春月の河川敷(二)


 月夜の河川敷は緊迫した空気に包まれている。


 ドブネズミの襲撃にあっていたネコは妖力をもち、人から「猫又」と呼ばれているアヤカシだ。怒りから本性が現れ、鋭い眼光で群がるネズミをにらんだ。


 闘争心をむき出しにしたアヤカシから冷酷な妖気が放たれ、殺気を帯びた目でにらまれたネズミたちは恐怖ですくむ。


「何をしている! たかがネコ一匹だ! ワシらのほうが数が多い!!」


 怒鳴り声が響いてネズミたちはびくりとなる。声のした方向へ一斉に向くと異形のものがいた。


 ブタくらいの図体をしたネズミがあぐらをかいており、獣臭けものくささに、残飯が足された悪臭を放っている。目を引くのは頭部で、老人の顔が乗っており、ほおから長いひげが伸びている。注目されて気を良くし、黄色く伸びた前歯を見せて笑った。


 ヒトの顔をもつネズミのアヤカシがドブネズミを呼んだが戦闘には加わっていない。安全圏からネズミを操り、猫又をいたぶろうとしたが、ネズミたちがひるんだのでいら立つ。


「ぼうっとするな! 猫又コイツを殺せ!」


 ネズミたちは再び操られ、闘志を宿して猫又へ向き直ると走り出した。猫又は二つの尾をゆらりと振って身がまえた。


 猫又は襲ってくるネズミを爪で引き裂く。鋭い爪で次々と裂いていくが、倒れた仲間を見てもネズミたちはひるまない。数でまさるネズミの攻撃は止まらず、わき出るように数が増えて猫又をぐるりと囲んだ。



 激しく動いていたネズミの群れと猫又の動きが止まった。一定の距離を保ってにらみ合う。


 ネズミたちは一斉に飛びかかって猫又を仕留めるつもりだ。逃げ場を奪ったことに勝利を確信して、ばかにするようにキィキィと鳴き始めた。


 囲まれた猫又はことのほか冷静だ。ネズミたちを見据えていたが、四つ足から体を起こして後ろ足で立った。曲げた前足をゆっくりと胸の前に上げ、地面にいるネズミの大群を見やる。


 ネズミたちは敵が戦闘態勢を変えたことに驚いて攻撃に備えた。いつでも飛びかかれる体勢をとって待ちかまえるが、猫又は二本足で立ったまま動く気配がない。


 攻撃を仕掛けてこないことから、ネズミたちは怖じ気づいて戦意を喪失したと解釈した。一匹が「キィ――ッ!!」と発した声を合図に膠着こうちゃく状態が破られ、四方八方から猫又に襲いかかった。


 襲ってきたネズミに反応して、猫又の体がゆらりと動いた。


 下から飛びかかってきたネズミに対し、猫又はすくい上げるように前足を斜めに振ると、抵抗なくネズミは切れた。そのまま反動を生かして体を回し、宙を飛んでいたネズミをまとめて引き裂くと、かがんでネズミの攻撃をかわした。


 猫又は動きを止めない。攻撃をかわすと後ろ足で跳躍し、持ち前の柔軟さを発揮して体のバランスを取ると、上空でネズミを切り裂いた。



 河川敷では裂ける音が響き、やわらかい物が地に落ちる音が続いている。飛び散る赤の量が増えて面積が徐々に広がっていく。風に乗る血のニオイが濃くなってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る