が伸びてきた。びくっとなって目を閉じたら鼻をはじかれた。


「ニギャアァアア!?」


「……ぼうっとしているからだよ」


 猫又は痛みにもだえながらシバを見る。あいかわらずの作業着姿で、背を向けて歩いている。片腕を上げるとだるそうにぶらぶらと手を振り、小上がりまで行くと寝転んだ。


(くうぅぅ! いつも急所ばかり狙いやがって!)


 未熟さを物のせいにしようとしていることをあんに教え、気まずい雰囲気をなくしてくれたのはありがたいが痛い代償だ。猫又は伏せながら痛みに耐える。


 痛みが引くと、猫又は気持ちを切り替えて練習を続けた。




 猫又がいる工房のような場所は、シバの異能で結界のような空間をつくっている。外からの情報はまったく入らず、時間の感覚がわからない閉ざされたものとなっている。どれくらい時が経っているのかは不明だが、猫又は工房ココでできることの限界に気づく。


(依代と霊体のコントロールはできるようになった。ここでは、もうやることがない)


 猫又は外へ出ることを決め、空間に現れたシバに伝えようとした矢先に、シバが話してきた。


「実戦に入るぞ」

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