木彫りの猫(三)
ずっと彫刻していたシバの手が止まると猫又に声をかけてきた。猫又が向けば手を差し出していて、手の上には小さな木彫りの猫が乗っていた。
「猫の彫り物……みたいだが、『ヨリシロ』という名前なのか?」
「あ――……」
シバの所へやって来た猫又は、木彫りの猫を不思議そうに見ている。シバは面倒くさいという顔をして黙っていたが、少しして話し始めた。
「体のない霊体は、よりどころとなる物があったほうがチカラをつけやすい。おまえも霊体だろう? 物に憑いたほうが安定する。だからこの木彫りの猫を『
「物に憑く? 木彫りの猫に入る? それは……
「まあ、そんなもの」
「私は今のままがいい」
「それはおすすめしないな。おまえが守りたい者の近くには、異能者が創った強力な『式神』がいる。今のままだと式神に
「なぜ式神がいることを知っている!? 私が知らないことだぞ!」
「さて……ね」
猫又はにらみつけるがシバは平然としていて、答える気はないらしい。
(シバが言っていることが本当なら対策が要る。でも異能者は
すべてを
「物に憑いても
「オレがつくった物だから特別なんだよ。持ち主が受け入れると、
「しかしそんな小さな物に憑いても思いどおりに動けるとは限らない。
「それも想定内だ。オレがおまえを特訓してやる」
「なぜそんなことをする? シバには関係のないことだろう?」
「さてね」
猫又はシバを信じていいのか迷うが、危機が迫っており時間がない。弱っている状態では役に立てず戻る意味がないし、できることはしておきたい。
「わかった。では頼む」
猫又が覚悟を決めるとシバも目つきが変わる。
「んじゃ、ここに座れ」
猫又は小上がりに飛んで前足をそろえた。ちょこんと座る子ネコサイズの猫又の横には、シバがつくった木彫りの猫が置いてある。シバは猫又の頭に手を置き、もう片方は木彫りの猫に触れた。
「おまえと
言い終わると、シバの手のひらがほのかに光って振動を感じた瞬間に、猫又は木彫りの猫がいる方向へ引っ張られて吸いこまれた。
畳の上には木彫りの猫だけが残っている。
シバの彫った木彫りの猫は、背を丸めて休んでいるような姿をしている。長い尾は二つに分かれ、体に沿うように置かれている。尾の部分を使って
可愛らしいポーズをしているが、目は大きく開かれ、耳はぴんと立った凛々しい顔だ。よく見れば前足から爪が見えており、先は
小さな木彫りの猫に吸いこまれた猫又は動転していた。
(何も見えない!)
目を開けているのに真っ暗なままなので、猫又はどうしていいのかわからず焦る。そこへシバの声が聞こえてきた。
「動いて光が見える場所を探せ。目が見えるようになれば一体化できる。……まあ、やればわかるだろ」
むちゃを言うなと怒鳴りたいが、口が開かないので文句が言えない。暗い中を動いてみると壁のようなものにぶつかる。猫又はぶつかったものに沿って動いてみた。
(ん? まっすぐではない。何か形があるな)
触れていくうちに、さっきまで見ていた木彫りの猫の形をしていることに気づく。それならと目のあった位置を求めて動く。ほんのり明かりがもれている部分を見つけ、上を目指した。
明かりの部分に着くと二か所から光がもれている。二つの明かりのうち、一つをのぞこうとしたら吸い寄せられて目がくっついた。もう片方の明かりを見ると、穴同士の間隔が広いから目の位置が合わない。
どうにかして穴に届かないかと穴を見ていたら、目の位置がずれ始めて自由に動かせることに気づいた。
(なるほど、一体化とは木彫りの猫に合わせろということか。位置を決めて自分の体を依代に合わせていけばいいのか)
感覚をつかんだ猫又は、木彫りの猫の鼻の位置に自分の鼻を当て、口には口を押しつけていく。位置が決まったら頭部を広げていくような感覚で形状を合わせ始めた。
頭部がうまくできたので、ほかの部分も同じように木彫りの猫に合わせていく。前足を合わせてから体を膨らませ、背中、尻、尾とすべての部分をぴったりと合わせた。
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