木彫りの猫(四)


 急に視界がひらけて工房が映ったので猫又は呆然ぼうぜんと見ていた。おそるおそる目を閉じてゆっくり開いてみる。何度かまばたきをして、ちゃんと目が見えていることを確信した。


「うまく合わせたみたいだな。動いてみろよ」


「簡単に言ってくれるわ!」


 木彫りの猫に入った直後、猫又は声を出せずにいた。暗闇で焦っていたところ、シバの声が聞こえ、言われたとおり木彫りの猫に体を合わせていった。合わせていくうちに木彫りの猫と同化して目が見えるようになり、いつの間にか口が動くようになっている。


 猫又は話せることに驚き、思わず立ち上がると足が動いた。


「動ける……。動けるぞ!!」


「よかったな」


 あっけらかんとシバは言う。木彫りの猫が動くこと自体、奇妙なことなのに平然としている男を見て猫又は不思議に思う。


(こんなに簡単に付喪神つくもがみをつくるなんて……。この男、ほかの異能者と異なる。しかし霊力チカラは強いとは思わない。いや、むしろ霊力チカラを感じない。消しているといった言葉がぴったりくるような感じだ。不思議な男だ)


 猫又が凝視していても気にする様子もなくシバが言ってきた。


「木彫りから本来の姿で出ろ」


「え?」


「だから、霊体を出せ」


「お、おまえの説明はよくわからないぞ」


「面倒くさい……」


 猫又はシバの意図が読めずに困惑する。シバはため息をつくと腕を組み、片手をあごにやって思案する。しばらくして口を開いた。


「おまえらアヤカシは体を自在に変化できるだろう? 例えば、いつもはネコぐらいのサイズでも、体の大きなやつを相手にするときは自分の体もでかくするとか」


「ああ、それは可能だ」


「同じ要領だよ。体の軸は木彫りの猫にあることを意識して、体を大きくして戦う感じで霊体を出せ」


 言われたとおり体を大きくすることをイメージすると、木彫りの猫から霊体が出て、いつもの姿になった。霊体の心臓部に木彫りの猫があることがわかる。


「よし、戻れ」


 木彫りの猫の形にぴったり収まるイメージで猫又は戻った。


「ニ゛ャア゛アァァア!?」


 しっぽに激痛を感じたので見てみると、うまく木彫りの猫に入ったつもりが、尾が大きなサイズのままはみ出していてシバが踏んでいる。


「何をするっ!!」


 急所である尾を踏まれた猫又は怒りで飛び出した。木彫りの猫のことはすっかり忘れていて、霊体から外れた木彫りの猫はころんと畳に転がった。木彫りの猫が離れたことで、猫又は妖力が落ちたことに気づく。


「ほ、本当だ。物と一体だと妖力が上がる」


「固定できる物があると安定するんだよ。逆を言えば離れると妖力は落ちる。コントロールしてちゃんと『依代よりしろ』に霊体を収めろ、ヘタクソ」


「さっ、先に口で言えばわかる! 尾を踏むことはないだろう!」


「踏みたくなった」


「――――ッ!!」


「しばらく特訓だな」


 ひょうひょうとしたシバに腹立たしく感じながらも、猫又は以前より妖力が増したことをうれしく思う。


 これまで霊体を維持するだけでかなりの妖力を使っていた。蓄えることもできなくてだいぶ弱っていたけど、物をよりどころにすると妖力の流出が少ない。しかもシバがつくった木彫りの猫は入ると妖力の回復が早い。


(ずいぶんとすばらしい依代をくれたものだ)


 これなら早く妖力を上げることができると猫又は喜んだ。


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